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2023年2月26日日曜日

ウクライナから避難の家族にインタビュー

 ロシアの侵略を受けて、ウクライナからイリーナ・ヤボルスカさん(51)と母親のギャリーナ・イヴァノヴァさん(81)が昨年3月以降、彦根市内に住む娘のカテリーナ・ヤボルスカさん(32)とその夫の菊地崇さん(29)を頼りに避難している。イリーナさんら3人に現在の心境と市民に向けたコメントを依頼した。
 
イリーナ・ヤボルスカさん】
 彦根市民の皆さま、日々、私たちを応援いただきまして、本当にありがとうございます。皆様の温かいご声援や多大なるご支援が、今の私たちの生きる活力です。
 ロシアからの侵略から避難し、来日してから9カ月が経ちました。夫のいる母国では依然として戦争が続いております。発電所等のインフラを中心に、市民への攻撃は止みません。その現状を踏まえると心苦しい限りです。心が潰れるくらい辛く不安です。家族が明日、戦争で亡くなるかもしれない、母国や故郷が理不尽にも破壊されていく、帰る家がなくなってしまうかもしれない、そんな極限の苦しみを人生で感じることがあるだなんて思ってもおませんでした。しかし、それは現実に起きていることで、私たちには変えようがないことなのです。
 そんな状況だとしても、私たちは、希望を持ってどうにか前を向いて明るく生きたいと強く思っております。
 彦根以外の地域に避難したウクライナ人の多くは、日本の文化や言語に馴染めず、引きこもり、苦しい思いをしていると聞いております。母国を思えば、仕方のないことですし、その苦悩から抜け出すことは並大抵の努力では叶いません。
 それでも、私たちは幸運なことに彦根に来ることができ、ウクライナ料理のキッチンカーでの営業を通じ、本当に多くの方々にお会いすることができました。彦根の皆様の優しさに触れ、感謝の言葉やメッセージを日々いただく中で、人生最大の苦難の中でも、明るく前を向いて生活が出来ておます。本当に皆様のおかげです。
 この9カ月間、辛い気持ちを胸に抱えながらも、同時に皆様との出会いのおかげでとても幸せな気持ちも日々、味合わせていただいております。どんな苦難な状況でも、支えてくれる人たちがいて、真剣に取組める何かがあれば笑顔になれるのだと、実感いたしました。
改めて彦根の皆様に心よ感謝申し上げます。この私たちの感謝の思いを少しでも多くの皆様にお届けできたらとても嬉しいと思います。
 ぜひ、私たちのキッチンカーにいらしてください。愛を込めて作ったウクライナ料理をご用意してお待ちしておます!
 
【ギャリーナ・イヴァノヴァさん】
 まさか、人生の終盤になって戦争が起き、日本に避難することになるなんて夢にも思いませんでした。
 しかし、その驚きを凌ぐ驚きだったのが、日本の皆さま、彦根の皆さまの温かさや彦根の街の美しさです。遠い国の見ず知らずの私たちに、親身になって接してくれ、励ましてくれ、日々感動しております。四季折々の彦根城周辺や琵琶湖の景色にも心動かされております。私はキッチンカーには乗りませんが、娘や孫夫婦が私の分まで感謝の気持ちをお伝えいたしますので何卒宜しくお願いします。
 
 【カテリーナ・ヤボルスカさん】
 母国が侵略を受け始めてから、本当に辛く不安な日々でした。それでも滋賀県や彦根市の皆様が本当に温かく、ご声援及びご支援くださり、母や祖母を日本に避難させることができました。
 さらには、彦根の事業者の方々や市民の皆様のサポートのおかげで、ウクライナ料理のキッチンカーまで開業し、滋賀県内や首都圏や関西圏に避難したウクライナ人達の雇用を創出することができました。このようなウクライナ避難民による起業という取組みは、日本初でした。それは私たちの力というよりも、彦根の皆さまのご支援の力が日本のどこよりも、凄まじく、前を向きやすい環境であったからだと確信しております。
 この街に来られて本当に幸せです。今後、戦争が落ち着き、父が日本に来られるようになったら、彦根で本格ウクライナ料理のレストランを開きたいと思っております(父はウクライナでプロの料理人でした)。
 それまでの間はキッチンカーで皆様にウクライナ家庭料理をお届けし続けます!引き続きよろしくお願いいたします。

2023年2月12日日曜日

彦根商工会議所の新会頭・滋賀中央信用金庫理事長の沼尾護氏インタビュー

 彦根商工会議所の新しい会頭に昨年11月、滋賀中央信用金庫理事長の沼尾護氏(70)=高宮町=が就任した。本紙のインタビューに沼尾新会頭は、彦根市や彦根観光協会との連携強化、彦根商議所職員の意識改革などに注力する考えを示した。    (聞き手・山田貴之)
 
「小出路線」の引き継ぎは?
近江ツーリズムを「儲ける団体に」
 
 ―前任の小出英樹さんはそれまでの会頭像にはなかった変革的な展開を行い、教育や観光など商工関係以外の分野にも独自路線を貫かれたが
 沼尾 観光に関しては彦根にとって一つの産業であり、私も継続して進めたい。滋賀県と彦根市が目指している彦根城の世界遺産登録も観光にとっては大きな味方になる。
 ―「小出路線」をどのように引き継ぐか
 沼尾 観光業では小出前会頭が設立した一般社団法人近江ツーリズムボード(略称・OTB)があり、私もそれを引き継ぐが、彦根観光協会ともっと一体となって、彦根が儲(もう)かるような土壌を作りたい。ОTBが活躍する分野はインバウンド(外国人観光客)を呼び込むことであり、そのために具体的な案を練って進めていかなければならない。また彦根だけよりも5市4町(彦根・長浜・米原・近江八幡・東近江・犬上郡・愛荘町)といった広域で連携してインバウンドを呼び込む方法を考えたい。ОTBが寄付だけでなく、自らでお金を作り出せる団体にならないと、サスティナブル(持続可能)な団体にはならない。
 
インバウンド強化に向け
「敦賀や5市4町と広域で」
 
 ―各市町にも観光協会があるため、事業内容が重なることも考えられるが
 沼尾 上手に連携していけばやれるはず。5市4町で組織している「世界遺産でつながるまちづくりコンソーシアム」が歴史を学ぶ「ヒストリア講座」を開講しているが、今後は各市町の観光協会や行政ともっと連携しないとダメでしょうね。
 ―連携の具体的な内容は
 沼尾 5市4町と真剣に考えていく。万が一、彦根城の世界遺産登録が実現できない場合でも各市町の観光協会やОTBは存続するため、どうしたら良いのかについて意見を交わしていきたい。
 ―その観点からすると、観光で先進的な長浜との連携を深める必要があるが
 沼尾 もっと言えば、福井県敦賀市にまで広げても良い。敦賀港にはコロナ前、大型の客船が入港し、富裕層の外国人が入国していた。それも復活すると思うため、インバウンドの考えからすれば大きなメリットになる。
 
