2012年4月26日木曜日

彦根駅前にレンタサイクルめぐりんこ 犬上・愛荘にも

 彦根駅前に21日オープンしたレンタサイクル施設「彦根市レンタサイクルめぐりんこ」では市内のほか、犬上郡と愛荘町へのサイクリングにも利用できる。21日には駅前広場で記念式典があり、ゆるキャラたちも参加した。
 湖東定住自立圏のレンタサイクル事業として始まり、彦根市はNPO法人五環生活(中央町)に業務委託。クロスバイクとロードバイクのスポーツサイクルと、電動アシスト付き自転車の計62台を用意し、アルプラザ彦根1階のスペースを拠点に市内を訪れる観光客らにレンタルする。
 駅によっては自転車を乗せることができる近江鉄道を活用しながら、犬上・愛荘の各町への利用もできるようにした。各町でも各観光協会などが計35台を駅前などのレンタサイクル施設に置いており、彦根でレンタルした場合でも各町で自転車を返すことができる。
 料金はスポーツサイクルが3時間半300円・1日600円、電動自転車が3時間半600円・1日800円。運転免許証や保険証、学生証などの提示が必要。中学生以上が対象だが、小学生は保護者同伴なら可。
 彦根駅前以外では、五環生活の事務所、尼子・愛知川各駅、もんぜん亭(多賀)、多賀町観光案内所、豊郷小旧校舎群で自転車をレンタルしている。問い合わせは市観光推進課☎(30)6120。

楽々園 整備完了の御書院棟で見学会 6月から一般公開へ

 保存修理中の楽々園で整備が終了した御書院棟の見学会が21日にあり、寄付者314人のうち55人が参加した。6月ごろから一般公開も始まる。
 楽々園の整備は平成17年度から始まり、御書院棟は同21年度から着手。解体後、約3億円かけて建物の修理が行われ、解体後の調査では江戸時代に耐震補強されていたこともわかった。復元されたふすまは彦根城博物館に保管され、御書院棟には複製版が設置された。
 見学会では文化財部の谷口徹部長から、江戸時代には楽々園内にも能舞台があったことや、大規模な増加築があった十一代・井伊直中時代に玄宮園から延びていた池が枯山水の庭に変わったことなどが説明された後、建物内に入り、御書院棟を見て回った。なお全体の整備完了は平成37年度の予定で、今後は現存しない茶室「虎鋸(こきょ)」や長屋門などの復元、地震の間や楽々の間、前庭などの修理が行われる。

2012年4月25日水曜日

靴下でモザイクアートと復興ピアノ演奏 ギネス記録にダブルで認定、石巻の遠藤夫妻も参加「感動と感謝」


 東日本大震災で被災した後に復活した「復興ピアノ」を使っての連弾と、靴下でモザイクアートを作るダブルでのギネス挑戦が、22日に滋賀大学講堂であり、2つともギネス記録に認められた。挑戦イベントには市内外から約250人が参加し、被災地の宮城県石巻市からも3人の子どもを亡くした遠藤伸一さん(43)・綾子さん(43)夫妻が訪れた。
 復興ピアノはギネス挑戦を企画したピアノ教室講師の寺村邦子さん(56)=尾末町=宅から会場に持ち込まれ、子どもから高齢者までの103人が順番にヴェートベンの歓喜の歌を演奏。いしだみつにゃんや千葉県の獣兵衛くんらゆるキャラも参加し、これまでのフランスの記録・15人を大幅に更新した。
 モザイクアート作りは、石巻を中心に支援するボランティアグループ「UNITE TOGETHER」が考案した海と大地が手を結んだハート形の図柄を、白や黒、緑などさまざまな色の靴下4278枚を使って縦7・62㍍×横6・99㍍で製作。
 同グループとの縁で石巻から参加した遠藤さんは津波で小学生から中学生の息子1人と娘2人を亡くした。木工作家として、津波で亡くなった英語指導助手のティラー・アンダーソンさんをしのんで石巻市内の小中学校に本箱も寄贈。ティラーさんがいた小学校には遠藤さんの亡くなった子ども2人も通っていたという。
 ギネス達成後、遠藤さんは「ギネス挑戦のイベントは予想していた以上の規模で、感動と感謝の気持ちでいっぱい」「震災で亡くなられた方々の思いを心に刻んで、前を向いて一歩ずつ前進していきたい」と涙ながらに語っていた。靴下と、当日会場で販売された靴下の売上・19万5000円は遠藤さんが持ち帰り、石巻の被災者のために使われる。
 9・10回目のギネス記録を達成した寺村さんは「欲張って2つ一緒の挑戦だったので、不安だったけれど、達成できて本当に良かった」と話していた。

