2012年7月2日月曜日

小和田哲男氏 戦国武将はなぜ戦ったか、ひこね歴史手習塾で

 戦国時代史の第一人者で静岡大学名誉教授の小和田哲男氏が27日、「なぜ戦国大名は戦うのか」をテーマに文化プラザで講義を行った。
 小和田氏は戦国時代の始まりの時期について、北条早雲が伊豆に攻め入った明応2年(1493)をあげ、「幕府の権威失墜が戦国争乱の始まりで、この討ち入りが幕開けだといえる」と述べた。以降、鉄砲伝来の天文12年(1543)までを第1段階、織田信長が今川義元を攻めた元禄3年(1560)の桶狭間の戦いまでを第2段階、信長が殺された天正10年(1582)の本能寺の変までを第3段階、豊臣秀吉による天正18年の小田原攻めまでを第4段階―だとして紹介した。
 戦国大名と家臣との関係については「謀反や裏切りが当然の時代で絶対的な関係ではなく、家臣をつなぎとめておくために常に恩賞を与える必然性があった」と説明。家臣たちが戦った理由については、恩賞欲しさによる一所懸命の論理と、後世に「家」を残すために武名(家名)をあげることにあったとした。
 戦国大名の国家観については「国家とは『領国』と『家』のことで、中央(京都)とは別に、今で言う地方分権を狙っていた」「地方ごとに領域を広げていったから戦いが終わらなかった」と解説。「その流れを絶ったのが信長の『天下布武』で、当時の公家・武家・寺家による支配体制(権門体制)を崩し、武家中心の世を作ろうとした」と語った。
 小和田氏の講義は、ひこね市民大学講座・歴史手習塾の中で開講され、約130人が受講した。

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