「親身に」相談できる体制を
商議所職員の意識改革「訴える」
 
 ―彦根商議所の会員をはじめ、中小零細企業に対する取り組みは
 沼尾 会頭になって一番、思っていることは会員もしくは労働者のために何ができるのか。短期的にはお客様(会員もしくは労働者)がDXを導入したい、補助金を受けたいなどの時に親身になって相談できる体制を最優先に整えたい。ウクライナでの戦争を受けて、日本国内ではエネルギー価格や物価が高騰し、円安になっている。この三重苦で苦しんでいる企業からの相談に応じたい。会員や労働者を第一に思うことが最優先。
 ―今の相談体制との違いは
 沼尾 彦根商議所の相談員の考え方、あり方について、職員の前で説いていきたい。「クレド」という言葉があるが、これは企業で言えば信条の意味。商工会議所のクレドとは何かを考えた場合、それは会員と労働者を大事にするということであり、喜んでもらうということ。それらが商工会議所の職員にとってのクレドだということを教えたい。彦根商議所の職員には通り一辺倒ではなく、懇切丁寧に相談に応じることに、もっと専念してほしい。会員や労働者は職員にとってのお客さまであるということを切実に訴えていきたい。
 
座右の銘は「不易流行」
女性の創業支援セミナー実施へ
 
 ―不易流行が座右の銘とのことですが
 沼尾 不易は変えてはならないことであり、会社で言えば理念を指す。しかしこの理念を貫くためには新しい風、流行も必要になる。不易だけだと精神論的になるし、流行を追い過ぎてもいけない。バランスが重要だと言える。
 ―不易の部分は彦根商議所で言えばどの部分か
 沼尾 彦根に住んでいる方の幸せを追求したい。市民が幸せになるには働く場所が必要になる。彦根商議所としてどのように働く場所を維持するか、これが流行にも繋がっていく。お金を稼いで、街が潤い、インフラが整って、住みやすくなれば幸せにもつながる。不易を達成するために、どのような流行をする必要があるのかをこれから考えたい。
 ―流行の部分での構想は
 沼尾 まずは企業の数を減らさないこと。創業者を支援するために創業支援セミナーをもっと充実させたい。女性だけに絞ってのセミナーも一案にある。創業して、会社が成長していく過程で彦根商議所として何ができるのか、副業支援や人材のあっせんについても積極的に進めたい。
 ―学生に対しては
 沼尾 創業支援の一環として、滋賀中央信用金庫が学生を対象に地域課題の解決案を募る「アイデアコンテスト」を開催してきたが、今後は彦根市を巻き込めば、もう少し大規模にできるはずだ。
 
企業誘致「市と進める」
DXやeスポーツも「支援」
 
 ―彦根商議所は彦根城の世界遺産登録に向けた取り組みも熱心だが、それでも市民の機運醸成はまだまだ。
 沼尾 その辺りは継続して、機運醸成を図りたい。
 ―和田裕行市長と安藤博副市長は沼尾会頭と同じ高宮居住。行政との絡みは
 沼尾 学生のアイデアコンテスト、DX、企業誘致、都市計画の面でもう少し彦根商議所としても連携できればと考えている。eスポーツについても支援したい。いずれにしても彦根観光協会、彦根商議所、彦根市が一体となって、街の活性化に進んでいくことが大事。
 ―会頭としてやりたいことは
 沼尾 彦根商議所内には7つほど部会があるが、部会の声をもっと取り上げたい。住みよいまちづくりをキーワードに、人口がそこそこいて、教育やインフラも整って、子育てがしやすい街になるよう貢献したい。特に人口を増やすことは彦根商議所の仕事でもある。

彦根出身の絵本作家兼グラフィックデザイナーの月曜のマミンカさんデビュー作絵本カモンダメダメモンスター発刊

 彦根出身の絵本作家兼グラフィックデザイナーの月曜のマミンカさんが昨年、デビュー作となる絵本「カモンダメダメモンスター」を発刊。作品に込めた思いや市民へのメッセージなどを聞いた。
 本名は綱嶋(つなしま)真理子さんで、神奈川県川崎市在住。愛知県知多市から15歳の時に親の転勤で彦根市へ移住。市内の県立高校を卒業し、ファッションの専門学校の大阪モード学園へ入学。卒業後はアパレル会社でデザイナーとなり、グラフィックデザイナーに転身した後は音楽物販やスポーツ、キャラクターグッズ、アウトドアブランドなどのデザインを担った。
 コロナ禍になってテレワークが続くと、小学1年の息子と3歳の娘と向き合う時間が増加。2人のスピード感のある成長を見るうちに「子どもってすごいな、自分も何かできることはないかな」と思うようになり、以前から考えていた絵本制作に取りかかった。そして数カ月にわたる編集の上で昨年10月に初めて絵本を出版した。
 作家名にある「マミンカ」は絵本で有名な国のチェコの言葉で「母」を意味する。またマミンカの前に「月曜」を付けた理由については「少し憂鬱な気持ちのある月曜も頑張っていこう」とのポジティブな気持ちを込めたという。
 
「地元を盛り上げたい」
市内外の園100カ所へ寄贈
 
 デビュー作の「カモンダメダメモンスター」は、いつも「ダメー」とお母さんに叱られているやんちゃなまんたろくんが主人公。叱られても言い訳をしているまんたろくんに3匹のモンスターが現れるというストーリー。
 絵本に込めた思いについて、綱嶋さんは「子どもと一緒の時間が増えれば必然的に叱る回数も増えてしまう。そうすると『またダメと叱ってしまったな』と、親も少し自己嫌悪になることがあるかと思います。でも、この絵本のように今を全力で楽しむ子どもと楽しんでダメと言いながら遊んでもらえたら嬉しいです」と話す。
 絵本の完成後、友だちの協力もあって、彦根市内を中心に東京、神奈川、埼玉、島根など計約100カ所の保育園や幼稚園に寄贈した。また韓国での出版も決定した。
最後に綱嶋さんは「絵本を出版することで人と人とのつながりにとても感動し、勉強させられることがたくさんありました。地元を盛り上げられるような作家でいられるよう引き続き創作活動をしていきたい」と語っていた。
 絵本はA5判変形32ページ、オールカラー。1冊1540円。市内外の書店やアマゾンなどで販売している。出版はみらいパブリッシング(東京都)。

2023年2月7日火曜日

造形作家の安居智博さんが紙で創作するカミロボ国内外で人気

 彦根市日夏町出身で造形作家の安居智博さん(51)=京都市=が紙で創作する「カミロボ」が国内外で人気を集めている。
 安居さんは物心がついた頃から、絵を描くことや工作が好きで、ロボットアニメや特撮ヒーロー、覆面レスラーなどに「大きな憧れを感じていた」。城陽小5年の時には読売国際マンガ大賞ジュニア部門に入選。「基本的にはその頃から何も変わってないかもしれません」と笑顔を見せる。米原高校卒業後、京都でデザインの勉強をした後に造形会社に入社し、戦隊や仮面ライダーシリーズのテレビ撮影用の着ぐるみスーツの造型製作に参加した。
 
「世界の日本人100
美術教科書で紹介
 
 1998年に独立し、フィギュア造型師として活動しながら、紙でさまざまなキャラクターを作るカミロボの作品発表を開始した。2006年にはイギリス・ロンドンでの展覧会が評価され、News Week誌の「世界が尊敬する日本人100」に選出。08年には高校の美術教科書にカミロボ作品が掲載され、ニューヨーク近代美術館MоMA storeでカミロボなどが販売された。昨年には著書「100均グッズ改造ヒーロー大集合」(平凡社)を刊行した。
 
