2018年4月25日水曜日

ひこにゃんの図柄入りオリジナル婚姻届2000部限定で

 彦根市は、ひこにゃんの図柄入りの「オリジナル婚姻届」を作製し、2000部限定で13日から提供を開始した。
 ひこにゃんのブランド力の向上を目的に、ひこにゃんが花束を持ち、桜のイラストで囲んだ婚姻届を製作。「彦根市で始める暮らし」と題した冊子も作った。冊子には婚姻届が別紙として入っているほか、婚姻届の書き方、市からのお知らせ、よくある質問が記載。市内の結婚式場、貸衣装、装花の計5店舗も紹介している。
 協賛した5店舗の出資で製作しており、市の負担はない。婚姻届は市市民課、稲枝支所、各出張所に置いており、一組に1セット進呈。市外の住民も受け取ることができ、婚姻届に記載されている「滋賀県彦根市長」の欄を訂正し、捺印の上で提出先の首長名を書けばそのまま使用できる。婚姻届は提出すると返却されないが、カラーコピーは有料でできる。婚姻届を提出する市民課には記念撮影用のひこにゃんのパネルも設置されている。市は反響を見て、次年度の継続を検討する。問い合わせは市民課☎(30)6111。

城西小学校6年の成宮結太君スペインでのMenorca Me CUP2018に日本のクラブ選抜の主将として出場

 彦根市立城西小学校6年の成宮結太(ゆた)君(11)=本町3丁目=が、スペインで世界各国のクラブチームが参戦して行われた「Menorca Me CUP2018」に、日本のクラブの選抜メンバーの主将として出場した=写真は父・太さん提供。
 同大会はスペインのメノルカ島で3月28日から4月1日まで開催され、アンダー11、同13、同15のカテゴリーにFCバルセロナやレアルマドリード、マンチェスターシティーなど名門クラブをはじめ世界各国から約3000人が参加。日本からはアンダー11に2チーム、同13と同15に1チームずつが出場した。
 成宮君は日本の「FORZA SOCCER ACADEMY」のメンバーとして、全国から応募のあった200人以上から滋賀では唯一の24人に選ばれ、そのうち10人のアンダー11の主将として出場。センターハーフのポジションで3ゴールを決める活躍を見せたが、チームは5試合で1勝2敗2分けと決勝トーナメントには進めなかった。
 大会を終えて、成宮君は「下の年代の子たちがいたが、中学生かと思うほど大きくて、これが世界かと思った。負けた試合では涙も出たけれど、相手チームや保護者の人たち、スタンドの観客までが僕たちを称えてくれて、とてもうれしかった」と話していた。
 現在は彦根フットボールクラブに所属しており、将来の夢として成宮君は「FCバルセロナ―でプレーすることです」と意気込みを語っていた。父親の太さん(39)は「サッカーへの情熱を今まで以上に持って、夢に向かって突き進んでほしい」と激励していた。

高宮町の座・ギャラリーで美術家の西村のんきさん作品展

 彦根市高宮町の「座・ギャラリー」で、美術家の西村のんき(本名・博喜)さん(60)=大阪市=の作品展が29日まで開かれている。
 西村さんは学校で美術教員を務め、3年前に退職した後はポーランドで1年間、文化交流などをしてきた。
 作品展のテーマは「宇宙を中心に回る人類のレクイエム」。入り口には、2・3㍍四方の和紙に墨とアクリル絵の具で宇宙を表現したという女性の裸体の絵2点「阿吽(あうん)」がある。2、3枚の和紙を重ねており、光の加減で見え方が変わるという。
 中央には、ポーランドのアウシュヴィッツで見たユダヤ人たちの肖像画の目を表した2・8㍍四方の絵や、逆さにしたハスの花からしずくが落ちて波紋が広がる様子を表現した作品がある。
 西村さんは「時間軸によって見え方が異なるのがアートの面白さ。パワースポットを表現した作品を見に来てほしい」と来場を呼びかけている。開館時間は土日のみの午前10時~午後5時。住所は高宮町1121。

