2017年9月19日火曜日

彦根藩下の町人・田中藤助の日記を紹介する講座24日彦根市立図書館で

 江戸時代中期の米相場や相撲の番付などがわかる彦根藩下の町人・田中藤助(とうすけ)の日記=写真=を紹介する講座が、24日午後2時~彦根市立図書館である。市立図書館の書庫で保管する古文書の内容について彦根城博物館の学芸員が紹介する講座の1回目。
 藤助は彦根城下の四十九町(現・城町)で過ごし、46歳だった享保16年(1731)から明和5年(1768)までのほぼ毎日、日記を書き続けた。藤助は彦根藩が管理していた松原の米蔵の出納管理などをする御蔵手代(てだい)という役職に就いていた。
 日記は19冊残っており、そのうちの一部を彦根城博物館学芸史料課長の渡辺恒一さんが解読。彦根藩七代・直惟(のぶ)から十代・直幸(ひで)までの時代について、米の相場や彦根藩士の給料など仕事の話のほか、火事や盗難、相撲の番付、祭り見学などまちやプライベートな話題まで取り上げられているという。
 渡辺さんは「藤助の日記を紹介することで、当時の城下町やそこに暮らす人々の様子がわかるのでは」と話している。講座の講師は渡辺さんが担当。受講無料。定員50人。申し込みは市立図書館☎(22)0649。
 市立図書館は江戸から昭和時代の古文書や歴史資料が約30万点保管。その「特別コレクション」をもとに10月と12月にも講座を行う。

川嶋副市長が辞表提出認める 広域ごみ候補地選定巡り「力不足」、原町との文書の存在も

 彦根市の川嶋恒紹(ひさつぐ)副市長が12日の市議会一般質問で、新しい広域ごみ処理施設の建設候補地の選定を巡って、辞表を提出していたことを明らかにした。北川元気議員が滋賀彦根新聞7月5日付けの副市長の辞意疑惑の記事を取り上げながらの質問に答えた。
 辞表を提出した理由について、副市長は「体調の問題もあったが、広域ごみ処理施設建設候補地の決定過程に関して自分自身の力不足を痛感し、6月26日に一身上の理由で市長に提出した」と答弁。辞表の取り扱いについて市の担当者は「市長から留まるよう説得があり、その受理は保留になった」と答え、副市長は「辞意表明後、10人以上の方と話をして、かなりかっとうしたが、最終的には職責を果たすべきという考えに至り、7月3日に取り下げた」と述べた。北川議員は「副市長は(辞表を提出することで)市長に伝えたいことがあったのではないか」と迫り、大久保市長は「副市長が辞意を固めるまでに至ったことは重く受け止めている。私自身の不徳の致すところだと反省している」と謝罪した。
 また北川議員は独自で入手した、新しい広域ごみ処理施設の建設候補地を選ぶ1市4町の首長と川嶋副市長による管理者会の6回目の会議終了後、副市長と原町で交わされた文書を示しながら、その内容と経緯について説明を求めた。これに対し副市長は、私から一方的に地元関係者に渡したものと強調した上で「(原町に)新しいごみ処理施設の候補地になる方向である旨を記載した文書で、5月30日に来庁した地元関係者の求めに応じる形で渡した」と答弁。市長の関与については「市長の了解を得たものではない。あくまでも一存で行った」と否定した。北川議員は建設候補地の選定についての報告を副市長が独断で行った点を疑がった上で副市長の責任を追及。市長は「他市の事例を参考にし、弁護士にも相談した上で対応していく」と何らかの処分を下す可能性を示した。
 このほか、谷口典隆議員も副市長の辞表提出問題を取り上げ、市政を混乱させた認識について質したが、市長は「管理者として候補地を選定した。竹原を選定したことで市政を混乱させたとは思っていない」と語った。
 ※(解説)本紙の報道後、川嶋副市長が辞表を提出していたことが初めて公で明らかになった。そして「原町にほぼ決まり」とする文書の存在も公になり、その文書には川嶋副市長名と印が押されている。
 副市長の辞表提出には、管理者会の会議7回目の会議で急きょ意見を変えた市長=本紙8月23日付け参照=に対する抗議の意味と忸怩たる思いが込められていたと思われる。副市長を辞任寸前まで追い込んだ理由は市長が管理者会の最後の会議で急きょ意見を変えたためだが、市議会一般質問でも納得できる答弁は聞かれなかった。
 そして副市長と原町で交わされた「私的」な文書に市長が関わっていないとは到底思えない。約100億円の大規模事業を副市長の独断で約束できるはずがなかろう。
 市長がなぜ急きょ意見を変えたのか、原町との文書に市長は関わっていないのか、もし本当に関わっていないとすれば副市長の行為は許されるのか―、市議会は今後もこの問題を追及し続ける必要がある。   (山田貴之)

