滋賀彦根新聞

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2021年1月19日火曜日

荒神山神社の牛の銅像 山頂まで担いで登った製造者の藤村富次郎さん

 彦根市清崎町の荒神山神社拝殿の隣には牛の銅像(なで牛)がある。この銅像を作り、荒神山の山麓から山頂まで持って運んだ藤村富次郎さん(83)=東近江市長町=に当時の思い出を聞いた。
 牛の銅像は幅1㍍28㌢×奥行き60㌢×高さ45㌢の青銅製。背後には再建年月日として「昭和29年4月29日」と刻まれている。藤村さんは16歳の時、銅鋳物の製造業者の金寿堂(東近江市長町)に入社。荒神山神社は牛の銅像が戦争で徴収されたままだったため、4月29日の春祭りに合わせて金寿堂に製造を依頼。藤村さんら職人3人は当時、藤村さんが飼っていた農業用の牛を参考に約半年かけて完成させた。
  荒神山には車道がなかったため、藤村さんら職人3人と当時の宮司、総代ら計6人がはしごを横にして牛の銅像をくくり付け、山道を半日以上かけて山頂まで担いで登ったという。
銅像の隣で、藤村さんは「銅像を見るたびに当時を思い出す。私たちが作った物がここにあるという誇りを感じている」と話していた。
 
「牛にひかれて荒神参り」
 荒神山神社は火やかまど(台所)の神様「荒神さん」としてあがめられており、牛が荒神さんの使いになっている。以前の農家では牛を飼っていて、えさを作るためにかまどが不可欠だった。このことが荒神さんと牛が結びついた理由だとされる。
 「牛にひかれて善光寺参り」ということわざがあるが、荒神山神社の奥山二三男宮司は「この新年はお使いの牛がいる荒神さんにお参り頂き、家内安全と無病息災の一年を祈念してほしい」と話している。

2021年1月4日月曜日

小寺慶昭さんの本「近江の狛犬を楽しむ」

 滋賀県内の神社にある狛犬(こまいぬ)の特徴や歴史について詳細にまとめた本「近江の狛犬を楽しむ」が15日、サンライズ出版(彦根市鳥居本町)から発刊された。
 著者は京都府内の国公立中学校で教員や副校長を務めた龍谷大学名誉教授の小寺慶昭さん(71)=京都府宇治市。1989年に獅子と狛犬の違いを調べたのを機に興味を持ち、以降30年以上、全国各地を訪問しながら「狛犬ノート」にまとめてきた。
 本では県内社寺の狛犬1385対について調査し「大宝(だいほう)神社の日本一の木造狛犬」「近江の神社の狛犬設置率」「近江で最古の参道狛犬」「信楽焼と備前焼の狛犬」「出雲から来た狛犬たち」など10章でまとめた。
 栗東市の大宝神社の章では、鎌倉時代初期に作られ国の重要文化財に指定されている同神社の木造の狛犬について「神殿内や階段上の廊下に置かれた陣内狛犬では日本一と言ってもいい」と評価している。
 
彦根など設置率5割割る
「氏子意識の希薄さ」原因?
 狛犬設置率の章では、神社1826カ所のうち60・8%の1110カ所に狛犬が設置されていると報告。平成の合併以前の市町村別に見ると、設置率の最高が中主町の85・6%で、次いで永源寺町の81・8%、豊郷町の80%。一方で少ないのが湖東町の33・3%で、甲賀町、彦根市、愛知川町、大津市、安曇川町、秦荘町が5割を切っている。全体的には湖北地域がやや高いため、本では「郡部では鎮守の森の産土神を氏子たちが崇拝するという信仰形態が維持されている。都市部では住民の移動が多く、氏子意識が希薄なことがその背景にある」と論じている。
 最古の参道狛犬の章では、甲賀市土山町の加茂神社に寛政5年(1793年)3月に建てられた狛犬が江戸の関根氏によって寄進されたと説明。信楽焼と備前焼の狛犬の章では、県内に陶器製の狛犬が8対あり、そのうち信楽町の日雲神社の「恨めしい顔」の狛犬など6対が信楽焼で、2対が伊部焼(備前焼)だと紹介している。
 彦根では千代神社、北野神社、高宮神社、新神社、春日神社、比婆神社など9カ所の狛犬を取り上げている。小寺さんはほとんどの狛犬の台座に寄進者が刻まれているとして「狛犬は奥が深く、調べれば調べるほど地域の文化や人々の生活の歴史が詰まっていることがわかり、そこがおもしろい」と魅力を語っていた。本はB6判、202ページ。税抜き1500円。

