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2018年8月30日木曜日

全日本学童軟式野球大会で多賀少年野球クラブ初優勝

 高円宮賜杯第38回全日本学童軟式野球大会マクドナルド・トーナメントの決勝戦が25日、東京都内の神宮球場で行われ、彦根市内の小学生らが所属する多賀少年野球クラブ(以下、多賀クラブ)が、11対4で沖縄の根差部ベースナインに勝って初優勝した。翌日、多賀町内で練習していた部員たちに喜びの声を聞いた。
 多賀クラブは5月5日の県予選で優勝し滋賀代表となり、8月20日から始まった同大会でも順調に勝ち進んだ。決勝戦では1対2とリードされた3回、多賀クラブが連続長打で一挙7点を奪って逆転し、その後も追加点を挙げて勝利した。
 多賀クラブは2000年に同大会へ初出場し、準優勝2回、3位2回の成績だったが、12度目の出場で初めて悲願を達成した。辻正人監督(50)=多賀町=は「今年のチームは7人の投手を中心に走攻守がまとまっていた。子どもたちに『なぜこの練習が必要か』を伝えながら練習に取り組んできた成果が出た」と話していた。
 多賀クラブは近江高野球部出身の辻監督が20歳の時に創立し、今年で30年目を迎える。現在は彦犬地区を中心に小学1年から6年生までの29人が所属している。
 彦根市内からはいずれも6年生の市井柚希君=日夏町、石田頼君=同、田中颯良君=同、田中駿希弥君=西今町=らが通っている。主将の市井君は「自分たちの代で初めて優勝できてうれしかった」と話し、ほかの3人も「このチームは雰囲気が良くてとても明るいのが特徴です」と笑顔を見せていた。

2018年8月28日火曜日

文京学院大生の五街道ウォーク学生ら23人が彦根市内を散策

 文京学院大学(東京都文京区)の学生たちが、中山道など旧街道を駅伝方式で歩く「五街道ウォーク」が17日から行われ、20日には学生ら23人が彦根市内を散策した。
 同大学は1994年から学生の「自立と共生の精神の育成」と「人としての成長」を目的に、学生たちが2年に一度、五街道の一つを歩くイベントを実施。2010年までに東海道を制覇し、12年から今年にかけて中山道を歩く。これまでに他大学や実行委員を含めて延べ約4000人が参加している。
 11回目の今年は学生30人と教職員20人が実行委員となり、岐阜県美濃加茂市から京都市までを7区間に分けてウォーキングイベントを企画。17日に太田宿を出発し、美濃市、大垣市、関ヶ原町を経て、学生21人と教職員、その子どもが3区の彦根市に入った。20日朝に摺針峠でオープニングイベントがあり、鳥居本宿、彦根城、玄宮園を見学し、四番町スクエアと夢京橋キャッスルロードを散策した後、井上仏壇では金箔押しを体験。学生たちは自分の干支のかざり金具に金箔をつけていた。
 その後、彦根港にゴールし、約8・2㌔㍍の行程を終えた。実行委員で3区の区長を務めた沖歩美さん(20)=2年生=は「彦根は古い町並みがそのまま残っており、歴史を感じました。東京にはそのような場所があまりないので、いい経験ができました」と話していた。
 一行は22日に長浜、23日に近江八幡、24日に草津と大津をリレー方式で歩き、25日に大津から京都に向かって、全行程約151㌔㍍を制覇する。2年後には日光街道、2022年には甲州街道を歩行し、同大学創立100年の24年には富士山登山、26年には奥州街道を歩行する予定。

2018年8月27日月曜日

曖昧に終わった百条委員会

 市役所耐震化を巡る裏合意の真相を究明する百条委員会が終了した。市制初の百条委だったため、委員長が認める通り「難しさがあった」のかもしれないが、何とも曖昧模糊に終わった。
 元々、百条委が設置された理由は「どの職員が裏合意を主導したのか」「市長の関与は本当になかったのか」を究明するためだった。特に「主導」について、市が今年1月に市議会やマスコミに発表した報告書では、発表直前に辞任した川嶋前副市長にその責任を負わせ、マスコミ各社もその発表に沿った報じ方をした。
 しかし百条委の証人尋問では意見の食い違いが表面化。前都市建設部長の山本氏は「私と川嶋前副市長、企画振興部長、総務部長が話し合って決めた」と述べ、大久保市長は「川嶋氏と山本氏」と答えた。企画振興部長や総務部長も議会などで関与を否定した。
 一方で川嶋氏は、市の発表の「川嶋主導説」に対し「私が(裏合意を)発案した内容で作為的。あらかじめストーリーが描かれ、その流れから外れないよう作られたと疑念を抱いている」と批判。「(山本氏から)『仕様は変更するが、契約そのものは変わらない』と報告を受けて了承したのは事実だが、今から思えば矛盾する話だった」と答えながらも、裏合意への関与は否定した。
 そして7月11日に行われた5回目の百条委員会では、市が当初作成した報告書の製作過程において、前副市長の山根氏が関与していたことも市の担当職員から明らかにされた。
 結局、誰が裏合意を主導したのかの真相は明らかにされないままで、百条委の報告書では「証人尋問で証言に差異が生じたことは執行部の連携体制に不安を感じる」とのみ記した。
 ただ、百条委の唯一の救いは「市長のガバナンス(統治)機能の強化」を求めた点だ。裏合意の問題は山本氏や川嶋氏らが責められているが、市長の統治能力の欠如が最大の要因であり、30億円超(40億円超?)の大事業を山本氏ら担当職員に任せっきりにしていた責任を忘れてはならない。
 さて、百条委の会議や最近の議会、委員会を傍聴しての率直な感想だが、一部市議は誰を見て意見を述べているのか、と首を傾げざるを得ない光景を頻繁に目にする。
 先の百条委でも山根氏の関与を報告書に載せるか否かで委員の意見が対立し、最後は副委員長の八木嘉之議員の折衷案で収まったが、その一方で同じ会派の委員(議員)同士が上役の顔をうかがうかのように同じ内容の意見を述べていた光景は惨めだった。上役からの苦言の恐れや会派のメンツよりも、市民を向いた姿勢が議員諸氏にも求められていると苦言を呈しておく。【山田貴之】