2018年4月23日月曜日

彦根の風景や文化など写真や動画をSNSで投稿するアカウント・彦根シティプロモーション開設

 彦根市は18日、市内の風景や文化などを撮影した写真や動画を、フェイスブックやインスタグラムに投稿する専用アカウント「彦根シティプロモーション」を開設した。
 市民がSNSを通じて彦根に関することを発信し、まちや人の魅力を市内外に広めていこうと企画。投稿者は「#lovehiko」のタグを付け、撮影場所を明記して写真などを「彦根シティプロモーション」にアップする。投稿された写真は市の公式ホームページに紹介される。イベント情報、季節の見所などを受け付けるほか、市がドローンで撮影した動画も配信する。観光客や外国人住民からの投稿も受け付ける。
 投稿した写真や動画の著作権は本人だが、「彦根市シティプロモーション」に投稿された写真などは市が無償で使用できる。被写体の了解を得た写真などのみ投稿が可能。公序良俗に反する、市の名誉を傷つける、個人・団体を中傷する―などの投稿は禁止。
 観光客らにPRするほかのSNSはこれまでにもあるが、市民向けは初めて。市シティプロモーション推進室は「行政では拾えない彦根の魅力や情報を市民の皆さまから発信してほしい」としている。問い合わせは同室☎(30)6143。

2018年4月18日水曜日

原付バイク用ご当地ナンバープレートのデザインの投票を受け付け

 市は6日から原付バイク用「ご当地ナンバープレート」のデザインの投票を受け付けている。
 郷土への愛着と彦根市のPRを目的に彦根独自のナンバープレートを作製し、10月から交付していく。ひこにゃんを使用したデザインと、使用していない2種類を用意する予定で、ひこにゃん使用のデザインのみ投票で決める。
 デザインの候補は市が設けた、着ぐるみのひこにゃんが桜を眺めたり、原付バイクに乗ったりしている様子や、イラストのひこにゃんの顔がアップされたパターンなど計6案。大きさはいずれも縦10㌢×横20㌢。投票方法は彦根市のホームページからか、市税務課窓口、支所・出張所、市立図書館、ビバシティ彦根、市内3大学に設置の投票箱に備え付けの投票用紙を入れる。1人1回。今月20日まで。最多投票数のデザイン1種類を決めて、6月に広報ひこねやホームページ、報道機関で発表。ひこにゃん不使用のデザインは滋賀県立大学人間文化学部生活デザイン学科が制作し、6月に発表する。問い合わせは市税務課☎(30)6140。

発達障がい児の運動能力伸ばす施設さくらはーと彦根市内で初めて完成

 発達障がい児の運動能力を伸ばすための施設「さくらはーと」が彦根市内で初めて後三条町に完成。4月14、15日に体験会が開かれた。
 運営するのは通所介護施設「デイサービスさくら」(平田町)を営む株式会社Wellness。発達障がい児の中には運動を苦手にしている子がおり、保護者からの「子どもの運動能力を伸ばしたい」との声に応える形で運動特化型の療育施設を設置。
 同社の上田真一代表取締役(47)は24年間、スポーツクラブのインストラクターを務めた経験がある。施設ではマット、跳び箱、鉄棒、トランポリンを使った体操や近くの公園での走り方教室、野外活動を行い、歩く、立つ、しゃがむ、転がるなど36種類あるという基本動作を教える。
 上田さんによると、運動療育は身体能力の向上のほか、ストレスの発散や協調性・社会性の向上、生活リズムの改善にもつながるという。デイサービスさくらを利用する高齢者と子どもたちの交流も進めていく。上田さんは「発達に心配のあるお子様と家族を支援し、子どもの無限の可能性を引き出したい。また子どもから高齢者まで住み慣れた地域で喜びを常に分かち合える施設を目指す」と話している。
 3歳以上の未就学児向けの児童発達支援と、小中学生向けの放課後等デイサービスの2コースある。日曜休み。問い合わせは「さくらはーと」☎(24)8011。