彦根の思い出「創作の根底」
日用品や百均商品使った作品も
 
 カミロボは現在までに600体以上を制作しており、さまざまな日用品を組み合わせて作る「日用品ヒーロー」もあり、そのうち60体が書籍化された。造形作家としてのほか、クリエイターとしても活躍。フィギュアや着ぐるみの造形、プロレスマスク、映像、陶芸、映画や舞台の衣装・模型なども手がけている。現在は自身の創作と企業から依頼される案件を並行させて活動している。
 昨年7月から?は夢京橋キャッスルロードの夢京橋あかり館2階のまちなか博物館で、カミロボのほか、三角コーン24個で作った「パイロンマン」や100均グッズを使った「改造ヒーロー」計48体を展示。好評を得ており、?月?日まで展示されている。今年は4月に京都で個展を開催する予定。
 彦根に対しては「琵琶湖や荒神山で遊んだ思い出や脳内に浮かぶ昭和の彦根の銀座のキラキラしたイメージがある。そういった子どもの頃に感じた強い印象をベースにして作品制作をしています。『郷愁』は自分の創作活動の根底にある重要な要素だと思っています」と説明する。
 最後に安居さんは「コロナ禍での重い空気を経験してからは、やっぱり楽しい物を作るのが一番いいなと改めて思うようになりました。そこはブレずに引き続きバカバカしいものを真面目に作っていこうと思います」と笑顔で語った。

ラピュタボウル彦根に在籍プロボウラーの伊吹太陽さんにインタビュー

 彦根で唯一のプロボウラーがビバシティ彦根内のラピュタボウル彦根(竹ヶ鼻町)に在籍している。プロボウラーの伊吹太陽さん(29)=小泉町=にプロになるまでの経緯や今後の目標を聞いた。
 
テレビドラマで興味持つ
18歳の時けが「一生しよう」
 
 伊吹さんは市立城南小4年の時、ボウリングをテーマにしたテレビドラマ「ゴールデンボール」を見たのをきっかけに興味を持ち、ラピュタボウル彦根で家族と一緒にプレーしたのが最初。その後も市内外のボウリング場に通いながら、その腕前を上げていった。
 しかし18歳の時に手首をけがし、ボールを投げられない状態になった。伊吹さんはその時について「1年以上、ボウリングができずにとてもつらい時期だった。でもその期間を経て、改めてボウリングが好きだと思い、一生しようと思った」と振り返った。
 
「メンタルのスポーツ」
ラピュタボウル彦根に所属
 
 21歳の時にラピュタボウル彦根を経営する株式会社ユーイングに入社。5年前にアマチュアのナショナルチームに所属し、昨年春の28歳の時にプロテストに合格した。
 ボウリングの魅力について、伊吹さんは「ピンが倒れる時の音に爽快さを感じる」といい、またレーンに塗るオイルの長さや量、種類でボールの曲がり具合が変化する点をあげ「ピンを倒すまでのプロセスが面白い」と説明。さらに「ボウリングは自分との戦いであり、メンタルスポーツとも言える」と解説した。
 今後の目標については「まだプロで1勝目ができていないため、まずはレギュラーシーズンで優勝したい」と抱負を語った。
 
健康ボウリング教室
90代も参加「ストレス発散」
 
 ラピュタボウル彦根では初心者向けに「健康ボウリング教室」を2月から3月まで全6回開く。
 5年ほど前から行っており、教室の参加者は「健康ボウリングリーグ」に進むことができる。現在は市内外の40代から90代までの約300人がリーグに登録されている。
 2月以降の教室の開催日時は毎週月曜から木曜までの午前10時~と午後1時~。料金は全6回2000円。伊吹さんは「ストレスが発散でき、さまざまな年代の人とコミュニケーションをとりながら楽しめる点が人気になっている」と話している。問い合わせはラピュタボウル彦根☎(27)5590。

2022年8月8日月曜日

近江・横田悟選手インタビュー「目標は3割5分と日本一」

 彦根市・犬上郡で唯一ベンチ入りしている平田町の横田悟選手(2年)は昨夏の甲子園と今春のセンバツに続いて、今夏の大会も遊撃手で先発出場する予定。開幕前に、チームや個人の成長ぶり、甲子園での目標などを聞いた(以下敬称略、聞き手・山田貴之)。
 
 横田は、夏の滋賀大会では5番遊撃手で先発し、13打数3安打5四死球の成績だった。この個人成績とチームの優勝に対しては「チームとしては優勝することができて、目標に掲げていた日本一への挑戦権を得られたのでよかった。個人としては思うように結果が出せなかったので甲子園の大会に向けて調整してチームに貢献したい」と述べた。
 
「逆方向へ打つ意識」で
成長理由 後輩でき「自覚」も
 昨夏の甲子園では8番打者だったが、クリーンアップの5番を務めるまで成長。その理由について横田は「昨年
よりも逆方向へ打つ意識が出てきて、自分自身の攻撃の幅が増えたので前よりも自信を持って打席に立てるようになった。また後輩ができたこともあり、自覚が少しずつ出てきて、考えや発言など変わったと思う」と説明した。
 遊撃手として主戦の山田の後ろを守り、チームの中心的存在になっていることには「山田さんが投げている時は声かけなど積極的にしてもらえるのでとても守りやすくて、チームが良いテンポで試合展開を進められている。チーム全体では以前よりもバッテリーから内野手、内野手から外野手と繋がりが生まれて、チーム全体が締まっていて、必要な声かけが全員に回るようになっている」と分析した。
 甲子園で対戦したいチーム・選手については大阪桐蔭のエース・前田悠伍をあげ、個人とチームの目標としては「ノーエラーと打率3割5分を残したい。チームの目標は日本一です」と力強く語った。
 最後に市民に向けて横田は「滋賀県勢初の日本一になり、優勝旗を持って帰れるように選手全員が一丸となって戦うので、応援よろしくお願いします」と締めくくった。

2022年1月10日月曜日

LGBTQの彦根市パートナーシップ宣誓制度を活用したカップルにインタビュー

 性的少数者(LGBTQ)のパートナーを行政が認定する「彦根市パートナーシップ宣誓制度」を活用した最初のカップルのmasyu(マシュ)さん(41)とmaa(マー)さん(42)にインタビュー。これまでの悩みや同制度の活用後の変化などを聞いた。
 
 マシュさんは大阪市出身の会社員。これまで男性、女性共に付き合った経験があるが、女性との恋愛の方が「しっくりくる」というレズビアンに近いバイセクシャル。男性と付き合っていた際、女性として「子どもを産むことが女の幸せ」という締め付けに悩む時期があった一方、最終的には「男性とは一生を添い遂げることはできない」との結論に至った。
 マーさんは徳島県鳴門市出身のパティシエ。自身が女性であることに疑問がある一方、身体的に男性になることにも違和感があるという性自認。小学校の低学年のころ、いとこにマニキュアを塗られたことに「女の子みたいで嫌だ」と泣いていた記憶があるという。中学高校時代の制服のスカートに対しては「かっとうがあった」といい、当時の友人との恋愛話にも「男に興味があるふりがしんどかった」と振り返った。
 
「家族になる感じ」
昨年10月「宣誓」
 2人は6年ほど前にインターネット上のコミュニティサイトで出会い、約3年前から彦根市内のアパートで一緒に過ごし始めた。昨年7月に「彦根市パートナーシップ宣誓制度」を知り、手続きを進めて導入開始の1025日に第1号となる宣誓を行った。ひこにゃんが見守る中、宣誓書を和田裕行市長に提出し、市長から「彦根市パートナーシップ宣誓書受領証」を受け取った。この受領証を額に入れて玄関に置いているという。
 同制度に申請した理由について、マーさんは「自分にもし何かあった時、誰とも連絡がとれなかったらと思うと不安しかなかった。結婚したら家族になるように、私たちもなりたかった」と説明。マシュさんは「隠れて暮らすよりも、誰かに認めてもらいたかった。会社の人たちからも祝ってもらえて、うれしかった」と笑顔で語った。
 