2020年12月14日月曜日

木造建造物を受け継ぐための伝統技術ユネスコ無形文化遺産に

 文化庁はこのほど、木造建造物を保存修理する伝統技術が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録される見通しになったと発表。日本伝統建築技術保存会(日伝建)名誉会長で、西澤工務店(彦根市鳥居本町)社長の西澤政男さん(76)に伝統的な木造建築物の魅力を聞いた。 (聞き手・山田貴之)
 
彦根城など保存修理担う
 登録される名称は「伝統建築工匠の技:木造建造物を受け継ぐための伝統技術」。西澤さんは2000年に設立した日伝建の会長と、文化財修理技術保存連盟理事長を昨年まで務めるなど、日本独自の木造建造物の伝統技術を後世に伝える活動に尽力してきた。
 西澤さんは20代の頃、中堅ゼネコンで主に現場監督を務めていたが、「家業の大工を継ぎたい」との思いが強くなり、大阪万博が開かれていた1970年8月に退社。父親が経営していた工務店に入った。30歳の時に愛荘町の金剛輪寺の三重塔(重要文化財)の修理を手がけ、その後も1983年3月に西明寺本堂、1996年3月に彦根城天守・附櫓・多門櫓など、国宝をはじめとする多数の文化財の保存修理を担ってきた。十数年前からは京都御所や皇居など宮内庁の工事も請け負っている。
 
「建築当時の文化を将来へ」
 「便利で長持ち」とうたう現代的な建物が最新の技術と材料を使う一方、伝統技術で建てられた文化財建造物は「古くて腐っている木材ほど大事。建築された当時の文化の証であり、それを後世に伝えていくのが私たちの仕事」と説く西澤さん。
「取り替えたら1万円ですむ材料であっても、建築当時の文化の証を残すため100万円をかけてでも修理して古材を残す」との例え話をしながら「お金は印刷すればいくらでも増えるが、時代や時間はどうしてもお金で買えない。当時の文化を将来の人に正確に伝えることが文化財の役目である」と解説する。
「日本人にはやはり、和の空間がいい。伝統的な和風の建物では日本人らしい和の雰囲気がやすらぎの心を与えてくれる。日本の原風景を取り戻せるよう、伝統的な木造建築の良さを再認識してもらえるよう、これからも努めたい」と熱く語った。

2020年12月9日水曜日

朝鮮通信使の城下町での受け入れ状況示した絵図見つかる 町割を新たに確認、彦根郷土史研究に掲載

江戸時代の朝鮮通信使の使節団を彦根の城下町全体で受け入れていたことがわかる新たな絵図が、彦根史談会の新刊本「彦根郷土史研究 54号」に掲載。元彦根城博物館学芸員で立命館大学非常勤講師の野田浩子さん(50)は「彦根の城下町研究の貴重な資料だ」と話している。
 
11回目の使節団の記録
随行の対馬藩士も町屋に宿泊
 野田さんの著書「朝鮮通信使と彦根 記録に残る井伊家のおもてなし」を読んだ広島県呉市の絵図の所有者から連絡を受けた野田さんが調査した。絵図の名称は「彦根城下町朝鮮通信使宿割図」。宝暦14年(1764年)に来日した朝鮮通信使の使節団と随行した対馬藩士を受け入れた彦根の城下町の宿割を記している。
 朝鮮通信使は江戸時代に朝鮮から全12回派遣され、そのうち10回が江戸へ向かい、彦根には往路、復路とも一泊ずつしている。宝暦14年は11回目にあたり、江戸へ向かった最後の使節団。十代将軍の徳川家治の将軍就任にあたり、朝鮮国王の国書を持参する目的で派遣され、使節団約370人と随行した対馬藩の一行約1000人が江戸へ向かった。