ジェラートのコンテスト世界チャンピオン柴野大造さんプロデュースの商品を提供する店GELATERIA Azzurro(ジェラテリア・アズーロ)銀座町オープン

 ジェラートのコンテストで世界チャンピオンに輝いた柴野大造さんプロデュースの商品を提供する店「GELATERIA Azzurro(ジェラテリア・アズーロ)」が、銀座町に13日オープンした。
 柴野さんは石川県出身。独学でジェラート作りを学び、2015年に東京で開催されたジェラートマエストロコンテストで優勝し、2年後にイタリアであったコンテスト「Sherbeth Festival」で世界チャンピオンになった。イタリア人以外では初めてという世界ジェラート大使にも就いた。
 株式会社アズーロ代表取締役の青池貴司さん(42)が1年前に柴野さんと出会い、そのジェラートの味に感動。滋賀県民にも食べてほしいとの思いから、柴野さんのレシピを使った店としては石川、沖縄に次いで3店舗目のオープンを決意。青池さんは彦根出身のため、シャッター街が目立つようになってきた市街地の復活と観光客の周遊性の向上を目的に、銀座商店街にジェラート専門店を設けた。
 店では18種類のジェラートを提供するほか、ふなずし、近江米のみずかがみ、近江茶など滋賀の特産品を使った6個入りをセットにした持ち帰りと通販向けの商品も用意している。青池さんは「滋賀の食材を世界にPRすることで、農家の生産意欲の向上、商店街の活性化、来店客にとっての『三方よし』の店にしていきたい」と話している。彦根の店を拠点に今後は県内にジェラート店を展開していく予定。
 店長の酒井拓海さん(29)が全商品を店内で手作りしており「皆さんにおいしい物を提供し、喜んでいただけることが何よりもうれしい」と笑顔を見せていた。開店時間は午前11時~午後7時。水曜定休。問い合わせは同店☎(23)7665。

2018年4月14日土曜日

彦根・警官殺人、事件数時間前に巡回する2人と住民が会話

 彦根市の河瀬駅前交番内で11日夜、男性巡査(19)が井本光(あきら)巡査部長(41)を拳銃で撃って殺害する事件が発生。滋賀彦根新聞が周囲の住民に聞き込みをしたところ、事件発生日の午後3時頃、2人が巡回している姿を数人の住民が目撃。そのうち30歳代の主婦の女性は自宅を訪問してきた2人と会話していた。
 主婦の女性によると、2人は住所確認のため巡回。玄関口で井本巡査部長が対応し、その一歩後ろに巡査がいたという。数分のやり取りだったが、その時の巡査の様子について、主婦の女性は「無表情で、愛想がない感じだった」と話していた。
 また別の30歳代の女性によると、先週に近くに住む友人が河瀬駅近くで、逮捕された巡査にシートベルトの検問で車を止められたが、友人はシートベルトを着用していたため、駆けつけた井本巡査部長とみられる上司が謝ってきたという。またこの30歳代の女性は、いとこが事故をした際、井本巡査部長が対応したといい「いとこは優しい警察官だったと言っていた」と話していた。

 県警は12日、同僚警官を拳銃で撃った殺人の疑いで、河瀬駅前交番に勤務する地域課の男性巡査(19)を逮捕した。県警捜査一課によると、11日午後8時17分ごろ、愛荘町の田んぼにパトカーが突っ込んでいるとの通報が近隣住民からあった。駆けつけた署員が河瀬駅前交番の車両だと確認し、交番内を見たところ、井本巡査部長が頭から血を流して倒れているのを発見。井本巡査部長は搬送先の病院で午後10時6分に死亡が確認された。
 巡査は11日午後7時47分ごろ、いすに座っていた井本巡査部長の背後から拳銃2発を打ち、その後パトカーで逃走。乗り捨てて、歩いていた12日午前1時35分ごろ、愛荘町川久保で捜査中の警官に見つかり、逮捕された。巡査の拳銃は乗り捨てられたパトカーから約600㍍離れた田んぼの中で見つかった。容疑を認めているという。巡査が撃った弾は井本巡査部長の頭と背中に当たっていた。井本巡査部長と巡査は11日午前8時半から2人で勤務していた。
 巡査は昨年4月に採用され、今年1月29日に彦根署に配属され、市内の別の交番勤務を経て3月から河瀬駅前交番で勤務していた。