2012年4月24日火曜日

彦根城の桜に新説浮上 大正時代に何らかの品種、昭和9年に吉田繁次郎 ソメイヨシノ千本植樹

 彦根城内には約1200本の桜がある。これらのうち9割以上を占めるソメイヨシノは、元彦根町会議員(昭和8年~同12年)の吉田繁次郎(以下、繁次郎)=写真=が昭和9年(1934)2月に植えたのが最初とされている。しかし、ほかにも大正時代初め~後期にかけて何らかの品種の桜が城内に数百本単位で植えられていたことが滋賀彦根新聞の取材で明らかになった。市教委文化財課では「大正時代に城内に植えられた桜があったのかは確認できていないが、古木が残っているのは確かだ」としている。【山田貴之】
元彦根町議の繁次郎
台風の日もリヤカー乗り見回る
 繁次郎は明治20年(1887)生まれ。繁次郎の五女・山岡定子さん(79)=大薮町=(写真)と孫の寺村邦子さん(56)=尾末町=によると、繁次郎は、現在も立花町に残る「ござれ食堂」で、すし屋や旅館業、食堂などを営んでいた。彦根町議を務めていた昭和8年に皇太子殿下(現・明仁天皇)がお生まれになったことから、その祝いを兼ねて城内とその周辺を桜でいっぱいにしようと、翌年2月、46歳の時にソメイヨシノの苗木1000本を植えた。
 桜は害虫に弱いため育てにくいこともあり、資金集めの際には「育つはずがない」など皮肉も言われたが、約2カ月かけて何とか当時の金額で大金の1200円を集めたという。繁次郎は店を妻・キミに任せ、自身は現在の邦子さん宅(尾末)の以前の建物があった敷地内に置いていた苗木を、2、3人の友人たちと運んで一緒に植えたという。
 場所は内堀沿いを含めた城内と金亀公園のほか、中堀沿いと旧外堀沿いなどで、残った苗木は一部の芹川沿いにも植えられたが、その後、引き抜かれるなどの嫌がらせも受けた。昭和8年に生まれた定子さんによると、幼稚園児のころ、尾末町の家から金亀公園などまで繁次郎に手を引かれて散歩に行き、子どもたちが桜の枝を折ったりしているのを見て、注意した後、くやし涙を流していたという。
 キミは50歳代で死去。繁次郎はその約4年後にてつと再婚。60代半ばのころに倒れた後は足が不自由になったが、その後、ほぼ毎日、雨や雪、台風の日もリヤカーの上に乗って、てつに引かれながら城内などの桜を見て回ったという。昭和12年に県知事から表彰状、同28年に彦根観光協会長から感謝状が贈呈。同32年に70歳で亡くなっている。
 なお、ござれ食堂は現在も孫の滋さん(62)が経営しており、「ござれ」という名称は昭和初期の店の電話番号が「530」だったため、客からの提案で繁次郎が名付けたという。
「大正2年 金亀公園に植樹」
当時の新聞、内堀沿いにも
 繁次郎が植えたソメイヨシノは、昭和20年前後の戦中期に金亀公園がサツマイモ畑にされたことや、同34年の伊勢湾台風、テングス病などの病気で、半分程度が無くなったとされる。
 城内ではほかに、昭和53年12月に市民から寄贈されたヨシノザクラ(ヤマザクラ)の苗木250本、同54年12月に市民からのソメイヨシノ300本と八重桜200本の苗木が補植され、同57年3月には彦根商工会議所青年部が桜(品種不明)200本を植樹。ソメイヨシノは樹齢60~70年とされ、樹齢80年ほどになる繁次郎が植えたソメイヨシノが現在、どれほど残っているのかは不明。
 また市教委市史編さん室の管理データによると、京都日出新聞が大正11年3月14日付で「彦根中学(現・東高)から彦根高等商業学校(現・滋賀大)までの内堀沿いに桜を植える計画がある」とする記事を掲載。また朝日新聞が大正15年2月17日と同20日付で「城内の黒門口から大手口までの土手に300本、内堀沿いにヨシノザクラ70本を植える計画が決まった」と報道。
 さらに京都日出新聞は昭和12年3月15日付で、その年の2月11日の彦根市制施行を記念し「24年前(大正2年)に金亀公園に桜を植えた八田宗三郎が桜500本を寄贈し、市は長曽根公園に植樹」と報じている。
 つまり、これらの報道が正しいと仮定すると、内堀沿いや内堀の土手、金亀公園には大正時代にすでに何らかの品種の桜があったことになる。実際に邦子さんによると、繁次郎も「ソメイヨシノを植えるころ、すでにヤマザクラがあった」と話していたという。
 樹木医の川崎昭重さん(76)=平田町=や市教委文化財課によると、繁次郎が植えたころの樹齢80年ごろのソメイヨシノを見つけることは難しく、山崎郭一帯にあるほかの品種の桜は樹齢80年超の古木だという。
 大正時代に植えられたという桜は何の品種で城内にあるのか、繁次郎が植えたソメイヨシノは何本残っているのか、彦根城またはその一帯の桜の謎の解明が急がれる。 【山田貴之】

