彦根市と犬上郡の話題を中心に、関連する国政や滋賀県政のニュースもお送りします。取材依頼や身近な話題の提供などもお待ちしています。 電話0749-65-0608 FAX0749-62-4483 メール(hikone@shigayukan.com)

2020年2月10日月曜日

宗安寺で巨大おみくじ使った彦根摩訶不思議御籤の授与開始、妖怪や怪談話の説明も

 彦根市本町の宗安寺は4日から、保管してきた巨大おみくじを使った「彦根摩訶不思議御籤(まかふしぎみくじ)」の授与を開始。「凶」が出た時には、同寺の秘仏・庚申(こうしん)尊にちなんだ厄除け猿(通称・くくり猿)を進呈する。
 巨大おみくじは、彦根夢京橋商店街振興組合が開催していた「いい福招福まつり」の「いいふく」にちなんだ高さ1129mm×幅約40㌢の六角柱形で、2006年1月に彦根仏壇の漆塗や金箔押しなどの技を使って作られた。5年ほど使用された後は宗安寺が本堂隅で保管してきた。

凶が出たら…厄除け猿進呈
ショウケラなど45種類用意
 宗安寺は巨大おみくじの再活用と、彦根に残る妖怪伝説や怪談話などを広めようと「摩訶不思議御籤」と銘打ち、授与を始めた。巨大おみくじの中には忌み数の「四」と「九」を除いた五十番までの45本のみくじ棒が入っており、引いた参拝者は大吉、中吉、吉、半吉、小吉、末吉、末小吉、凶の8種いずれかの運勢、助言、45種類の妖怪などの紹介文とイラストが記載された御籤と交換する。7種類の凶が出た場合は金色、朱色、紫色のいずれかの厄除け猿が進呈される。
 登場する主な妖怪などは、宗安寺に庚申の日に現れるという鬼のショウケラ、春先の西風の強い日に白い毛玉が飛んでくる高宮のおたまさん、長久寺のお菊の皿、彦根城地蔵堂の重軽石。イラストは「彦根妖怪図鑑」の絵を担当したイラストレーターの連藤久美子さんが手がけた。
 巨大おみくじだけで12㌔、みくじ棒を入れると約20㌔になるため、宗安寺は寺務所前にロープでつるして設置する。竹内真道住職(66)は「おみくじをしていただき、市内各所のお寺や名所参りをしてほしい。市民の皆さんにも楽しんで頂けるのでは」と話している。1回100円。問い合わせは宗安寺☎(22)0801。

2020年2月8日土曜日

中藪町に国際交流シェアハウスHIKOHOUSEオープン

 彦根市中藪町に国際交流のためのシェアハウス「HIKOHOUSE」がこのほどオープンした。オーナーで滋賀大学教育学部3年の沖本怜(れん)さん(22)=西今町=は「彦根を国際交流のまちにしたい」と意気込みを語っている。
 シェアハウスは1軒の住宅などを複数人が共有する居住スペースで、賃貸料や光熱費が安価になるなどの利点がある。彦根市内などでも古民家を活用し学生たちが一緒に暮らすシェアハウスがあるが、沖本さんによると、外国人と日本人の国際交流を目的にしたシェアハウスは県内で初めてだという。
 沖本さんは2017年2月に1カ月間、オーストラリアで語学留学をした際、さまざまな人種が当たり前のように生活している姿を知った。昨年4月からは休学し、東京都内の各所のシェアハウスで暮らしながらベンチャー企業で起業の仕組みを学ぶうちに、「オーストラリアのような国際交流ができる環境を彦根にも作ろう」と決意。

中藪町の民家活用
6人用の4部屋
 旧友が住んでいて空き家になっていた中薮町の築27年の民家を借り、昨年11月から約1カ月間、クラウドファンディングをして約61万円の支援を受けた。シェアハウスの対象者は国際交流をしたい30歳までの男女。男女ごとの2人部屋2室と1人部屋2室の計6人が一緒に暮らす。トイレや風呂、台所、座敷もある。
 沖本さんは「滋賀大や県立大の学生、留学生をはじめ、若者たちが彦根に愛着をもってもらえるための一拠点にしたい」と説明。今後は起業を目指す若者たち向け新たなシェアハウスのオープンも計画している。見学随時。問い合わせは沖本さん☎080(8307)3172。