2018年4月11日水曜日

ホワイトアスパラガスなどの収穫始まる

 ホワイトアスパラガスなどの収穫が彦根市薩摩町で始まり、2日には生産者の福原勉さん(58)のビニールハウスで収穫の様子が公開された。
 稲枝では昭和20年代から40年代にかけて新海町などでホワイトアスパラガスが作られ、最盛期には25㌶の敷地で「缶詰加工用」が生産されていた。海外産の大量輸入の影響で姿を消したが、2年前に福原さんが遮光技術を使って復活に成功した。
 昭和63年からは主流のグリーンアスパラの栽培が始まり、福原さんら4人の生産者による稲枝アスパラ生産組合が「ひこね夢アスパラ」と名付けて15棟のビニールハウスで生産。今年からはピンクの栽培も始めており、グリーン、ホワイト、紫などを含め計7種類を9月まで順次、収穫する。水や温度、湿度で味や太さなど育ち具合が変わるため、繊細な技術が必要だという。
 この日、福原さんは孫と一緒に収穫。「稲枝のアスパラは太くて、とても甘い。多くの人に食べてほしい」と笑顔を見せていた。販売先は市内外のJA直売所や道の駅。問い合わせはJA東びわこ☎(28)7801。

イタリア映画のクルー彦根城で散り桜シーンを撮影

 イタリアの長編映画の撮影クルーが2日から彦根入りし、4日には彦根城表門橋前で散り桜の中を日本人女性2人が人力車に乗って通り過ぎるシーンを撮影していた。
 映画のタイトルは「White Flowers(ホワイトフラワーズ)」。日本人の女性漫画家が新作を作るためイタリアに向かい、ジェノバで記憶喪失の男と出会って、その男の過去を撮影した写真の場所を探す旅に出るというストーリー。
 監督はマルコ・デ・アンジェリスさんとアントニオ・ディ・トラパニさんの2人。日本人女優の岩崎優希さん、福井美都さんらが出演し、イタリアでの撮影は終了。両監督と女優たちが来日し、彦根市内では6日まで城内で人力車や屋形船に乗るシーンや、天寧寺の五百羅漢を見学する場面などを撮影した。
 監督のマルコさんは「日本の俳句や短歌が好きで、桜が散る姿ははかなさの象徴で感動させてくれる」と話していた。8月から9月にかけてのイタリアでの映画祭に出品し、受賞すれば日本での上映の可能性もあるという。
 彦根ロケを支援した彦根を映画で盛り上げる会の目加田宗彦会長は「彦根城の桜の美しさを知っていただくことで、イタリアなど海外からの誘客にもつながると思います」と期待を込めていた。