「十人十色 過剰に反応しないで」
「県で導入して」「彦根住みやすい」
 性の多様性への理解が進みつつある一方で、差別や偏見は根強くあるという。マーさんは「共感までは求めないけれど、私たちのような人たちがいるということをわかってくれたら」と解説。マシュさんは「人は十人十色で、それぞれの生き方で暮らしている。(LGBTQに対して)過剰に反応しない世の中になって、認め合える社会になってほしい」と訴えた。依頼があれば、小中学校などでも話していくという。
 同制度の導入は県内で彦根市のみ。これに対してマシュさんは「県内にも性的少数者はたくさんいる。県全体でこの制度が広がれば、申請するカップルは出てくるはず」と述べた。
 同制度の申請後、2人はより仲が良くなったといい、結婚指輪も購入した。「お互い健康に気をつかうようになり、2人でのウォーキングが日課になった。人との出会いも楽しく、考え方が変わった」と互いを見つめ合った。最後に彦根の印象について、2人は「歴史の好きな友だちにも案内しやすい。私たちが住んでいる周辺や湖岸もきれいで、本当に住みやすい」と笑顔を見せた。
 
【LGBTQ】レズビアン、ゲイ、バイセクシャル(両性愛者)、トランスジェンダー(出生時の性別とは異なる人)、クイアやクエスチョニング(どちらの性か決めかねている)の英語の頭文字をとった言葉。

2021年11月21日日曜日

大橋悠依選手へ単独インタビュー、帰郷時の行きつけ・ひこにゃんへ・将来の目標

 大橋選手の滋賀県県民栄誉賞と彦根市市民最高栄誉賞の受賞に合わせ、滋賀彦根新聞はインタビューを実施。彦根でも思い出の場所、帰郷時の行きつけの店、彦根・滋賀への思い、今後の抱負などを聞いた(聞き手・山田貴之、写真は「ナガセ」提供)。
 
 ―金メダルを獲得したことに改めて現在の思いは?
 ◇あまり実感がないのは変わりません。ただなぜ自分が金メダルを獲れたのかということや金メダルを獲ってなにを得たのかなどをしばしば考えることはあります。その中ででてきた答えをこれからも大切にしていきたいと思っています。
 ―彦根市市民最高栄誉賞を受賞された率直な気持ちは?
 ◇新しく設けられた彦根市市民最高栄誉賞という素晴らしい賞を受賞することができ、それも1人目ということでとても光栄に思います。生まれてから高校卒業までずっと彦根市で過ごし、育ってきた者としてこれ以上嬉しいことはありません。さまざまな面での応援、サポートに心から感謝致します。本当にありがとうございます。
 
彦根ゆかた祭り毎年参加
ビバシティや三口屋で買い物
 
 ―子どもの頃の彦根の行きつけの店や場所は?
 ◇買い物や映画、友達と遊びに行くのはもっぱらビバシティ彦根でした。好きなお店はその近くの三口屋さんという駄菓子屋さんです。小学校の遠足の時のおやつは必ずここで買っていましたし、いまも帰省した際に行くこともあります。おかしの種類がとても豊富で、大人になった今でもワクワクします。
 ―彦根および滋賀(高校時代)で過ごされていた時の印象に残っている思い出の出来事や場所は?
 ◇今はもうなくなってしまいましたが、彦根総合運動場のプールは私の原点です。滋賀県は長水路のプールが屋外しかなく、屋内の長水路のプールをもつ県と比べると環境の面で決して恵まれていると言えないものだったかもしれませんが、私にとってはこの環境が自分の強さに繋がったと思っています。背泳ぎの浮き上がりの瞬間に、水中から見える空が大好きでした。もちろん建設中の新しいプールの完成も楽しみしています。
彦根ゆかた祭りが大好きなので、とても思い出に残っています。小学生から中学生の頃はゆかたを着て毎年参加していましたし、抽選にも参加して当たったこともあります。
高校時代は草津駅から学校までの道が思い出深いです。授業が終わって友達と話をしたりしていたら電車の時刻まで余裕がなくなってしまい、1550分の新快速を逃すと次の新快速が30分後なので必死に自転車をこいで駅まで行っていた記憶があります(笑)。もちろん間に合わない時もありました。
 ―大学時代以降、帰郷時に行っている場所や店は?
 ◇帰郷した際は家族で何度か「近江苑」という焼肉屋さんに足を運んでいます。お土産を買うために東京に戻る前に寄るのは、たねやさんとクラブハリエさんです。ラ・コリーナにも行ったことがあります。私自身もたねやさんのふくみ天秤が大好物で自分用にも買って帰ったり、母に送ってもらったりしています。
 
彦根のスポーツ振興に関心
ひこにゃんタオルお気に入り
 
 ―靴下以外に気に入っているひこにゃんグッズとひこにゃんに向けて
 ◇3種類のひこにゃんが書かれたタオルです。遠征に持っていき寝るときに枕の上に敷いて使うことが多いです。あとひこにゃんのルービックキューブも気に入っています。いつもひこにゃんを見て癒されています。2017年の世界選手権の後、ひこにゃんにお祝いしていただき、オリンピックが終わったらまた会えるかなとワクワクしてきたので会えて嬉しかったです。また彦根城にも会いに行きます!
 ―大橋選手にとって彦根および滋賀とは?
 ◇落ち着く場所であり、自分の中でとても大きい存在です。いつでも温かく迎えてくれる場所があることはとても有難いです。まだまだ行ったことのない場所がたくさんあるので行ってみたいです。
 ―彦根市民または滋賀県民の皆さん、および子どもたちに向けて
 ◇オリンピックをはじめ、いつも応援していただき本当にありがとうございます。オリンピック前にも応援の声をたくさんいただき、「離れていてもこんなに熱い応援をしてくださる方々がいるんだ!」と、本当に力になりました。またいい結果を報告できるように頑張りますので、今後とも応援よろしくお願い致します。そして今、全力で頑張っている子たちは、勉強・スポーツだけじゃなく興味があることにはどんどんチャレンジしてほしいと思います。うまくいかない時もあるかもしれないけど、いろんなことを自分で考えたり、たくさんの人と話をして得ることができる異なる視点を大切にしながら、自分自身で自分の道を選んでほしいと思います。そして頑張ることと同じくらい休むことも大事にしてください。いつかこの賞を受賞する子が現れることを楽しみに待っています。
 ―最後に好きな言葉や座右の銘は?
 ◇「意志あるところに道は開ける」です。
 

2021年5月11日火曜日

和田裕行新市長インタビュー、 新図書館の整備計画 見直しへ、 ごみ施設と体育センターは「精査」

 滋賀彦根新聞は新しい彦根市長として10日に初登庁した和田裕行氏(50)に単独インタビューを行った。新型コロナのワクチン接種のほか、彦根市スポーツ・文化交流センター、市立図書館中央館、広域ごみ処理施設の大型事業の扱いを中心に、現市政の課題全般についての考えを聞いた。(聞き手=山田貴之)
 