2020年2月6日木曜日

滋賀大学の筒井正夫教授の退官記念講義 麗澤大学客員教授の西岡力氏もゲスト講演

 滋賀大学の筒井正夫教授(64)の退官記念講義が1月25日、彦根キャンパスで開かれ、学生や市民ら200人以上が受講。麗澤大学客員教授の西岡力氏もゲストとして招かれ、講演した。
 筒井教授は昭和61年(1986年)4月から34年間、滋賀大で教べんをとっており、今年3月末で定年退職する。近代日本社会経済史、思想史、都市計画などが専門。退官記念講義では「後世に伝えたい3つのこと」をテーマに、これまで研究してきた内容を中心に取り上げた。
 筒井教授は研究してきた富士紡績(現・富士紡ホールディングス)の事例について、「田舎から子女を預かった工場主が礼儀作法や自立心、さまざまな教養、働くことの意義などを教えた」と説明。一方で、工女を奴隷のように扱っていたとする一部の指摘に対しては「共産主義者によって描かれた戦前の紡績業の姿だ」と非難した。
 能登川の近江商人・阿部家については二代・市太郎の遺訓のうち「事を成さんには(中略)勇気を要す(中略)冨を善用せよ」をあげ「『三方よし』だけでは弱肉強食の国際的な競争を勝ち抜けない。勇気を出して開発し、何かを成し遂げる人になってほしい。国家のため、国益を考えることを重要」と熱く語った。

文化伝統、天皇制も熱弁
「日本人の誇りを取り戻せ」
 日本文化については、1970年代の米国の食習慣と病気の関連性をまとめた「マクガバン報告」を取り上げながら「雑穀や玄米、みそ汁、漬物、日本酒、茶など江戸時代中期までの日本の伝統食が世界で最も健康的とされる」と解説。和歌や俳句、茶道の文化のすばらしさも称賛した。
 天皇制については、「天皇は日本文化を守る中で象徴的な存在、聖なる存在だ」と述べる一方で「天皇を否定するのが共産主義者だ」と指摘。「戦後に共産主義者や戦勝国が植え付けた自虐史観ではなく、日本人が日本人としての誇りを取り戻すことを世界は求めている」とアドバイスした。

「東アジアは冷戦状態続く」
西岡氏が講演「韓国滅ぶ危機も」
 西岡氏は「激動の東アジア情勢と日本」をテーマに講演。1989年から91年にかけての東西冷戦の終結とソ連崩壊をあげながら「ソ連の崩壊で共産主義が負け、自由主義が勝ったが、中国は共産党の一党独裁政権であり、東アジアの冷戦は終わっていない」と解説。香港や台湾での民主化運動、中国国内のウイグルやチベットなどでの迫害を取り上げ「自由を求める戦いが繰り広げられている」と述べた。
 韓国については、「ムン・ジェイン政権は日米韓の同盟から抜け出そうとしている」と説明したうえで「韓国の行く末が変わってきており、激しい内部分裂が起こりうる状態」と分析。「北朝鮮と一緒になろうとする左派が支配する政権では韓国が滅んでしまう」との持論を展開した。

2020年2月3日月曜日

高宮町に黒いサンドイッチ販売店・戦国サンドがオープン

 彦根市高宮町に1月25日、黒いサンドイッチの販売店「戦国サンド」がオープンした。
 オーナーは福川晴貴さん(42)=甲賀市。竹炭の粉末を混ぜて作った黒いトーストを使用したサンドイッチが特徴。「戦国時代の歴史が好き」なことから、昨年11月に湖南市に1店舗目の「戦国サンド」をオープン。好評だったため、「歴史ある」彦根にも2店舗目を開店した。
 メニューはローストビーフ入りの「大名」、ロースかつの「武士」、ささみチーズフライの「関ケ原」など、戦国にちなんだ商品名をつけた30種。価格は430円~680円。4個ずつ用意している。
 福川さんは「彦根の皆さんに愛される店にしたい。彦根特有のメニューも今後、考えていきたい」と話している。木曜定休。午前10時~午後4時。問い合わせは同店☎090(6352)7283。