日章旗を所有していた米国や英国の元兵士の家族らから県内の戦没者遺族に返還する式典、滋賀県護国神社で

 昭和の大戦時代に日本兵士が戦地に持参した日章旗を所有していた米国や英国の元兵士の家族らから、滋賀県内の3人の戦没者遺族に日章旗を返還する式典が5日、彦根市尾末町の滋賀県護国神社で開かれた。3枚の日章旗が同時に返還されるのは初めてだという。
 大戦時、日本の兵士たちには家族や友人、勤務先の同僚らが寄せ書きをした日章旗が贈られ、兵士たちは戦地に持参して肌身のそばに置いていた。一方、欧米で旗は敵か味方かを識別するためのツールで、敵の旗を戦利品として持ち帰ることは手柄とされ、日本人の兵士の日章旗も米国や英国などの兵士によって各国へ渡っていった。
 米国オレゴン州の非営利団体「OBON SOCIETY」は2009年5月から、日章旗を返還したい人と受け取りたい日本の遺族との橋渡し業務をしており、今年2月までに200枚以上の日章旗が返還されている。 護国神社での返還式には、戦没者の故・中嶋康平さん(東近江)の義理の子の昭治郎さん、故・中野義良さん(日野)のおいの良造さん、故・三宅孝雄さん(長浜)の弟の信雄さんら遺族や、中嶋さんの日章旗を所有していた英国のアンドレクレアさん・デボラさん夫妻、中野さんのを持っていた米国のジェニファートリップさん・ダラスさん夫妻ら、匿名者から三宅さんの日章旗を受け取った同団体共同代表のレックスジークさん・敬子さん夫妻が参加。
 この日は約300人が参加しての春季例大祭があり、その後に行われた返還式で滋賀県遺族会の岸田孝一会長は「日章旗が一度に3枚返ってくるのは貴重であり、これからも全国で返還式が行われるのを願っている」とあいさつ。米英のそれぞれの家族らから日本の遺族に日章旗が手渡された。ジェニファーさんは大伯父を戦争で亡くしていることから「家族を失う悲しみを私も知っている。過去の痛みや恨みは持ち続けるのではなく、友情の証しとして返還しに来ました」と語った。中野良造さんは「日章旗は仏壇にお供えするが、伯父も生まれた家に戻ってくることができ、喜ぶと思う。ほかの数多くの日章旗が遺族の元に戻るのを祈っている」と話した。
 立会人として三日月大造知事や返還式の実現に尽力した滋賀出身の有村治子参院議員らが祝辞を述べ、遺族がそれぞれの日章旗を持ちながら記念撮影に応じた。

2018年4月9日月曜日

重症心身障がい児者や医療的ケア児者向けデイサービス提供の地域包括ケアステーション 森のお家 高宮町に完成

 重症心身障がい児者や、医療的ケア児者向けのデイサービスなどを提供する「地域包括ケアステーション 森のお家」が彦根市高宮町に完成。4月7日に内覧会がある。
 運営するのは障がい児者の介護や看護をしているNPO法人「道」。平田町のマンション2部屋分を拠点にサービスを提供してきたが、高宮町の敷地面積約620平方㍍に木造2階建て延べ297平方㍍の建物を新築。施設名の「森のお家」に合わせて、桜や梅、ツツジ、ハナミズキなど7種類の木20本を敷地内に植えた。
 提供するサービスは、人工呼吸器や胃ろうを使用したり、たんの吸引や経管栄養などが必要な重症心身障がい児者と医療的ケア児者向けのデイサービス「ふぁみりぃ」、障がい児者や難病患者、家族、関係機関の職員からの相談に応じる「ちゃれんじ」、24時間・365日対応する訪問看護ステーション「ふれんず」。
 職員は看護師や児童指導員、保育士の27人体制。同法人の柴田恵子理事長(63)=高宮町=は「医療的ケアが必要な子どもから大人までが、ゆっくりでき、穏やかに過ごせる場所にしていきたい」と話している。内覧会は7日午前10時~午後3時。11日午後1時~開所式があり、ひこにゃんと障がい児者との記念撮影、みんなでフラダンスなどがある。問い合わせは森のお家☎(49)2531。

2018年4月6日金曜日

彦根市社会福祉協議会が買い物おたすけ本を発刊

 買い物などに出かけるのに苦労している障害者や高齢者らを支援するため、彦根市社会福祉協議会は「買い物おたすけ本」を発刊し、無料で配布している。
 身体の不自由さや交通手段の不便さで苦労している障害者や高齢者が多いことから、市社協は彦根市内で配達や送迎のサービスをしている店舗や事業所の情報をまとめた本を製作した。
 本では、食料品・弁当、日用品、福祉用具・介護用品、掃除・洗濯・ごみの処分など暮らしのお手伝い、理美容・針きゅうの5分野の計38店を掲載。店ごとに取扱品、営業日時、対象区域、連絡先などを案内しているほか、愛のりタクシー、市地域包括支援センター、市消費生活センターなどの情報も紹介している。
 A4判でカラー30ページ。市社協の松永梨佐さんは「不自由な思いをされている障害のある方や高齢者のほか、子育てで買い物が行きにくいお母さんにも利用してほしい」と話している。1500部作成し市社協で配布している。