2012年4月23日月曜日

新修彦根市史・第11巻 民俗編 刊行

 彦根市内の伝承や祭礼、伝統産業などを全ページカラーで紹介した「新修彦根市史・第11巻 民俗編」=写真右=が18日に発売された。
 彦根城下・鳥居本・日夏・磯田・河瀬・稲枝など市内15のすべての集落をまとめた「民俗誌」、城下の町家・農村・街道・山村の日々を取り上げた「生活誌」、彦根仏壇の「伝統産業誌」の3章で構成。合間には「戦前の中薮」、「彦根市の無形民俗文化財」、「彦根の和ろうそく作り」などをテーマにしたコラムを載せている。
 各章では、佐和山神社の春祭りや鳥居本の山村部で行われていた太鼓踊りなど現在は無くなった祭礼のことや、佐和山神社の武者行列が昭和30年からの城まつりになったこと、鳥居本で有名だった三つの赤い名物(合羽(かっぱ)・赤玉神教丸・スイカ)のうちスイカが高宮でも作られていたことなどを記している。
 全ページカラーでA4サイズは前年度刊行の「景観編」=写真左=に続いた形式。356ページ。1冊3500円。1500部作成。市内書店や市役所出納室、支所・出張所、彦根城博物館などで販売。郵送の申し込みは市史編さん室☎(27)3544。

2012年4月21日土曜日

本町の奥野家住宅と上野家住宅 国の登録有形文化財に

 国の文化審議会は20日、彦根市本町2丁目の奥野家住宅=写真右=や上野家住宅=写真左=を含む県内13件を登録有形文化財にするよう文科省に答申した。
 奥野家住宅は安政2年(1855)に314平方㍍の建築面積で建てられた木造2階建ての町家。江戸時代は遠方の彦根藩領に住む公用人が泊まる公事宿(くじやど)として使われ、明治時代から昭和30年ごろにかけてはしょう油屋を経営し、最近までは診療所だった。2階の虫籠(むしこ)窓や出格子は建築当時の形式で、城下町に残る大型商家として貴重だという。
 上野家住宅は江戸末期に97平方㍍で建てられた木造2階建ての町家。防衛のため道を折り曲げて見通せなくする枡(ます)形の突き当たり部分に位置する。建物の2階は格子窓、漆喰塗り、虫籠窓を残し、箱階段や彦根城を望むことができる座敷も保存されている。
 今回の13件が登録されると県内の登録有形文化財は315件になる。