2017年9月15日金曜日

大橋悠依選手に単独インタビュー 抱負や父親への思いなど

 滋賀彦根新聞は彦根市市民栄誉賞の授与が決まった大橋悠依選手(21)=東洋大4年=に受賞の喜びや今後の抱負などを聞いた。
 大橋選手は7月にハンガリーで開催された世界水泳選手権大会の200㍍個人メドレーで日本新記録の2分7秒91で銀メダルを獲得。今月3日に大阪で行われた日本学生選手権の400㍍個人メドレーでも大会新記録となる好成績を収めた。
 翌4日に約9カ月ぶりに帰郷。「やはり彦根に帰って来ると落ち着きます」と話し、市民栄誉賞の受賞を最初に聞いた際には「まさか、という思いでびっくりしました。とてもうれしいです」と笑顔を見せた。
 今後の目標としては2020年の東京五輪をあげた上で「東京五輪にピークを持っていけるようにしたい。個人メドレーの200㍍と400㍍の両方で金メダルを獲得できるようがんばりたい」と語り、「世界の選手は筋力があるため、私も折り返しの壁をける力や後半に追い上げる泳力を意識して練習していきたい」と意気込みを話していた。
 彦根市民へのメッセージとしては「パブリックビューイングなどで応援して頂いているので感謝しています。2020年に向けて精進していきますので、これからも応援よろしくお願いします」と述べていた。
 インタビューには父親の忍さん(58)と姉の芽依さん(26)も同行。忍さんに対して大橋選手は「いつも欠かさず試合を見に来てくれていた。結果が悪い時でも父は優しく見守ってくれていました」と感謝を示した。忍さんは「今よりも一歩ずつ、少しずつ記録が伸びることを期待しています」、芽依さんは「苦労して練習してきたことも知っています。(妹の)笑顔を見ると私もうれしい。これからもがんばって続けてほしいです」と話していた。

2017年9月14日木曜日

彦根市内でセアカゴケグモ発見、注意を


 彦根市は14日、平田町で毒をもつセアカゴケグモ=写真=が発見されたと発表した。
 セアカゴケグモは体長がオス約3㍉、メス約1㌢で、メスは全体的に黒く、背に赤い帯状の模様があるのが特徴。オーストラリアやニュージーランドなど熱帯から亜熱帯にかけて生息しており、日本では平成7年に大阪府高石市で初めて発見。危険外来生物の一種になっており、近年は滋賀県内の各市町でも確認されており、彦根市内では昨年秋にも見つかった。
 毒をもつメスにかまれると激しい痛みを感じ、熱感などの全身症状を生じる場合がある。通常は数日で症状が軽くなるが、頭痛や筋肉痛、不眠などが継続することもある。側溝や排水溝、花壇の周辺、プランターの下、墓石のすき間、エアコンの室外機、壁のすき間、すべり台やベンチの裏、庭のサンダル内などにいるとされる。家庭用の殺虫剤などで駆除できる。
 今回、平田町では13日午後5時ごろにバイクの修理作業をしていた市民が側溝付近でセアカゴケグモ2匹を捕獲。連絡を受けた市職員が引き取って駆除した。市は「発見した場合は素手で触らず、殺虫剤で駆除してほしい」と注意を呼びかけている。