芹橋2丁目の古民家を活用した憩いの場temincaてみんか4月にオープン

 彦根市芹橋2丁目の古民家を活用した憩いの場「teminca(てみんか)」が4月にオープンする。
 採用教育支援会社「いろあわせ」(米原市)が、色んな分野の人たちが気軽にチャレンジできる場所を設けようと、築約80年の木造2階建てを借り、民家と「やってみんか」にちなんで「てみんか」と命名。
 プレ企画として子育て教室やボードゲーム会、飲み会などを開催しており、子育て中の母親や学生、地域住民らが集っている。正式オープンする4月以降もさまざまなイベントを開催していく。
 いろあわせ代表取締役の北川雄士さん(38)=鳥居本町=は「何かを始めたい、一歩を踏み出したい、そういう思いのある人の背中を押したり、手を引っ張ったりしたい。気軽に集まって来てほしい」と話している。企画提案や参加自由。場所は芹橋2丁目4の6。問い合わせはいろあわせ☎0749(20)6399。

2018年4月4日水曜日

第90回センバツ彦根東高と近江高3回戦で10回サヨナラ負け

 選抜高校野球大会の3回戦が3月31日、甲子園球場で行われ、第2試合に登場した彦根東高は岩手の花巻東高と対戦。稲枝中学出身の増居翔太投手=3年生=が9回まで相手打線をノーヒットに抑える好投を見せたが、惜しくも0対1でサヨナラ負けした。第4試合に登場した近江高は石川県の星陵高と対戦し、こちらも延長10回にサヨナラ負けを喫した。
 彦根東高は6安打を放ち、4回、6回に好機があったが、得点できなかった。一方で、増居投手は9回まで無安打、14奪三振の好投。ノーヒットノーランのペースで迎えた延長10回裏、相手打線に初安打を許し、四球と安打でノーアウト満塁となり、犠牲フライを打たれて敗北した。
 アルプラス席は赤鬼魂のTシャツを着た約3000人の応援団で埋め尽くされていた。応援していた増居投手の母・利佳子さん(45)は、息子の好投に「良い投球で良かった。負けてしまいましたが、いい試合でした。(息子には)お疲れ様でしたと声をかけてやりたい」と話していた。
 応援団の中には彦根東高と滋賀学園高の女子生徒32人(うち東高23人)によるチアリーダーの姿があり、リーダーで東高3年の束田七瀬さん(17)は「野球部の勝利のためにとにかく声を出して応援したい」と意気込んだ。米原市の少年野球チーム・JBC山東の小学2年から6年生までの選手と保護者ら計35人も応援。主将で山東小6年生の三浦蒼一郎君(11)は「将来は僕も東高から甲子園に出たい」と述べていた。
 大久保貴市長も赤色のジャンパーの下に、近江高の青色のジャンパーを着て観戦していた。
 近江高は初回、相手投手の立ち上がりを攻め、連打で2点を先取し、試合の主導権を握った。6回にも加点し、3点差まで突き放したが、その裏に4連打を浴びて同点とされた。
 先発の林優樹投手は6回まで力投。7回から登板した金城登耶投手も9回まで無失点と好投した。しかし延長10回裏、6回途中から救援した星陵の奥川恭伸投手に試合を決める2塁打を打たれ、3対4で敗北。2003年以来の選抜ベスト8入りとはならなかった。
 近江のアルプス席ではバス22台、2000人でかけつけた生徒、保護者、OBらが青いメガホン、タオルを手に大きな声援を送った。
 チームが先制すると吹奏楽部の演奏に合わせ、応援団の選手やチアリーダーたちがパフォーマンスを展開し、選手やチームを鼓舞させた。しかし、サヨナラ負けを喫すると、スタンドは水を打ったように静まり返った。
 応援団長の加藤大地君(3年)は「ゲームはいい流れで勝ちムードだったが、いつの間にか、追いつかれ、逆転されてしまった。夏、甲子園に戻ってきて、ベスト8以上を目指したい」。
 新聞部局の丸山理音部長(2年)は「とてもいい試合で良かった。取材していて近江の良さ、素晴らしさを肌で感じた。これからも野球部を応援したい」。
 ベンチ入りした金田大聖選手(3年)の父・正広さん(46)=甲良町=は「悔しいに尽きる。ベンチやスタンドを含め、みんな頑張った。夏はやってくれると信じている」と話していた。