燦ぱれすの解体是非 焦点
弓道場も「eスポーツを導入」
南彦根駅前に建設中の市スポーツ・文化交流センターは約3万5314平方㍍の敷地に、3階建ての延べ約9732平方㍍のスポーツ棟、2階建て延べ約2544平方㍍のまちなか交流棟、共有部分約809平方㍍、403台分の駐車場などが整備。来年6月22日に完成し、12月に供用開始する予定。現段階では、スポーツ棟で1階のスラブ(床板)工事、まちなか交流棟で基礎工事が始まっている。計画ではひこね燦ぱれすを来年4月以降に解体し、その跡地を駐車場にする予定。
市スポーツ・文化交流センターに対し、和田氏は「すでに着工しているが、eスポーツの導入など、市民負担を最小限にし、しかも収益が図れるベストな方法を考える」と説明。ひこね燦ぱれすや整備内容については「まずは駐車場のキャパシティーを考えるが、燦ぱれすはまだまだ使える施設だ。(遠的の)弓道場が必要かなどビジネスマンの視点で精査する」と述べた。
現市政が清崎町を候補地に2025年の開設を目指していた市立図書館の中央館については「このコロナ禍でニーズがあるのか。整備計画をゼロベース(白紙)にし、電子図書館の方向で考える。ハコモノを作るという時代ではない」と、図書館の整備計画を見直す考えを示した。
 
彦根城運営「市直営」へ
荒神山トンネル案「不要」
広域ごみ処理施設については「お金がかかり過ぎており、もう一度精査する必要がある」と述べ、またアクセス道路の一環として整備予定の荒神山トンネル案に対しては「不要と考えている」と、同案の実施を否定した。
彦根城の世界遺産登録については「メリットばかりでデメリットが出ていないため、そこを調べる。市民にメリットがあると判断すれば進めるが、登録までにできることは多くある」と解説。琵琶湖、男鬼、佐和山、高宮・鳥居本、曽根沼、荒神山をあげ「これらの観光資源を活用し、魅力をアピールすれば、滞在型観光につながっていく」と語った。また彦根城を民間委託している運営方式については「しかるべき時期に市直営に戻す」との意向を示した。
新型コロナウイルスのワクチン接種については「国の補助金に加え、市としてできる支援を模索する」とし「市立病院と市医師会との緊密な情報交換を進める」との考えを示した。
 
人口30万人都市へ
「まず1期全力で」
情報公開としては、定期的なユーチューブでの動画配信や、市民とオンラインで意見交換ができるサイトの開設を明言。行政改革としては「ICTで行革を進めている自治体を参考に、縦割り行政を無くすシステムを立ち上げたい」「職員については年齢や勤務時間に関係なく、結果で評価する」と語った。
 副市長人事については「事務方のトップという認識で、現役の市職員やOBを含めて選任したい。特別顧問や庁内の新チームも適材適所の人選をしたい」と説明。選挙中に支持した市議が令和会の2人のみだった市議会との関係については「市民にとってプラスだったら、(最大会派の)公政会の意見も取り入れる。議会との関係よりも、やはり市民にとってプラスかマイナスかが最終判断になる」と話した。
 最後に和田氏は「私が目指す彦根の将来ビジョンは人口30万人の中核都市で、県庁の移転まで視野に入れている。その足掛かりとして、まずは1期4年を全力で務めたい」とし「新しいまち彦根に向けて、市民の皆さん、一緒に作っていきましょう」と呼びかけた。

2021年1月24日日曜日

神奈川から彦根市肥田町の鹿島家住宅へ移住し木製スピーカー店経営 青柳夫妻インタビュー

 彦根市肥田町の市指定文化財の古民家「鹿島家住宅」に移住し、木製スピーカーの工房とショールームを兼ねた店「HORA
AUDIO(ホラオーディオ)」を営む代表の青柳亮さん(46)と麻美さん(46)夫妻に、商品の特徴や移住のきっかけ、稲枝地域の印象などを聞いた。
 
滋賀産の木材使用し開発
 青柳さんは大学卒業後、団体職員を経て日本とロンドンで木工技術と家具デザインを学び、家具職人や木工技術を生かした業務に携わりながら、音楽イベントの企画運営も行っていた。自身の好きな音楽と木工技術を組み合わせる形で木製オーディオを作り、当時の拠点だった神奈川県藤沢市で2015年3月に創業し、6月に最初の商品のスピーカー「MONO(モノ)」を発売した。
 MONOは、機器ユニットの後方から発生する低音をホーンによって増幅させる「バックロードホーン」と呼ばれる方式を採用。現代では珍しい型のスピーカーだが、生活環境に合うように小型化して開発した。高さ34・6㌢×幅15・1㌢×奥行き29・7㌢。
 昨年4月には滋賀産のクリやコナラの木材をボディに、滋賀の麻布をサランネット(網状の部分)に使用した商品「NORM(ノルム)」も発売した。高さ29・6㌢×幅14
・6㌢×奥行き
17・3㌢。
 
町屋情報バンクで
昔の職人の技感じ」
 鹿島家住宅に引っ越してきたのは2015年の10月。自宅と工房を兼ねることができる物件をインターネットで探していたところ、「小江戸ひこね町屋情報バンク」から鹿島家住宅を見つけた。そして15年7月にあった見学会に参加。古民家を探していたわけではなかったが、「約150年前の人がどういうことを考えて建てたのか興味を持った。周辺の風景も美しかった」と移住を決めた経緯を説明した。
 移住後の生活について、麻美さんは「野菜や水がおいしく、地域の皆さんもとても優しくて感謝している」と笑顔を見せた。最近は日本料理や着物など和の文化に興味を持ち始めたといい「衣食住ともに日本を感じる生活になっている」と語った。
 青柳さんは木工、鉄工、塗装などすべての工程を鹿島家住宅の土間だった場所に設けた工房で行っている。「工房を支えている柱や梁(はり)を見ると、建設から約150年が経っているのにいまだにしっかりしている。昔の職人の技の高さを知ることもでき、ものづくりの『先生』のように思いながら、私も作っている」と話していた。
 製品に関する質問や資料提供など問い合わせはHORA AUDIOのホームページか☎(43)3090。
 
※【鹿島家住宅】旧肥田城下の農家に江戸時代後期、幅17・8㍍・奥行き25・9㍍の敷地に建設。座敷や土間、台所などがある母屋や外便所のほか、水路に接して食品などの水洗いに利用したかわと、土蔵などのほか、愛知川以北にあった特有の桶風呂が残っている。
 母屋は道路に妻面を見せる入母屋造りで、当初は草葺きだったが、現在はトタン板で覆われている。桶風呂はかわとからくんできた水を入れて、柴を燃やして沸かした後、入る仕組み。桶風呂の下には昭和41(1966年)9月に改修したことを記した墨書がある。平成22年(2010年)に市指定文化財になった。

2020年9月8日火曜日

日本防災士会滋賀県支部支部長の安井務さんに聞く

 自治会など地域組織でどのような防災活動ができるのか、日本防災士会滋賀県支部支部長の安井務さん(75)=彦根市高宮町=に聞いた。(聞き手・山田貴之)