高橋良さん「麒麟」描く

 高橋美術(彦根市平田町)代表の高橋良さん(40)が、1月19日に多賀町中央公民館で開かれたNHK大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」の放送開始の記念イベントで、ライブペインティングを実施した。
 当日は明智光秀が本能寺の変後に多賀大社に発令した文書「禁制」の公開のほか、記念講演会や初回放送のパブリックビューイングなどが行われた。
 講演会などの前にはライブペインティングがあり、高橋さんが180㌢四方の和紙に墨で「麒麟」を約40分かけて描いた。高橋さんは「躍動している麒麟を描きました。大河ドラマで多賀をはじめ滋賀が盛り上がるといいですね」と話していた。作品は町内の業者で保管されているが、一般公開も検討されている。

2020年2月1日土曜日

事故で店舗大破の理容店ヘアーサロン シロー26日に再オープン

 昨年6月の乗用車の衝突事故で店舗が大破した彦根市小泉町の理容店「ヘアーサロン シロー」が改築されて、1月26日に再オープンした。店主の北川清朗(しろう)さん(69)は「なんとか再開できそうで良かった」と安どの表情を見せている。
 北川さんによると、昨年6月29日午前1時20分ごろ、十代の男性が運転する乗用車が約30平方㍍の店舗敷地の半分ほどまで横向きで突っ込む事故が発生。入り口が破壊され、店内の理容用品が破損したほか、ガラス破片が裏手の母屋や車庫まで飛ぶなどの被害が出た。
一時は「廃業」も
店内リニューアル
 事故発生時、北川さんは店内のトイレを利用していたといい「衝突音にびっくりしたが、扉が閉まっていたのでけががなかったので良かった」と当時を振り返った。事故後、一時は廃業もよぎったが、「昭和52年から営業してきて、最低でも75歳まではやろうと思っていた。時間の経過に伴ってもう一度、店をやりたいという思いが強くなっていった」と語り、奥さんの一美さん(67)も「最後は夫の決断に任せた」と説明。以降は保険会社などとの協議を重ね、昨年1127日から改装工事に入った。
 新しい店では入り口や内装のほか、理容いすやシャンプー台などをリニューアル。北川さんは「約7カ月の休店でお客さんが離れたかもしれませんが、戻ってきてもらえると期待して、休店前通りのサービスを提供したい」と笑顔を見せていた。
 営業時間は午前9時から午後6時半まで。休店は月曜、第1・第3火曜。3台分の駐車場あり。問い合わせは同店☎(24)2101。

上岡部町の古民家で県立大生と親子連れ交流、かみおかべ古民家活用計画 SLEEPING BEAUTY

 彦根市上岡部町の古民家で26日、県立大学生と地域の親子連れが交流する「古民家節分パーティー」が行われた。
 県立大学は上岡部の築約140年の空き家を活用して地域交流をしようと、2011年に「かみおかべ古民家活用計画 SLEEPING BEAUTY」を立ち上げ、以降、地域住民と交流イベントを開いている。
 今年の節分パーティーには県大生5人、留学生3人、子ども9人、母親5人が参加。恵方巻を一緒に作った後、子どもたちがはしで豆をつかんで移すゲームやビンゴゲームを学生たちとして遊んだ。
 同グループ代表で県立大環境科学部2年の藤原未羽さん(20)は「春からこの古民家で住むので、シェアハウスも検討したい。これからも地域の皆さんと色んなイベントを企画したい」と意気込みを語っていた。