2012年4月19日木曜日

靴下でモザイクアート 復興ピアノみんなで演奏 ギネス記録ダブルで挑戦、石巻からも参加

 2つのギネス記録に挑むイベントが22日に彦根市馬場の滋賀大学講堂で開かれる。そのうち「靴下でモザイクアート」で集まった靴下は、東日本大震災の被災地・宮城県石巻市に渡されるが、当日は石巻から津波で3人の子どもを亡くした夫婦も来場しギネス挑戦イベントに参加する。
 尾末町の寺村邦子さん(56)による9回目のギネス記録挑戦。一つ目は、石巻で津波によって水没した後 復活し寺村さん宅に届けられた「復興第1号ピアノ」をみんなで弾く。曲目は第九の「歓喜の歌」。これまでのギネス記録はフランスでの15人。ピアノの演奏の経験や年齢など問わない。
 二つ目の「靴下でモザイクアート」は、復興支援活動をしているボランティアグループが作ったTシャツのデザイン画を、1000足以上の靴下を床に置いて表現する。参加方法は、原則新品の靴下を当日持参または寺村さん宅に送るか、会場で購入(1足100円で全額義援金に)するかの3パターン。
 寺村さんと石巻から来場する夫婦は「復興ピアノ」の縁でつながりができ、当初は寺村さんが石巻に靴下を送る予定だったが、夫婦の強い思いで彦根に訪れることになった。靴下を並べる手伝いをするほか、集まった靴下と義援金を受け取り、石巻に持って帰る。靴下は石巻の仮設住宅に住む被災者に配られる。
 当日は午前9時~演奏の練習と靴下を並べる作業を行い、同11時までに演奏と靴下並べを完成。ギネス・ワールドレコーズ(本部・英国ロンドン)から公式認定員2人が来場。2人同時に訪れるのは世界初だという。
 寺村さんは「ギネス挑戦によって、被災地の復興への願いを込めた私たちの思いを世界に届けることができれば」と話しており、ピアノの演奏と靴下集めの協力を呼びかけている。問い合わせは寺村さん☎090(5152)3918。

2012年4月18日水曜日

満開の桜の下でお花見給食 彦根市立鳥居本小学校で

 彦根市立鳥居本小学校の校庭で16日、「お花見給食」があり、満開の桜の下で児童たちが給食をとった。
 昭和の初めに、同校の卒業生が約80本のソメイヨシノを寄贈。その後、枯れたり、プールの建設による伐採で少なくなったが、同校による植樹などで現在は約70本ある。
 お花見給食は昭和45年から天候不良の年を除いて毎年行われている。今年の献立はバターロール、焼きそば、サラダ、花見だんご、牛乳で、全校児童113人と教職員17人が学年ごとに分かれて、満開の桜の下で給食を楽しんだ。
 5年生の山下誠大君(10)は「教室で食べる給食よりも楽しかった。桜は満開できれいだった」と話していた。