高齢者へ声かけできる雰囲気を
災害時 避難所で死者多い点を指摘
 安井さんは同支部長を2017年5月から務めている。特に尽力している防災活動については「災害時に高齢者をどのように支えていくかが重要。災害時要援護者支援制度に基づき、いざという時に地域の高齢者と連絡がとれるよう、情報を把握する必要がある」と説明。
避難所での対応について、安井さんは死者が災害発生直後のほかに、避難所でも多いことを指摘。「年寄りはなおざりになるため、声かけができる雰囲気作りをまずしないと」とアドバイスした。
防災で重要な点としては「自分の命は自分で守る」自助と、「自分の地域を自分たちで守る」共助をあげた上で「地域全体で防災に強いまちづくりを目指すため、防災士会としても自助と共助の二本柱を主として指導していきたい」と述べた。

「県立施設も開放を」
コロナ禍の災害対応
 今、災害が発生した場合、新型コロナウイルスの感染拡大防止を合わせた対策が必要になる。安井さんは「例えば避難場所の場合、間隔をあける必要があるため平時よりも避難エリアが広くいる。こういう時は市立も県立も関係なく、学校などの施設を開放してはどうか」と提案した。
 安井さんは地元高宮の日の出東町自治会や日の出東町自主防災会の会長も務めており、地元独自で防災資器材を購入し、今年7月31日に格納庫を近くの公園に設置した。「災害は待ってくれないため、対策を各地域でいかに立てるか。自治会などが中心になって対処しないと」と語った。


2020年1月19日日曜日

中国の画家・蔚国銀さん「彦根の街並み好き」

 数年前から彦根の街並みを描いている中国の画家・蔚国銀(イ・コクギン)さん(57)に彦根の魅力などを聞いた。通訳は梅井茉実香さん(26)=西沼波町=が担当した。

彦根城や芹川沿いなど描く
 蔚さんは2016年夏、滋賀大学に留学していた元教え子に会いに初めて彦根を訪れた。以降も彦根を訪問するたびに市内の町並みを描き、昨年11月末には彦根市民会館で作品展を開催。彦根城の風景や旧城下町の街並み、芹川の堤防沿いなど市内を描いた作品と、中国から持参した作品を展示し、市内外の多くの来館者が観覧した。
 彦根の印象について蔚さんは、「創作活動をしていると市民や観光客の皆さんが声をかけてくれることがうれしい」と笑顔を見せながら「街と自然が両方ある風景と街並みが好き。人間味もある。自然や人間味のある街並みは中国のチベットのようだ」と述べた。

今年も来日予定「声かけて」
 彦根では彦根城や玄宮園のほか、琵琶湖や芹川、夢京橋キャッスルロード、滋賀大周辺などで創作活動をした。蔚さんは「彦根はお城を中心に文化があり、画家をはじめとした芸術家にとって文化のある場所は心地がいい」と説明。今年以降も彦根を訪問する意向を示したうえで「米原や長浜の風景も描いていきたい」と意気込みを語った。
 髪型が特徴的だが、蔚さんは「アインシュタインやヴェートーベンみたいでしょ」と笑みを浮かべながら「存在感を示すためだ」と解説。日本語はほとんど話せないが、「漢字で交流できるし、街中で私を見かけた時は是非とも気軽に声をかけてほしい。創作中でも構いません」と話していた。
 彦根市日中友好協会事務局長の北村忠雄さん(62)=長曽根町=は「蔚さんは中国では実力派の高名な画家。本当に彦根が好きな方で2020年以降も来てくれると思います」と語っていた。
 【蔚国銀】中国で著名な美術大学の西安美術学院油絵科などで油絵を学んだ後、中国人民解放軍芸術学院や中央美術学院で洋画の技法を研究。中国各地の風景や民族衣装を着たチベット人などを描き、中国美術館や首都博物館など中国国内64カ所で作品を展示してきた。中華人民共和国成立60周年全軍美術展優秀賞、建軍八十周年全国美術展第三等賞などを受賞している。中国美術家協会会員、同創作センター委員を務める。

2020年1月11日土曜日

現代の名工 松林良蔵さんインタビュー・鋳物製造業マツバヤシ会長

 卓越した技能者として厚生労働大臣が表彰する現代の名工に昨年、彦根市八坂町の鋳物製造業「マツバヤシ」会長の松林良蔵さん(68)=中薮2=が鋳込(いこみ)工の分野で選ばれた。松林さんにこれまでの取り組みや今後について聞いた。

独自技術を考案した鋳込工
 同社は昭和24年(1949年)9月に設立。松林さんは関西大学工学部鋳造工学科を卒業した後、機械部品業の大手会社に入社。父親の体調不良のため24歳で帰郷してマツバヤシに勤務したが、その約5年後にバブルが崩壊した。
 40年以上前の当時は9割以上が水道用バルブの部品製造だったが、松林さんは機械やポンプ、電気など各業界を営業で駆け回り、業種ごとに異なる形状の鋳物を独自で作るようになった。現在の取引先約40社のうちほとんどが加工品だ。
 鋳込工は溶かした金属を鋳型に流し込んで鋳物を作る技術者。松林さんは、鋳物の材料として一般的に使われる珪砂(けいしゃ)だけでなく、金属を溶かした熔湯(ようとう)を急速に冷やし、人口砂などを要所に使う手法を生み出した。この技術は消防自動車などのポンプの部品に採用されており、ポンプ性能の向上化に貢献している。
 現代の名工に選ばれた松林さんは「基礎的なことをコツコツと積み重ねてきた結果だと思う」と話していた。

「創造と挑戦」「後継者育成も」
同社には松林さんのほか、長男の松林克蔵社長(39)や三男の松林正樹専務(36)ら7人の技能検定1級技能士がいて、レベルの高いニーズに応える設備や技術を有している。平成2110月には、関西大学や県東北部工業技術センター、同社などが鉛を使わない銅合金の鋳物「ビワライト」を産官学の連携で開発。現在も国内外から注目を集めている。
 技術力を後世に伝えるため、これまで作ってきた図面や設計などすべてをデータ化で残している。同社には企業や団体が技術を見学しに訪れているほか、松林さんにはものづくりマイスターへの就任依頼もあるという。
 松林さんは「オファーがあれば、技術について教えていきたい。会社としても社是の『創造と挑戦』の通り、これからも新たに創造しながら、何事にもトライしていきたい」と抱負を語った。