彦根の桐生君から世界の桐生選手へ

 日本人初の9秒台を出し、今や時の人になった桐生君だが、小生が桐生君と最初に出会ったのは今から7年前の8月、まだあどけなさが残る中学生の桐生君だった◆その時の記事は、陸上競技200㍍で中学生・全国ランキング1位だった桐生君にインタビューした内容で「全国1位を目指す」とだけ抱負を述べていた◆洛南高校2年時に100㍍10秒21の高校記録を出した際は、桐生君の自宅でインタビューし「目標は4年後のブラジル・リオで開催される五輪に出場。そして9秒台を出したい」と語っていた。いずれの目標も達成したのだから、舌を巻かざるを得ない◆また平成26年の元日号で特集ページを掲載するため、前年12月ごろに再び自宅を訪問。小生の「国民は日本人初の9秒台を期待しています」の問いに、桐生君は「まずは10秒0台をコンスタントに続けて、そのどこかで9秒台が出せれば良いなと思っています」と答え、また「2016年にはブラジル・リオで、20年に東京で五輪がありますが」の質問には「まずは両方の五輪に出場することが夢です。そのためには、海外の選手たちと対等に勝負できる体作りに努め、五輪では決勝に進めれば良いと思います」と答えていた◆ちょうど、この頃は東洋大への進学が決まっていた高校3年生の時で、小生の帰り際に母親の後ろから恥ずかしそうにしていたのを記憶している。桐生君が大学進学後も帰郷時などに他のマスコミと一緒に取材することはあったが、堂々としたマスコミ対応に、すでに彦根の桐生君から日本の桐生君になったなと陰ながら眺めていた◆そして9秒台を出したことで、桐生君は「世界の桐生選手」になり、日本国民の憧憬の的にもなった。だが、小生ら市民にとってはいつまでも彦根の桐生君であり、市民の一人として桐生君の活躍をこれからも応援し続けていきたい。 (山田貴之)

日本人初9秒台の桐生祥秀選手 歴史に名を残す偉業

 彦根出身で東洋大の桐生祥秀選手(21)=写真=が、9日に福井市内で開かれた日本学生陸上対校選手権の100㍍で日本人初の9秒台となる9秒98を記録。日本陸上界の歴史のページに名を残す偉業を、全国放送のテレビ番組や全国紙が相次いでトップで報じた。
 桐生選手は競技後のインタビューで「大学最後の100㍍で9秒台を出せたのはうれしい。やっと世界のスタートラインに立った」と語っていた。その後の自身のツイッターには「10秒01を出してから4年。本当に応援が力になりました」とつづり、このツイートには24万件以上の「いいね」が付いている。
 桐生選手が彦根市立南中学校時代の陸上部顧問だった大橋聖一さん(56)=現・西中教頭=は「日本人初の9秒台は本当にすばらしいこと。いずれは出すと思っていました。これからも記録を伸ばしほしい」と話していた。
 桐生選手が中学生時代に利用していたキムラスポーツ(彦富町)代表取締役社長の木村守さん(67)は「9秒台というプレッシャーがなくなり、これからがスタートだと思います。がんばってほしい」と語っていた。
 大久保貴市長は「日本中が夢みていた9秒台、桐生選手ならば成し遂げるに違いないと確信していました。今後のますますのご活躍を期待します」とコメントした。

サロンバー・シスル宮下純さんキューバ産葉巻に合う「エッセンス・オブ・ハバナ カクテルコンペディション」で優勝

 彦根市旭町のサロンバー・シスル店主の宮下純さん(41)=城町=が、キューバ産の葉巻に合うオリジナルカクテルの味と見た目を競う「エッセンス・オブ・ハバナ カクテルコンペディション」で見事、優勝。出品作の「ヴィニャーレス」の提供を4日から開始した。
 同コンペはキューバ産葉巻の輸入会社のインターコンチネンタル商事(東京都港区)シガークラブ事業部が、葉巻に合うカクテルの味などを競ってもらおうと今年から開催。全国より応募のあった80人のレシピから、7月下旬に行った書類選考で宮下さんら5人を選んだ。先月30日に東京都内で開催したファイナルステージでは在日キューバ全権大使ら3人の審査によって宮下さんが優勝した。
 出品作のヴィニャーレスはキューバにある世界遺産のビニャーレス渓谷から命名。宮下さんの実家の多賀町で育てたキューバのミント・イエルバブエナのほか、キューバのラム酒・ハバナクラブ、ライム、オレンジジュースなどを使用。宮下さんによると、キューバの葉巻に合うカクテルはチョコやコーヒーなどを入れて甘くするのがセオリーだが、ミントを使ったことで「さわやかで味わい深いカクテルに仕上げた」。
 宮下さんは15年以上前から多くのコンペに出品してきたが、これまでは準優勝が最高。初の優勝について「有力な方がいて、審査の段階でもその方が好評だったため、優勝できるとは思っていなかった。めちゃくちゃうれしいです」と笑顔を見せていた。
 ヴィニャーレスはアルコール度数18%。1杯1200円。開店時間は午後6時~翌午前1時。問い合わせは同店☎(22)7071。