2012年4月17日火曜日

障害者・高齢者・母親ら向けのバリアフリー情報を市のホームページに

 彦根市は、障害者や高齢者、子育て中の母親、外国人に安心して外出してもらうため、バリアフリー設備が整った施設が検索できる情報を市のホームページに掲載した。
 高齢者や障害者らからは、スロープ設置の出入り口や車いす専用の駐車場、手すり付きトイレなどを備えた施設の問い合わせがある。市は平成21年7月に市内のバリアフリー状況の調査を行い、ホームページの掲載に承諾があった施設を公開することにした。
 ホームページでは、医療施設・交通・金融機関・保健・福祉施設・公園・公衆トイレなど「施設から探す」と、市内7つの中学校から選ぶ「エリアから探す」、車いす利用者・視覚障害者・聴覚障害者・オストメイト・子ども連れ・外国人の「対応状況で探す」―の3項目がアップ。閲覧者は各項目に記載された条件に印を付け、「検索する」をクリックすると、該当の施設が確認できる。対象は全12項目で325施設。ホームページは随時、更新。
 閲覧方法は市ホームページの「市民のみなさまへ」の「市勢の情報」から、「各種施策」欄の「ぶらりおでかけ!ひこねバリアフリーまっぷ」をクリック。問い合わせは市障害福祉課☎(27)9981。

2012年4月13日金曜日

ひこにゃん6歳の誕生日 彦根城天守前で満開の桜と600人が祝福


 13日で6歳になったひこにゃんの誕生日会が天守前広場であり、天守と満開の桜を前にひこにゃんを約600人が祝福した。
 彦根市は、「ひこにゃん」という名前が決まった平成18年4月13日を、ひこにゃんの生年月日としている。
 天守前にひこにゃんが登場すると、詰めかけたファンや観光客から大きな歓声が沸きあがり、ひこにゃんは天守前に設けられたステージにあがって、ポーズをとって写真撮影に応じていた。ひこにゃんファンクラブの北村昌造会長からバースデーケーキと美容用品がプレゼントされると、ひこにゃんはうれしそうにして喜んでいた。
 その後、詰めかけたファンらからもプレゼントを受け取り、1人1人におじぎをしていた。夕方からはひこにゃんファンクラブによる集いが彦根商工会議所で開かれ、ファンたちが6歳の誕生日を祝福する。

日野原重明さん「勇気出して行動を」 新老人の会入会もすすめる

 100歳の現役医師で聖路加国際病院理事長の日野原重明さんの講演会が7日、文化プラザであり、満員の約1500人を前に日野原さんは1時間立ちっぱなしで、健康に生きる秘けつなどを解説した=写真
 日野原さんは、「75歳以上でも元気な人が多い。もう65歳以上を高齢者と言うのはやめよう」と話した上で、古代の哲学者・プラトンが論じた「勇気」という言葉をあげ「65歳を過ぎてもやっていないことをやりましょう。勇気を出して行動しないと」とアドバイスした。
 日野原さんの講演会は、自身が会長を務める「新老人の会」(東京都千代田区)の京滋支部主催。講演で日野原さんは、同会が目標として掲げる「最後まで自分らしく自立して生きていくこと」にもふれながら、「一緒にこの日本を変えていきましょう」と入会を呼びかけていた。

2012年4月12日木曜日

ワールド・ミュージック・トリップ2012第1弾・フィンランドのフリッグ

 世界各国の音楽ライブを楽しむ「ワールド・ミュージック・トリップ(WMT)2012」の第1弾が7日、文化プラザで開かれ、フィンランドの7人グループ・フリッグが北欧の伝統楽器・フィドルを使って陽気な曲を奏でた=写真
 フィドルは、北欧の農村部の収穫祭や結婚式で弾かれていたバイオリン。フリッグのメンバーのうち4人がフィドル奏者で、コンサートではテンポが速く、明るい曲調を呼吸ぴったりで演奏し、曲ごとに約150人の観客からは大きな拍手が沸き起こっていた。最後には、前座を務めた日本の若手北欧バンド・ドレクスキップも加わり、計11人が壇上で演奏すると、スタンディングオベーションをする観客もいた。
 WMTの第2弾は6月16日午後3時~。フィンランドのハーモニカバンド・スヴェング。一般3900円、会員3300円、登録学生2000円。問い合わせは文プラチ☎(27)5200。
世界へ旅気分
 フィンランドのグループ・フリッグのコンサートは、音楽に関して愚鈍な小生も非常に楽しませていただいた。
 北欧には一度も訪れたことはないが、のどかな生活の中にも陽気な風情を想像させてくれる曲調であった。また、さすが教育先進国として知られるフィンランドらしく、奏者に対しては知的で思慮深さも感じられた。
 一方で小生を含めた観客(日本人)は、盛り上がることへの照れくささがあるのか、手拍子や拍手をするにしても、ぎこちなさがあり、奏者のフリッグ側から手拍子などを求める場面もあった。
 自己主張を控えるのもまた、いかにも日本人らしいが、いずれにせよ、世界の音楽や風変わりな楽器の演奏を聴くことができる機会はそうはない。次回はフィンランドのハーモニカ集団。一緒に盛り上がるも良し、静かに聴くのも良し。世界へ旅した気分を少しでもいかが・・・。(山田)