2020年1月30日木曜日

新しいひこね地域おこし協力隊員に小林由季さん就任

 新しい「ひこね地域おこし協力隊員」に、小林由季さん(30)=埼玉県所沢市=が就任。20日に仮庁舎で委嘱式が開かれた。
 地域おこし協力隊は都会に住む人たちが地方に移住し、地域振興に貢献する取り組みで、彦根市は2011年1月から導入。16年からは移住に関する情報発信や移住希望者の就労支援などをする「移住コンシェルジュ」としての地域おこし協力隊を任命している。
 小林さんは地域おこし協力隊員として5代目、移住コンシェルジュとして2代目。昨年7月6日に東京都内で開かれたフェア「移住・井戸端会議」を訪れた際、前任の久保さゆりさんと出会ったのを機に彦根に関心を持った。翌月に彦根を訪れ、久保さんと2日間、自転車で市内を散策。彦根に魅力を感じ、地域おこし協力隊へ応募した。
 彦根の印象について、小林さんは「どこからも彦根城が見え、城に見られている雰囲気がある」と第一印象を紹介したうえで「市街地には昔ながらの商店街があり、私が暮らしたかった街並みで、いいなと感じた」と述べた。
 小林さんは専門学校卒業後、アクセサリーやイヤモニターなどものづくりに就いていたため「彦根には仏壇など伝統工芸があるので、体験したい」と意欲を見せ、市民に向けては「関西に住むのは初めてなので、外国に来た感じ。優しく、色んなことを教えてほしい」と笑顔で語っていた。
 委嘱期間は今年3月31日までだが、年度ごとに更新され、最大3年間まで延長できる。

2020年1月23日木曜日

彦根市立病院産婦人科6月15日以降休止

 彦根市立病院は14日、産婦人科の医師がいなくなるため、5月1日以降の分べんと6月15日以降の外来診療を休止すると発表した。これまで分べんの休止はあったが、産婦人科の休止は旧市立病院を含め初めてだという。
 市立病院の産婦人科には正規の医師1人と滋賀医科大学から派遣されている非常勤医が4人おり、年間100件程度の分べん実績がある。
 市立病院によると、2018年3月改定の県保健医療計画で、県内の周産期医療体制がそれまでの7つの保健医療圏から湖東・湖北地域を含む4ブロックに区分。各ブロックで医療資源を集約する形になるため、その集約化が原因で滋賀医科大学からの非常勤医が4月末までに順次、派遣されなくなる。非常勤医の派遣中止に伴って、正規の医師も6月末で退職するため、診療継続が困難になった。

「医師確保に努力」
一時は4人体制
 昨年6月時点での県の調査では、彦根市内の神野レディースクリニックが経営する2カ所の医療機関での分べん受け入れ可能数の年間1200件のうち、その実績は年間900件程度だという。市立病院の担当者は「市立病院の産婦人科での分べんを休止しても、民間の医療機関でカバーできる体制にあるが、医師を確保して診療再開できるよう最大限、努力していく」としている。
市立病院では2007年4月に産科医が4人から1人になり、分べんを中止。翌年2月に院内助産所を開設するなど対応してきた。1512月に男性医師2人が着任し、8年ぶりに分べんを再開。16年9月には女性医師が就き、4人体制になったが、18年2月までに3人が退職し、1人体制になっていた。
 市立病院での分べんの取り扱い件数は産科医が4人いた2006年度が525件だったが、1人体制になった翌年が0件となり、以降も14件~41件で推移。その後は16年度102件、17年度90件、18年度100件となっていた。

2020年1月19日日曜日

中国の画家・蔚国銀さん「彦根の街並み好き」

 数年前から彦根の街並みを描いている中国の画家・蔚国銀(イ・コクギン)さん(57)に彦根の魅力などを聞いた。通訳は梅井茉実香さん(26)=西沼波町=が担当した。

彦根城や芹川沿いなど描く
 蔚さんは2016年夏、滋賀大学に留学していた元教え子に会いに初めて彦根を訪れた。以降も彦根を訪問するたびに市内の町並みを描き、昨年11月末には彦根市民会館で作品展を開催。彦根城の風景や旧城下町の街並み、芹川の堤防沿いなど市内を描いた作品と、中国から持参した作品を展示し、市内外の多くの来館者が観覧した。
 彦根の印象について蔚さんは、「創作活動をしていると市民や観光客の皆さんが声をかけてくれることがうれしい」と笑顔を見せながら「街と自然が両方ある風景と街並みが好き。人間味もある。自然や人間味のある街並みは中国のチベットのようだ」と述べた。