 使節団の宿泊場所として、彦根では宗安寺を中心に主に寺院を利用していたことはこれまでの資料から知られていた。新たに確認された絵図は中堀と外堀の間の内町(現在の中央町、本町、立花町)にあった町屋も宿泊所として活用されていたことがわかる内容。「朝鮮人宿・長老宿・通詞(つうじ(通訳者)宿」の寺院9軒と町屋11軒、「宗氏公御家中宿(対馬藩一行の宿)」の町屋136軒に色分けされており、町屋の家主名の上に対馬藩士の名を記した札を貼り付けている。
 当時の対馬藩主・宗義暢(そうよしなが)が宿泊した本陣が宗安寺の斜め向かいに置かれ、周辺に同藩主付きの家臣、伝馬町(中央町)付近に足軽らの宿所があったこともわかる。対馬藩の記録によると、随行者を68軒に宿泊させるリストを作成したが、彦根藩はその2倍の町屋を宿泊所として用意していた。
 野田さんによると、朝鮮通信使の日記には彦根の宿泊所が設備や調度が充実していたため「陸路中の第一」と高く評価する記述があるとして「井伊家は譜代大名筆頭という立場にふさわしい応接を心がけていた。対馬藩士にもおもてなしの心で余裕ある宿泊スペースを用意したと考えられる」としている。
 
町割 新たに確認
 このほか、これまでの絵図では伝馬町や下魚屋町(城町1)などの町人名しか確認できなかったが、今回の絵図により城下町の中心部一帯の町人名や町割が新たに判明した。
野田さんは「朝鮮通信使の対応に彦根藩だけでなく、城下町の住民も深く関わり、官民一体で受け入れた状況が具体的にわかる貴重な資料。今後の彦根の城下町研究に資することも期待できる」とコメントしている。
 「彦根郷土史研究 54号」はA5判、53ページ。彦根市立図書館で閲覧できるほか、1000円で購入も可。問い合わせは彦根史談会の木村正彦会長☎(22)3056。

2020年11月30日月曜日

富川和代さんこどもにほんご教室JUMPアドバイザーなど日本語指導者

彦根市大薮町の富川和代さん(75)は、彦根ユネスコ協会こどもにほんご教室JUMP(ジャンプ)のアドバイザーなど日本語指導者を長年務めている。今月14日にはひこね燦ぱれすで日本語検定を実施した。富川さんに外国人向けの日本語教育や多文化共生の課題、日本人の日本語力について聞いた。

「オリジナル教材」必要
指導者の「人手不足」課題
 富川さんは福井県敦賀市出身。父親は国鉄(JR)の社員で転勤が多かったため、中学校のころには3校に通い、虎姫高校時代は下宿生活も経験した。大学卒業後は滋賀県立の高校やミシガン州立大学連合日本センターで国語や日本語を教え、近江高校では13年間、英語の指導にもあたった。また滋賀県立大学をはじめ大学や専門学校の非常勤講師として、日本語や日本語の教授法、国語・英語に関する科目を担っている。
外国人の労働者や留学生が増加していた1990年以降は「日本語を学びたい外国人を支援しよう」と、ボランティア団体に所属し日本語を教えてきた。現在はJUMPアドバイザーや彦根にほんご教師会WAGT代表、日本語検定研究委員などを務めている。
 そのうちJUMPには現在、中国、台湾、ベトナム、フィリピン、米国、モンゴル、ネパール出身の幼稚園児から中学生までの子ども16人と保護者4人が大学サテライトプラザ彦根で学習している。コロナ禍以前は保護者の受講も多かったが、仕事などの影響で減ってきているという。
 富川さんは、日本語を教えるボランティアの人手不足と時間的な忙しさから、「学習している外国人の子どもたちや保護者の希望に合っているかが課題だ」とした上で「今後は文化や母語が異なる子どもたち一人一人に合ったオリジナルの教材の作成が必要な状況だ」と述べた。

日本人の日本語力も指摘
多文化共生「みんな違っていい」
 日本人と外国人が一緒に過ごす「多文化共生」の課題について、富川さんは文化、習慣、ものの考え方の違いをあげながら「互いに理解しようと努力する必要はあるが、結局は『みんな違って、みんないい』ではないだろうか。日本人同士でも育った環境によって生活習慣などに違いがある」と説明。JUMPでは外国人の子どもたちのスピーチ大会や成人の日本語学習者のディベート大会を開催しており「市民の皆さんとの交流する機会になっている。また異なる意見の論戦は多文化共生の第一歩になるとも思う」と話していた。
 富川さんは大学で日本人向けの日本語科目も担当。日本人の日本語力について「国語の苦手な人には漢字の力をつけるよう、大学生には社会人になる準備として特に敬語と慣用表現、四字熟語を理解できるようにアドバイスしている」と解説。そのうち敬語については「若者だけでなく、大人も正しく使えていないと感じる。敬語は『言葉のおもてなし』とも言える」と語った。
 一方で、子どもの頃は父親の仕事の影響で駅近くの官舎で暮らしていたため、電車に乗ることが好きで大学の卒業旅行も電車での旅だったという。富川さんは「新型コロナが収束した後はゆっくりと国内外を特急電車で旅をして、全国各地のさまざまな日本語や海外の言葉に触れたい」と笑顔を見せていた。