掃部山公園の井伊直弼像の台座と水泉 横浜市が歴史的建造物に

 横浜市はこのほど、同市内の掃部(かもん)山公園にある井伊直弼像の台座と水泉を、歴史的建造物に認定した。
 明治17年(1884)、旧彦根藩の有志らが直弼の記念碑建立のために横浜市内の土地を購入し、同42年6月26日に衣冠束帯の正装姿の銅像(高さ3・6㍍)が竣工された。大正3年(1928)には当時の井伊家当主・直忠が横浜市に土地と銅像を寄付し、同年11月7日に掃部山公園として一般公開された。銅像は昭和18年(1943)に金属回収のため撤去されたが、同29年の開国100年祭の時に再建された。
 台座は銅像が建てられた明治42年に竣工。明治時代の建築家で横浜市内の赤レンガ倉庫などを設計したことで知られる妻木頼黄(よりなか)が設計した。銅像と合わせると高さ10㍍以上で、開港以降の歴史を偲ばせる象徴的な建物になっている。
 水泉は井伊直弼の子息・直安によって銅像建立と同時に寄贈された。

2012年4月9日月曜日

ご当地クオカード第5弾は彦根城天守 ひこにゃんイラスト入り

 全国のコンビニエンスストアやレストランなどで使えるプリペイドカードを発行するクオカード(東京都中央区)は、彦根城天守の写真入りのQUO(クオ)カード(500円分)=写真=の販売を4日から始めた。
 同社は昨年12月22日から日本全国のご当地クオカードを製作。5弾目として「国宝 彦根城」バージョンを作った。天守の写真のほか、ひこにゃんもイラストされている。天守や彦根市を紹介したオリジナルケース入りで530円。市内では彦根城博物館、開国記念館、夢京橋あかり館、トラヤ商事で販売している。
 カードの収益の一部は、市内の文化財保護に活用する市文化財保護基金に寄付される。クオカードはコンビニ、レストラン、ドラッグストア、書店など全国の約4万6000店で利用できる。

屋根飛ばされた 旧彦根高等商業高校 外国人宿舎のヴォーリズ洋館 修理へ

 3日朝から夕方にかけての台風並みの強風で屋根が吹き飛ばされた彦根城の内堀沿いにあるヴォーリズ建築(通称・ヴォーリズ洋館)について、監理する市教委文化財課は修理する方針を示した。
 ヴォーリズ洋館は、元々は旧彦根高等商業学校(現・滋賀大学)の外国人教員用の住宅として、大正13年(1924)に建築。当時は3棟あったが、今は木造2階建てでモルタル(砂とセメントの混合物)塗りの延べ床約108平方㍍の2棟が残っており、いずれも平成11年3月に市が滋賀大学から入手した。そのうち南側の1棟は同13年度に改修が行われ、翌年からひこね市民活動センターが活用し、内堀寄りのもう1棟は同19年度から内堀で屋形船を運航しているNPO法人小江戸彦根が利用している。
 今回の強風で屋根が飛ばされたのは内堀寄りの1棟で、屋根がまるごと飛ばされた現場では市教委文化財課の職員や小江戸彦根のメンバーが後片付けに追われていた。同課では「応急的に屋根を覆う処置をし、部材を含めた建物全体の文化財的価値を調査した上で、修理の方法を検討したい」としている。