漫談師の旭堂南海さん井伊直継と井伊直孝の歴史語る

 漫談師の旭堂南海さんを招いた講談会「直継と直孝」が21日、彦根市本町の宗安寺で行われた。
 彦根藩初代藩主の井伊直政には正室・唐梅院の子の直継と腹違いの直孝がいた。彦根城が築城された際は直継が家督を継いでいたが、直政死後の藩内の混乱を収めるため二代藩主には徳川家康の命で直孝が就き、直継は直勝と改名して安中藩(群馬県)に移った。宗安寺は直政が上野国(群馬県)の箕輪城主だった頃に唐梅院が建立した安国寺が始まりで、佐和山山麓に移された際に宗安寺と改名。彦根城の築城時に現在の地に移った。
 旭堂さんは、家督を継いだ直継について「病弱」「出来が良くなかった」との評判があることにふれ「勝手に後付けされたものだ」と指摘。彦根城築城時に人柱が必要になった際、空の棺を入れて女児を助けたという逸話を紹介し「迷信よりも人命を大切にした人柄があった」と称えた。
 直孝は二代将軍・秀忠の近習として仕え、大坂の陣でも武功を立てた。直政の死後、彦根藩は旧武田家の家臣を交えた派閥争いで混乱していたため、それを危惧した家康は直継の代わりに直孝を彦根藩一五万石(当時)の二代藩主に就かせ、直継には井伊谷時代からの家臣と共に安中藩三万石を任せた。
 旭堂さんは直継と直孝を巡る歴史を紹介した上で「2人が切磋琢磨すれば良かったのだが、時代の変わり目にほんろうされた。派閥争いという災いがあったかもしれないが、2人が彦根城を完成させたと言える」と述べた。
 旭堂さんの講談会は彦根夢京橋商店街振興組合が、この日から彦根城の梅林で始まった「ひこね梅あかり」に合わせて企画し約50人が来場した。

歴史研究家の小和田泰経さん講座 井伊直政と時代を駆け抜けた武将たち

 昨年のNHK大河ドラマ「おんな城主直虎」で、資料提供役を務めた歴史研究家の小和田泰経さんを講師に迎えたひこね市民大学講座「井伊直政と時代を駆け抜けた武将たち」が21日、文化プラザで開かれた。
 小和田さんは、直政誕生時の井伊家や徳川家康に仕えた頃の世の中の状況を解説した後、彦根城博物館学芸史料課の渡辺恒一課長と対談。
 家康が重臣の中で直政を重用した理由について、渡辺さんは「井伊家という伝統的なブランド力」をあげ、小和田さんも「家康は権威を大切にしており、自分のステータス(社会的地位)を考えて直政を重用したのだろう」と分析した。
 関ヶ原の合戦で直政が先頭になって戦い、その際の鉄砲傷で亡くなったことから、小和田さんは「なぜ直政は率先して戦いに行ったのか」と疑問を投げかけた。これに対し渡辺さんは「徳川家の家臣の中で直政はよそ者であったため、そのよそ者たちのリーダーとしてまとめ役を務めようとしたのでは」と説明。
 家康が直政を佐和山城に置いた理由について、小和田さんは「時代が変わったことを見せようとしたのだろう。大坂の勢力が関東に侵入するのを防ぐ役割もあった」と解説。渡辺さんも「近江(膳所)が東軍の最前線であり、狭いエリアの彦根に信用している直政を置いたのだろう」と述べた。
 直政の死後、家康が直孝を井伊家二代に指名した背景について、小和田さんは「井伊家の家臣は旧武田家の家臣が多く、まとめるのは並大抵ではできない」と語り、渡辺さんは「直政の死後、家臣は勢力争いをして、家康も心配していた。当時は空中分解する恐れがあったが、直孝はそれをまとめる力を持っていた」と話した。