彦根市立図書館の中央館 誘致へ河瀬学区と亀山学区が始動

 彦根市は新しい彦根市立図書館の中央館を河瀬学区か亀山学区に建設する計画を進めている。各学区でも地元の自治会などが候補地を選定し、すでに市へ報告している状況で、今月7日夜には河瀬学区連合自治会が河瀬地区公民館で「市立図書館(中央館)誘致委員会」の発足式を開いた。
 
両学区とも候補地絞る
1回目の用地選定委員会
 河瀬学区連合自治会は複数の候補地から彦根工業高校の北側の土地2万2813平方㍍を選定。その土地を所有する18人(21筆)の承諾も得ているといい、1013日には大久保貴市長へ要望書を提出した。
 誘致委員会は連合自治会の永畑幸雄会長らが役員、所属する14町1地区の自治会長と同学区の社協・青少協・体育振興会などの会長が委員、ほかの5自治会長が特別委員、野村博雄・杉原祥浩・小川隆史の3市議らが顧問に就いた。
 発足式で永畑会長は「図書館の設立は河瀬地域の悲願であり、ワンチームとなって誘致に努めたい」と意気込みを語った。最後には参加した約30人で頑張ろうコールをした。
一方の亀山学区は彦根亀山郵便局(清崎町)の近くを候補地に選定し、河瀬学区と同様に市へ報告済みだという。
 市教委は用地選定委員会の1回目の会議を先日開いた。今年度内の協議で候補地1カ所を選ぶ方針。

市の図書館整備計画
 彦根市の図書館整備基本計画では新しい市内の図書館について、拠点になる「中央館」を河瀬学区か亀山学区に設け、「地域館」として現図書館を北部館に、稲枝支所の周辺に南部館を創設する。南彦根駅西側に建設中の新しい市民体育センター内にも図書の貸し出しと返却、検索ができる場所を設ける。
 各図書館の概要として、中央館は15万冊を収容できるスペース、70万冊を所蔵できる書庫、会議室、事務室などを整備。建物の延べ床面積が約4300平方㍍、駐車場が現在の150台と緑地帯を入れて約4000平方㍍で、合計の敷地面積が約9000㍍。施設内の特徴は、車いすの利用者を含めて来館者が楽に通れる通路、障害者や高齢者向けの大活字本・朗読本など視聴覚資料の充実、時節に応じた話題・トピックスなどの特設コーナー、ユニバーサルデザインの導入、バリアフリー化を予定。湖東定住自立圏1市4町の拠点となる図書館を目指す。
 北部館は本棚に8万冊、書庫に置く本を含めて計12万冊を収容するほか、旧彦根藩領に関する古文書や歴史資料、舟橋聖一記念文庫などの特別コレクションを紹介する施設にする。南部館は5万冊程度を収容する。

スポーツカーが琵琶湖1周ガンバールラリー彦根ビューホテル発着で

 スポーツカーなどが琵琶湖を1周するイベント「ガンバールラリー」が22日、彦根ビューホテル発着で行われた。
 県内外の自動車の愛好家7人が観光振興と自動車を通してのコミュニティーの促進のほか、地域の人たちに「がんばる」気持ちを持ってもらおうと初めて企画。全国各地からスポーツカーなどの愛好家を募り、QRコードを活用してスタンプラリーをしながら琵琶湖を1周する形式で開催した。
 当日は近畿や東海、関東地方からスポーツカーやスーパーカー、クラシックカーなど165台が彦根ビューホテルの駐車場に集結。参加者たちは近江八幡方面と長浜方面に分かれ、数カ所のチェックポイントと琵琶湖大橋を経て約170㌔の湖周道路を1周し、彦根ビューホテルに戻った。
 代表の米田和真さん(46)=京都市=は、ポルシェ911カブリオレに乗車して走行。「紅葉の観光シーズンと重なり、渋滞の中での開催だったが、参加者の皆さんからは『楽しかった』『琵琶湖はすごく広かった』との声があり、滋賀の良さをわかって頂けて心が救われました」と話した。