庁舎耐震巡る裏合意の主導者わからず百条委員会終了

 彦根市役所本庁舎の耐震工事を巡り市と施工業者の裏合意を究明する市議会の6回目の調査特別委員会(百条委員会)が22日、鳥居本地区公民館であり、9月議会に提出する報告書についての議論が行われたが、裏合意が誰の主導で行われたのかなどの真相を明らかにすることはできなかった。
 岐建の当初の見積額と市の予定価格の差額が約10億円あったため、一部の市職員と岐建滋賀支店の間で別途工事や仕様変更などの裏合意が行われていたことが判明。入札時の条件の変更が地方自治法施行令違反にあたる可能性があるため、市議会は市制初の百条委員会を設置し、4月9日に第1回の会議を開催。以降の会議では岐建側と交渉した前都市建設部長の山本茂春氏や、前副市長の川嶋恒紹氏、大久保貴市長、岐建滋賀支店長を証人尋問した。
 報告書では、百条委の調査で明らかになった点として▽入札不調から仮契約締結まで一部の職員だけで断片的かつ抽象的な情報のやり取りに終始した▽予定価格は市の工事担当課で積算された金額で市長はじめ関係職員が疑わなかった▽随意契約を進める時点で地方自治法施行令違反を理解していたのは山本前部長だけだった―などを列記。
 百条委からの提言として「証人尋問で証言に差異が生じたことは執行部の連携体制に不安を感じる。本件のような方針転換を伴う公務執行については強度のチェックが必要」「関係部署間、市長、副市長との情報共有を図る体制の確立など市長のガバナンス(統治)機能を強化し、安定した市政運営に取り組むこと」などをあげている。
 また市職員と岐建滋賀支店との間での金銭の授受、市長の裏合意への関与などの「疑惑」については「それを特定する事実はなかった」と結論づけた。
 この日の会議では委員から、前回の百条委で一部市職員が市の報告書を作成する中で、前副市長の山根裕子氏の関与があったと証言した点を報告書に盛り込むよう要請があったが、結局「委員会の反省点」の項目に入れることで確認。百条委を終了することも了承された。
 委員長の西川正義議員は「証人の証言内容にかい離があり、真相を見いだすことはできず、その調査も難しかった」と反省を述べていた。今後は百条委として正式な報告書を作成し、9月議会に提出する運び。
汚染土壌除去費を可決
 彦根市議会の8月臨時会が21日あり、市役所本庁舎の耐震工事現場にある汚染土壌の除去費(1億3933万円)を盛り込んだ一般会計補正予算案が賛成多数で可決された。主な経費は、汚染土壌の運搬や残土処分など土壌の処理費9767万円や現場管理費1493万円など。市は9月から10月にかけて業者の選定と近隣自治会への説明会を行い、11月から来年1月にかけて汚染土壌を除去する。

2018年8月24日金曜日

台風20号で天秤櫓と佐和口多門櫓の漆喰壁はがれる


 台風20号の影響で、彦根城内など市内でも被害が出ている。
 市内では23日夜から24日午前にかけて暴風が吹いた。この影響で彦根城では重要文化財の天秤櫓東側の漆喰壁が幅約1・6㍍×高さ約2㍍にかけて、佐和口多門櫓東側の漆喰壁が幅約1・2㍍×高さ約80㌢にかけてはがれ落ちた。また表面の山道斜面の高さ10㍍の樹木が倒れたため、表門の山道が一時通行止めになった。