2012年4月6日金曜日

鳥居本宿・佐和山城下・中山道のマップ掲載のウォーキング用パンフ作成

 彦根市教委は、旧鳥居本宿と旧佐和山城下のウォーキングとジョギングコースを紹介したマップを載せたリーフレットを作成。市教委事務局、支所・出張所、公民館、鳥居本駅などに置いている。
 鳥居本住民による鳥居本お宝発見隊が、国道306号線の正法寺交差点から磨針峠までの旧中山道周辺と、佐和山城下の鳥居本側の地図を手作りで作ったものを印刷。
 地図では鳥居本駅をスタート・ゴール地点とし、旧大手口跡、彦根道、中山道、磨針峠の全長6・5㌔を巡るコースを赤線で紹介しているほか、赤玉神教丸本舗や本陣跡などをイラストや写真入りでわかりやすく解説している。
 B4判の全カラーの二つ折り。5000部作成。

2012年4月5日木曜日

観光客向け ひこね市レンタサイクル・めぐりんこ彦根駅前にオープンへ

 彦根駅前に、観光客向けのレンタサイクル施設「ひこね市レンタサイクル・めぐりんこ」が今月中にもオープンする。
 同駅前には、JRグループが経営する通勤・通学など向けのレンタサイクル「駅リンくん彦根店」があるが、彦根市は観光客向けのレンタサイクル事業を進めるため、その運営をNPO法人五環生活(事務局・彦根市中央町)に委託。
 五環生活ではアルプラザ彦根駅前店の1階にスペースを設け、クロスバイク・ロードバイクのスポーツサイクルと電動アシスト付き自転車の計64台を用意。すでに、以前の銀座町の事務所でレンタル事業をしているが、駅前の施設オープンに合わせて事業展開を本格化する。オープンは今月21日の予定。
 市内のほか、自転車を乗せることができる近江鉄道の利用も合わせて、犬上・愛荘でも各観光協会などが実施主体となり、レンタサイクルを行う。県の補助事業で平成23年度、1市4町に1000万円支給されている。
 彦根での料金はスポーツサイクルが3時間半300円・1日600円、電動自転車が3時間半600円・1日800円。運転免許証や保険証、学生証などの提示が必要。中学生以上が対象だが、小学生は保護者同伴なら可。問い合わせは五環生活☎(26)1463。

ひげの隊長・佐藤正久参院議員 領土問題の意識向上・国防強化訴える

 「ひげの隊長」として有名になった元自衛隊の佐藤正久参院議員(自民党)の講演会がこのほど、多賀大社で開かれ、約200人の来場者を前に領土問題の意識づけや国防強化の重要性などを訴えた。
 福島県出身の佐藤議員は原発問題について、原発事故直後の対応にあたった人(枝野幸男衆院議員)が経済産業大臣に就いていることを疑問視した上で、「原発を進めてきた自民にも責任がある。自民も反省しながら、原発問題には協力しなければならない」と述べた。
 佐藤議員らが昨年8月に、韓国が不法占拠している竹島(島根県)近くの鬱陵(うつりょう)島へ入るため韓国を訪問したものの入島が拒否された問題にもふれ、「韓国民は『みんなで一緒に守ろう』という姿勢を見せ、大々的に報じていた。領土問題に対しては日本よりも一生懸命だ」と指摘。「本来は国が主権や領土、国民を守るはずだが、多くの政治家たちが上滑っている感じ。国民の意識が低いのは教育現場でまともに教えていないからだ」と、日本の政治家や教育制度を批判した。
 講演後には来場者が「自衛隊は世界の『軍隊』から見れば非常識だと言われているが」との質問があり、佐藤議員は「国防面では米国に守られているが、自分の国・国民を自国の軍隊が守れないのはおかしい」「尖閣諸島に中国が侵略しても米国は本気で助けることはない。政治の力で変えていくしかない」と、憲法9条の改正などを暗に示した。