2019年1月15日火曜日

彦根城世界遺産登録 意見交換・応援1000人委員会の会長・宮川富子さんインタビュー

 彦根城の世界遺産登録を目指し、市民の機運を高めようと昨年結成された「彦根城世界遺産登録 意見交換・応援1000人委員会」の会長・宮川富子さん(71)=永樂屋副社長=に抱負などを聞いた。   (聞き手・山田貴之)
 ―就任の経緯は
 ◇彦根城博物館で昨年、世界遺産になっている福岡県の沖ノ島の関係者を招いたシンポジウムを聞いた際、行政や学識関係者だけでの世界遺産登録が難しく、市民レベルで盛り上げなければいけないと認識しました。彦根の江戸時代の街並みを残すためには市民による現状の認知が必要で、行政との情報も密にしなければとも思いました
 ―就任を決意した理由は
 ◇私自身、子どものころからお城の近くで育ち、遊び場でもありました。多くの市民が共に過ごしてきた彦根城を世界遺産にするお手伝いができるのならばとの思いから、微力ながらも引き受けました
 ―多くの市民は世界遺産に無関心ですが、変化はありますか
 ◇熱い思いがあっても口にできない、という市民性があると思います。女が外に出る、しかも組織の会長になるというのは彦根では異端児と思われるかもしれませんが、後世に残すべき資産が多くあるという認識は男女に関係なく、多くの市民の共通点です。市外から市民になった人からは「彦根はほんまにいいところ」との声を聞きます。彦根出身者や長く住んでいる市民の皆さんが、もっと「我が町彦根」を大切にして街を残す、そして街をつくるという思いを強くしていただけたらうれしく思います
 ―彦根市は特別史跡内での登録を目指していますが、意見や提言は?
 ◇個人的には井伊家ゆかりの寺社も範囲に入れてほしい。特に清凉寺、龍潭寺、大洞弁財天長寿院、井伊神社は旧松原内湖にも接しており、「点」ではなく、一つの「面」を構成できると思います
 ―市が目指している登録範囲を把握している市民はほとんどいません
 ◇確かに官民の協力強化は今後の課題です。1000人委員会は情報を共有できるという点で良い組織です。彦根が一つになるために、市民と行政がもっと密な関係になって、より良い活動を進めるお手伝いができれば最善です
 ―2年目に入る今年の抱負は?
 ◇彦根の江戸時代の建物は旧城下町を含めて無くなってはならず、そのためには市民の皆さんが自分の街に誇りを持つ必要があります。誇りを持つ市民が増えれば、彦根に定住する人や帰郷してくる人も増えると思います。世界遺産はその(誇りを持つための)足がかりになると思います。多くの市民の皆さまに1000人委員会へ入ってほしいです。
 「彦根城世界遺産登録 意見交換・応援1000人委員会」のメンバーは、昨年12月17日時点で計1386人となっている。委員の参加条件は特になく、市内外から随時応募している。申し込みは氏名、住所、電話番号、メールアドレスを記載して、市教委彦根城世界遺産登録推進課ファクス(27)3554かメール(hikone-wh@ma.city.hikone.shiga.jp)。問い合わせは同課(26)5834。

2017年2月28日火曜日

イラストレーター・ホマ蔵こと、三輪綾香さんインタビュー

 彦根市高宮町のイラストレーター・ホマ蔵(ぞう)こと、三輪綾香さん(35)は戦国武将のイラストを描くことで知られる。ゲーム業界を中心に幅広い分野で全国的に活躍しているが、「地域のPRにも役立っていきたい」と地域貢献にも意欲を示している。
 三輪さんは長浜出身で、地元の高校を卒業した後、コンピューターグラフィックを学ぶため大阪の専門学校に進学。長浜から4年間通い、ゲームのグラフィック技術を習得した。その後、ゲーム会社勤務など経て、27歳の時にフリーのイラストレーターになった。
 戦国武将を描くようになったのは約10年前に戦国武将を題材にしたゲームにはまったことがきっかけ。以来、全国各地の史跡を巡りながら、現地の人たちの戦国武将への思い入れやPR活動に心を打たれた。一番好きな武将には豊臣秀吉の側近で知られる竹中半兵衛をあげた上で「1人1人に歴史があり、今に語り継がれているのがいい。幅広い年齢層で共通の話題にもなる。戦国ゆかりの地の滋賀から『戦国武将愛』を発信していきたい」と戦国武将の魅力を熱く語った。
 21インチの液晶タブレットを使って制作。歴史資料や肖像画を参考に「イケメン風」に描いた作品から、「今風」のアレンジを加えたミニキャラまで、さまざま形式の戦国武将を制作。ほかにも、ゲーム会社の依頼で演歌歌手をモチーフにしたキャラクターや、ちゃんぽん亭のスタッフのイラストなど幅広く描いている。月に20体以上のキャラクターを描くこともあり、1日15時間以上没頭することがあるという。
 戦国武将に関する漫画や雑誌などに掲載されるのが中心だが、昨年には滋賀県がPR活動をした石田三成や、甲良町出身の武将・藤堂高虎など自治体とタイアップしたイラストも描き始めている。彦根に関してはこれまでに市内企業の依頼で彦根藩士を描いたことはあるが、今年の大河ドラマに合わせて「井伊家の歴代藩主も描いてみたい」と意気込みを見せていた。問い合わせは三輪さんのメール(k-ichizoku@hotmail.co.jp)。

2017年2月18日土曜日

2017年東レキャンペンガールの朝香りほさんにインタビュー

 2017年東レキャンペンガールに選ばれた彦根市出身でモデルの朝香(あさか)りほさん(24)に、子ども時代の思い出や今後の目標などを聞いた。(聞き手・山田貴之)
 朝香さんは滋賀県内の公立高校を卒業し、19歳の時に女性ファッション誌のモデルのオーディションを受けたのをきっかけに、モデルや芸能の世界に関心を持ち、20歳で上京。22歳の時に現在の芸能事務所「ABPinc.」(東京都渋谷区)に入り、広告や雑誌のほか、有名企業のテレビCMに出演するなど活躍している。
 昨年夏に行われた東レキャンペンガールの選考会では全国の149人の応募から選ばれた。朝香さんは「東レは滋賀が発祥の会社で、私も滋賀で生まれたこともあり、光栄に思います。大きな一歩を踏み出すことができましたし、プレッシャーもありますが、キャンペンガールとして精一杯がんばりたい」と抱負を語った。
 朝香さんは4歳から11年間、彦根市内の教室でクラシックバレエを習い、特技の1つに「I字バランス」をあげた。「バレエを長く取り組んだことで、負けず嫌いで、1つのことを一生懸命し、人と同じなのが嫌なタイプになった」と自己分析した上で「子どものころはとにかくよく笑っていた」と満面の笑顔を見せた。
 朝香さんは一人っ子で、実家には中学生の時から飼っている愛犬のマルチーズの「ぽんぽこ」(メス10歳)がおり、「とてもかわいく、実家に帰るとぽんぽこも飛びついてきて、私もほっとするし、とても癒やされます」と話していた。
 今後の目標については「今まではモデルのお仕事が中心でしたが、色んな分野にも挑戦したい。女優やバラエティー番組などにも出て、幅を広げてマルチに活躍できるようになりたい」と述べ、「全国的に滋賀県はあまり有名ではないので、私が滋賀、彦根出身ということをPRして、良さを広めていきたい」と語っていた。

2016年10月21日金曜日

滋賀県立大学人間文化学部の大橋松行教授に、新聞に求められることなどインタビュー

 新聞週間に合わせて、滋賀彦根新聞は、社会学が専門で滋賀県立大学人間文化学部の大橋松行教授(65)=長浜市=に、新聞に求められることなどをインタビューした。
 ―マスコミにおける新聞の魅力は
 ◇情報が正確、情報量が多い、詳しい情報を知ることができる、比較読みをすることで色々な角度から確かめられることが魅力。そして最終的には自分の判断や意見の参考になったり、より所にしたりできることです
 ―新聞業界を巡る課題は、
 ◇じっくりと新聞を読む時間がないライフスタイルの変化やテレビ・インターネットでの情報入手などで、特に若者の新聞離れが進んでいるようです。また、階層分化が進んで人々の関心が多様化しているため、すべての読者が満足できるよう記事を増やす必要がありますが、それには膨大なコストもかかります。そのため例えば、特定の層に絞った形態にするなどを考えていかなければいけないでしょう
 ―新聞に求められることは
 ◇新聞は国民の側に立って、役所や大企業など権力を批判し続ける「番犬」としての存在であるべきです。役所や企業からの発表をそのまま鵜(う)呑みしないことや賛否両論を併記すること、一過性のままで終わらせないことも重要です
 ―新聞記者に求められる資質は
 ◇仕事がすべて(家庭など)よりも優先するという気構えを持つことだと思います。最近は電話取材が多いようですが、「記事は足で書く」という言葉通り、現場に足を運んできめ細やかな取材を粘り強く行う現場主義に徹してほしいと思います
 ―地方紙や地域紙のあり方は
 ◇地域社会や住民の視点で報道することが大切です。正確さと公正さに加えて、記者自身が見聞きしたことや感じたことを一人称(コラムなど)で語ることも大事です
 ―読者側の新聞の正しい読み方は
 ◇新聞は各社の方針に沿った形で構成されており、編集者や記者の主観が盛り込まれているため、厳密な意味での客観や中立報道はあり得ません。価値判断は読者が自分で行う必要があるため、2紙以上は読んでほしいと思います。   (聞き手・山田貴之)