2018年8月23日木曜日

近江野球を手本に

 今年の近江高野球部は北村、林の投打の二枚看板に、捕手の有馬、外野手の住谷ら2年生選手が攻守で活躍を見せ、準優勝した2001年の83回大会で捕手だった現野球部コーチの小森博之さん(34)が「01年と雰囲気が似ていた」と話す通り、勝ち進むごとに実力が確実に上がっていた(一部敬称略)。
 だが、「甲子園には魔物がすむ」と語られるように、準々決勝の金足農戦は前日の3回戦で優勝候補の横浜を破った同校の勢いに押された感があった。また今大会はまさに金足農旋風が吹き、9回裏の無死満塁時は近江高アルプス席を除く内外野の来場者が金足農の応援歌に手拍子で応えるという、球場全体が異様な雰囲気に包まれていた。
 そんなアウェー感漂う中、最後は林・有馬の2年生バッテリーが飲まれたかもしれないが、試合後に野球部員の保護者が語っていた通り、小生も一野球ファン、一市民として「楽しい夏をありがとう」と部員たちに感謝したい。
 さて、今大会はプロ注目の金足農の吉田輝星をはじめ、一人で投げ抜く投手が注目された一方、近江の4本柱のように複数の投手が交互で先発したり、継投策で勝ち抜いたりするチームも複数校あった。
 確かに絶対的エースに頼って勝ち上がる光景はドラマチックであり、孤軍奮闘する雑草魂の精神を好む日本人の美的センスにもマッチするが、小生としては負担軽減のため、今年の近江高スタイルの方を推したい。絶対的エースからプロに進み、大リーグで活躍している投手もいるが、肩や肘を壊してプロで苦しんだり、プロに進めなかったりする選手は少なくない。
 将来ある高校生のために、高校野球はもちろん、野球に関わる皆さんにはぜひ、複数の投手を育てながら勝ち抜いていくスタイルを形成するようご尽力いただきたい。
 そしてもう1点、滋賀大会での各校の戦いや甲子園での近江高の全試合を観戦した感想として、滋賀の野球のレベルは確実に上がっており、全国でも上位クラスにあるのは間違いない。近畿で滋賀が唯一、春夏通して優勝していないと揶揄する声も聞くが、近江高の今夏の戦いを見る限り、その打破はそう長くかからないであろう。【山田貴之】

2018年8月22日水曜日

近江高 準々決勝で惜敗もアルプス席から感謝の声「楽しい夏をありがとう」

 第100回全国高校野球選手権記念大会の準々決勝が18日、阪神甲子園球場で行われ、滋賀代表の近江は秋田代表の金足農と対戦したが、2対3でサヨナラ負けした。2001年以来の決勝進出は果たせなかったが、目標にしていたベスト8を達成したため、敗戦後、近江のアルプス席からは「よくやった」「ありがとう」などの声があがっていた。
 この日は多賀章仁監督の誕生日で、試合開始直後はアルプス席の吹奏楽部から「ハッピーバースデートゥーユー」が演奏。野球部員たちからは「監督の誕生日に勝利をプレゼントしたい」と意気込む声も聞かれた。
 試合は1対1で迎えた6回表に4番北村恵吾選手が大会トップの12打点目となるタイムリーを放って勝ち越し。投げては5回から登板した林優樹投手が好投したが、最終回に無死満塁のピンチから2点スクイズを決められて逆転サヨナラ負けを屈した。

 1回戦から準々決勝まで近江高のアルプス席は、野球部員や保護者、OB、生徒、吹奏楽部、ダンス部(チアリーダー)らで連日3000人を超える満員だった。特にチャンス時に流れた「勝負に勝つのはどこですか」「優勝するのはどこですか」などのかけ声が特徴の曲「Fire Ball」は球場全体に鳴り響き、話題にもなった。
 1回戦の智弁和歌山戦で2本塁打を放ち、大会の顔の一人にもなった北村選手の父・哲也さん(50)は「甲子園では最高の活躍を見せてくれた。長く試合をして楽しませてくれて、ありがとうと言いたい」と話していた。
 大会を通じて好投を見せた林投手の父・雅之さん(47)は「テンポ良く投げられていて、観戦していて気持ちが良かった」と語っていた。
 「4本の矢」と称された投手陣をリードし、新主将になった有馬諒捕手の父・雅規さん(51)は「よくがんばったと思う。本当に楽しい夏でした。(2年生のため)来年もあるので、また甲子園で勇姿を見せてほしい」と笑顔だった。
 3回戦で代打出場しライト前安打を打った金田大聖選手=甲良町=は一塁のランナーコーチも務めた。父親の正広さん(47)は「自分のできることを精一杯やってくれた。チームの期待にこたえることができて良かった」と満足げだった。
 吹奏楽部やOBら約80人を指揮した部長の吉岡凜君(17)=彦根市平田町=は北村選手と1年から3年まで同じクラス。「試合ごとに応援団のテンションも上がり、選手たちにも届けることができたと思う。北村選手はクラスのリーダー的存在。会ったら『がんばったな』『すごかったよ』と声をかけたい」と語っていた。
 ベンチ入りメンバーのうち、北村、林、有馬、中尾雄斗、家田陸翔、瀬川将季、高島恵人の各選手が入っている青和寮の管理人・大石敏郎さん(74)は妻のつる代さん(59)と全試合を観戦。「ようやってくれた。帰ってきたらまずは『お疲れ様』と声をかけてやりたい」と話していた。