今年も来日予定「声かけて」
 彦根では彦根城や玄宮園のほか、琵琶湖や芹川、夢京橋キャッスルロード、滋賀大周辺などで創作活動をした。蔚さんは「彦根はお城を中心に文化があり、画家をはじめとした芸術家にとって文化のある場所は心地がいい」と説明。今年以降も彦根を訪問する意向を示したうえで「米原や長浜の風景も描いていきたい」と意気込みを語った。
 髪型が特徴的だが、蔚さんは「アインシュタインやヴェートーベンみたいでしょ」と笑みを浮かべながら「存在感を示すためだ」と解説。日本語はほとんど話せないが、「漢字で交流できるし、街中で私を見かけた時は是非とも気軽に声をかけてほしい。創作中でも構いません」と話していた。
 彦根市日中友好協会事務局長の北村忠雄さん(62)=長曽根町=は「蔚さんは中国では実力派の高名な画家。本当に彦根が好きな方で2020年以降も来てくれると思います」と語っていた。
 【蔚国銀】中国で著名な美術大学の西安美術学院油絵科などで油絵を学んだ後、中国人民解放軍芸術学院や中央美術学院で洋画の技法を研究。中国各地の風景や民族衣装を着たチベット人などを描き、中国美術館や首都博物館など中国国内64カ所で作品を展示してきた。中華人民共和国成立60周年全軍美術展優秀賞、建軍八十周年全国美術展第三等賞などを受賞している。中国美術家協会会員、同創作センター委員を務める。

少年少女の成長見守る若者団体・彦根BBS会キックオフイベント教禅寺で

 少年少女の相談相手など成長を見守る若者団体「彦根BBS会」のキックオフイベントが18日に長曽根町の教禅寺で行われた。
 BBSはBig Brothers and Sisters Movementの略称。少年院など施設から出てきた保護観察中の少年少女らに、20代や30代の若者が兄姉のように接して非行の無い社会環境を築こうと、全国各地の市区町村や大学に約500団体のBBS会がある。
 会員は少年少女たちと一緒に遊んだり、非行防止の啓発活動をしたり、必要な知識を習得したりする。彦根BBS会は2018年5月に結成され、滋賀県立大学のサークル「県大ファーム」の学生2人を加え、現在は社会人4人と学生3人が会員。

もちつきやライブ
教禅寺で18
 キックオフイベントは午前11時~もちつき、午後0時半~書道パフォーマンス、同1時~Cocoroさんのライブ。カロムやビリヤードでも遊べる。副代表で教禅寺住職の青柳円慎さん(31)は「老若男女や地域関係なく、誰でも自由に来て交流してほしい」と来場を呼びかけていた。子どもの参加無料、大人100円。問い合わせは教禅寺☎(23)8432。

2020年1月16日木曜日

彦根市俳遊館が閉鎖

 彦根市は7日、本町の市俳遊館を8日から閉鎖すると発表した。俳遊館は俳句教室や彦根ボランティアガイド協会の拠点として活用されており、市の突然の閉鎖発表に利用者から動揺の声が広がっている。
 建物は1923年(大正12年)に木造2階建て延べ263平方㍍で建設。滋賀中央信用金庫の前身の彦根信用組合の本社として、66年(昭和41年)に本社が移転するまで活用された。96年(平成8年)から俳遊館になり、3年後に市所有になった。2011年12月には市景観重要建造物になっている。
1階が俳句作品の展示や森川許六ら俳人の紹介コーナー、2階が市ボランティアガイド協会(会員85人)の事務所になっており、2006年4月以降、同協会が指定管理者として施設を運営している。一昨年4月には22年3月まで4期目となる指定管理者の契約を市と結んでいた。

「俳句人気維持を」
館長ら存続求める
 市は昨年10月末から耐震診断を行い、約1カ月後に建物の耐震性に問題があることを把握。12月上旬に同協会に報告し、市内部で対応を協議。来館者への安全性を考慮し、閉鎖を決め同協会に知らせた。
 今後の方針については「ボランティアガイド協会の会員や有識者らと協議して決めたい」としている。同協会の宮下哲会長(73)=平田町=は「古い建物のため致し方ないが、耐震工事をしていただき、再開してほしい」と話している。
俳遊館では9団体の句会が教室を開いており、市内外から60人が受講している。﨑山慶男館長(72)=京町=は「俳句の人気を絶やすことがないよう、拠点として残してほしい。(休館中の)代替場所も検討する必要がある」と語っている。