2014年1月9日木曜日

(元日号)日本陸上界のホープ・桐生祥秀選手に聞く

 陸上競技100㍍で日本歴代2位の10秒01の記録を保持し、日本陸上界のホープとして注目されている彦根市開出今町の桐生祥秀選手(18)=洛南高校3年=に、今後の抱負などを聞いた。(聞き手・山田貴之)
日本人初の9秒台へ
 ―昨年は数多くの大会に出ていましたが
 桐生 昨年は約50本のレースに出て、幾つかの課題に対して走りながら考えている感じでした。しかし今年は、大学では日本インカレ(日本学生陸上競技対校選手権大会)、国際大会では米国で世界ジュニア陸上競技選手権大会があり、練習とレースのメリハリをつけてのぞみたいと思います
 ―課題とはどの部分でしょう
 桐生 幾つかありますが、例えばスタートの際、しっかりできる場合と、そうでない時があります。またトップスピードもまだまだで、もう一段階上げていかなければいけません
 ―特にトレーニングで心がけている体の場所は?
 桐生 下半身です。特に腰回りを鍛える必要があるため、スクワットを基本に筋力アップをしていきたいと思います。上半身も大切ですが、下半身の安定がまずは大切だと考えています。上半身は東京オリンピックがある2020年をめどに鍛えていきたいと思います
 ―昨年の世界陸上で、世界記録保持者のウサイン・ボルト選手=ジャマイカ=ら海外の選手の走りを競技場で見た感想は?
 桐生 海外の選手は体のつくりが違い、走り方も異なります。だから、まねをしようとは思いません。自分の理想とする走りを極めていきたいと思います
五輪での活躍期待
 ―国民は日本人初の9秒台を期待しています
 桐生 まずは10秒0台をコンスタントに続けて、そのどこかで9秒台が出せれば良いなと思っています
 ―今年の目標は
 桐生 「(10秒0台の)アベレージを高くしよう」が今年の目標です。10秒0台を出し続けて、どこかで9秒台が出れば良いな、という感覚で練習をする方が自分にとってプラスになると思います
 ―2016年にはブラジル・リオで、20年に東京でオリンピックがありますが
 桐生 まずは両方のオリンピックに出場することが夢です。そのためには、海外の選手たちと対等に勝負できる体作りに努め、オリンピックでは決勝に進めれば良いと思います
 ―彦根市民も応援しています
 桐生 昨年は4月に10秒01を出しましたが、超えることはできませんでした。今後も注目してもらえるよう、がんばっていきますので、引き続き応援をよろしくお願いします。    (了)

2012年1月4日水曜日

ひこねお城大使の浅井千秋さん・藤野恵衣さんに彦根東中生インタビュー

 ひこねお城大使の浅井千秋さん(21)と藤野恵衣さん(20)に、本紙に昨年、職場体験に訪れていた彦根東中生がインタビュー。お互いの印象や彦根の良い所などを質問した。
お城大使になろうと思った理由は
 浅井 彦根の良さをもっと多くの人に伝えたいと思ったことと、彦根の人と観光客との架け橋になれればと思った
 藤野 彦根が好きで、お城大使の仕事に魅力を感じたし、何かをやり遂げたいと思ったから
 彦根の好きな所は
 浅井 彦根市民の皆さまがとても温かい人ばかりで、友好都市から訪れる方たちも皆さん、彦根は温かい人ばかりで、すばらしいまちとの声を聞く
 藤野 キャッスルロードなど買い物ができる場所や、稲枝では昨年、ひこにゃん田んぼアートも行われた。観光施設や自然が豊富で、色んな楽しみができるまち
 お城大使になって楽しいことは
 浅井 色んな所でたくさんの人とふれ合うことができるし、「彦根のことが好き」と言ってくれること
 藤野 彦根で行われるイベントで、それまでの見る側から(イベントを)見てもらう側になって、違う立場になったことが新鮮で楽しい
 お城大使になって自分自身が変わったことは
 浅井 人のコミュニケーションをとることが好きになった。彦根が多くの人に愛されているということを今まで以上に感じることができた
 藤野 まだ知らないことが多くあることがわかった。ブログをしているが、いかにそこの良さを伝えるかは、実際に足を運ばないとわからない
 彦根の課題は
 浅井 例えば京都は誰もが知っているけれど、東京の人らからは「彦根ってどこにあるの」「ひこにゃんってどこのキャラ」という声を聞く。彦根をもっと多くの人に知ってもらうことが必要では
 藤野 何回も彦根に来てもらうリピーターをつくることが課題だと思う。すてきな場所やイベントが多くあると思うけれど・・・
 お互いの好きなところは
 浅井 恵衣ちゃんとは一緒にいて落ち着くし、互いに黙っていても大丈夫。(年が)一つ下という感覚なく、馬が合う
 藤野 初めて合った時から打ち解けていた。恋の話もできるし、信頼関係もできている。プライベートでもよく遊んでいる
 ありがとうございました
 2人 こちらこそありがとうございました。東中生の皆さんも是非、お城大使になってください。

2010年4月18日日曜日

認知症の課題と今後、鈴木ヘルスケアサービス・鈴木則成社長に聞く

 会社創立10周年を記念し18日にひこね市文化プラザで「老人介護塾」を開く、鈴木ヘルスケアサービス(彦根市後三条町)の鈴木則成(のりしげ)社長(42)に、認知症ケアの課題について聞いた。
 ―認知症という病気はまだ、あまり知られていないようですが
 ◆認知症はアルツハイマー型と脳血管症型の2パターンがあります。しかし、身近にいる家族が認知症だと気づかず、症状が進行してしまうケースがあるようです。また高齢者虐待に繋がる原因の一つにもなっています。
 ―家族が早期に発見できるにはどうすれば良いのでしょう。認知症と物忘れの違いは
 ◆例えば食事の場合、物忘れはメニューを忘れるぐらいですが、認知症の場合は食事をした事も忘れてしまいます。早期発見、早期治療が大切で、少しでも認知症の症状に気づけば、病院へ連れて行って欲しいと思います。
 ―認知症の方との接し方はどのようにすれば良いのでしょう
 ◆認知症の方の言動を否定しないことです。記憶が若いころに戻られる場合がありますが、そのような時でも、話しに合わせることが重要です。興奮状態にさせないように心がけることが大切です。
 ―老人介護塾では認知症ケアの中での「カギ」と「薬」をキーワードにされていますが
 ◆最近では少なくなってきましたが、外に出ないよう部屋にカギを締めたり、鎮静剤としての薬が使われてきました。老人介護塾では、カギや薬に頼らないサービスの提供の仕方など、認知症ケアの課題とこれからについて、3人の講師の方々に話していただきます。是非、ご来場ください。
  (聞き手・山田貴之)