2012年4月3日火曜日

台風並みの強風と雹(ひょう)で被害相次ぐ、彦根ではヴォーリズ建築屋根飛ぶ 豊郷では阿自岐神社の鳥居の一部落下

 急速に発達した低気圧の影響で3日朝から夕方にかけて、日本各地で台風並みの暴風雨と雹(ひょう)が降った。彦根・犬上地区でも強風などにより被害が発生した=写真は午後4時撮影時
 彦根市内では彦根城の内堀沿いにあるヴォーリズ建築の建物の屋根が飛ばされた。この建物は、元々は旧彦根高等商業学校(現・滋賀大学)の外国人教員用の住宅。大正13年(1924)の建築当時は3棟あったが、今は2棟が残っており、いずれも市が所有。そのうち1棟をひこね市民活動センター、内堀寄りのもう1棟をNPO法人小江戸彦根が活用している。
 今回の強風で屋根が飛ばされたのは内堀寄りの1棟で、屋根がまるごと飛ばされた現場では市教委文化財課の職員や小江戸彦根のメンバーが後片付けに追われていた。同課では「調査をした上で、修理したい」としている。
 ほかに市の発表によると、岡町付近で自転車を運転していた女性が風にあおられて自動車と衝突し右足に軽いけがをした。また電線の断線や電柱が倒れた影響で薩摩町付近の約140世帯と清崎町付近の約200世帯で停電が発生。ほかにも後三条町で民家の屋根が飛んだり、三津屋町で倒木により市道をふさぐ被害が出た。
 犬上郡では豊郷町の阿自岐(あじき)神社の鳥居の一部が県道に落下し、通行止めになった。

2012年4月1日日曜日

火災で一部焼失の寺子屋・力石、ギャラリー兼カフェで再オープンへ

 昨年1月2日に建物の一部が焼失した彦根市の花しょうぶ通り商店街の寺子屋「力石」が、改修を終え4月1日に再オープンする。
 力石は火災により、母屋と旧寺子屋の一部が焼失し、隣接する店舗と住居も全焼した。近隣住民らは再興実行委員会を立ち上げ、母屋と旧寺子屋との中間部分への壁の設置、屋根の張り替え、壁面の応急措置などを行い、昨年4月16日には仮オープンするまで再生させた。
 花しょうぶ通り商店街振興組合は、力石をギャラリー兼カフェの施設として再オープンすることにした。第1弾として1日から7日まで、柿渋染めの作品をパリ・コレに出展するなど国際的にも知られる染色工芸作家・山本玄匠さん=高島市=の作品展を行う。午前11時~午後5時。入場無料。7日午後2時~と同5時~はジャズコンサートも。ワンドリンク付き1000円。問い合わせは力石℡0749(22)1601。

ひこねダンスインテンシヴ2012 国内外一流の講師から学んだ小中高生ら成果披露へ

 国内外の一流の講師陣からバレエなどを学ぶ「ひこねダンスインテンシヴ2012」のデモンストレーションが、4月1日午後4時~文化プラザで開かれる。一般の観覧自由。
 市内のバレエ関係者がバレリーナやバレエ教師を目指す子どもと大人に、一流の技を学んでもらおうと企画し、3回目の今年は東京から福岡までの111人が受講。小学2年生から高校生までと、教師資格取得の計7コースに分かれ、イギリスなど海外の6人を含む10人の講師からバレエやコンテンポラリー(ダンス)、ボディケアを今月27日から学んでいる。
 1日は終了式後、受講生がコースごとに練習の成果を披露する。城西小を3月に卒業した高木紫月(しづき)さん(12)は「踊りの順番を完璧にして、舞台では自分の中で最高のものをみせたい」と話していた。