2020年1月15日水曜日

明智光秀出身説残る多賀町佐目を歩く

 来年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公の明智光秀。明智家発祥の地とされる美濃地区(岐阜県南部)や光秀が坂本城を築いた大津はゆかりの地として有名だが、多賀町佐目(さめ)地区の出身説も昨年から広まりつつある。本紙の山田貴之記者が昨年11月末、佐目地区を訪れ、光秀伝説が残る地を散策した。

 国道306号線で彦根から多賀へ向かい、多賀交差点を多賀大社とは逆の方向に左折。そのまま10分前後走ると、建築業「マルト」の本社が出迎えてくれる。ここからが民家106戸(昨年1月時点)に202人(昨年12月1日時点)が住んでいる佐目地区になる。
 記者はまず、マルトを訪れて社長と奥さんにあいさつ。そこから再び山方面に向かい、簡易郵便局、商店、旧法蔵寺を過ぎると、最初の駐車場がある。その周辺一帯が、光秀が暮らしていたとされる中心地だ。

屋敷跡に住民手作りの休憩所 
 最初の駐車場のすぐそばには「十二相神社」と記された石碑と大きな鳥居が建っている。
 鳥居をくぐり、数軒の民家を過ぎると左手に空き地が見えてくる。ここが光秀が住んでいたとされる「明智十兵衛口伝の地 十兵衛屋敷跡」だ。十兵衛屋敷跡と木製看板の隣には、地元住民たちが作った木造の休憩所または展示スペースがある。また、光秀の佐目出身説が記されている江戸時代の文献「淡海温故録」の説明看板も建っている。

光秀遊んだ?十二相神社
樹齢500年の杉の木 堂々と
 記者が十兵衛屋敷跡に伺った際には、地元団体「佐目十兵衛会」の西河仲市さん(71)に出会い、そこから一緒に十二相神社へ向かった。参道を抜けると、左手に室町時代以前の地蔵が残るという地蔵堂があり、巨大な杉の木が左右に規則正しく2本ずつそびえ、その奥に本殿が見える。西河さんによると、十二相神社の正確な記録はないものの、明智家とゆかりのある美濃の岐阜県海津市南濃町にも十二相神社があり、明徳元年(1390年)に佐目から分社された記録もあるという。また同神社は江戸時代、十二相権現社と呼ばれていたらしい。
本殿の扉には戦後に12個の電灯を使ってひし形で作られた「十二の灯火」が設置されており、夕方になると点灯されるという。記者が参拝した際は午前だったが、西河さんに特別に点灯してもらった。
ご神木の杉に関する記録はないが、滋賀県緑化推進会によると、樹高約35㍍、幹回り約640㌢、樹齢は推定500年だという。光秀が毎日のように杉の木を眺め、この地を遊び場にしていたかもしれないという想像を膨らませながら、幻想的な本殿に手を合わせて十二相神社を後にした。

「神さん池」と「見津家」
次に向かったのが光秀が掘ったとされる井戸「神さん池」。この井戸を守るように地蔵が数体ある。記者が写真撮影をしに行った際、近くにいた地元の女性2人によると、「神さん池を使う時は光秀さんに感謝するように」との言い伝えがあるという。
佐目地区には当時、光秀の光から譲り受けた「見津」と書いて「けんつ」と呼ぶ5軒の一族がいて、現在も見津新吉さん(72)ら4軒が十兵衛屋敷跡の近くに居を構えている。この4軒の間に神さん池がある。
 記者が佐目地区を訪れた日は、県内の山城跡をリレーでのろしをあげる「琵琶湖1周のろし駅伝」の開催日だった。そのため、近江八幡観光物産協会のおもてなし武将隊から明智光秀と蒲生堅秀が甲冑姿で参上。十二相神社や十兵衛屋敷跡で記念撮影に応じていた。
 最初の駐車場から三重方面に200㍍ほど行くと大きめの駐車場がある。
 そこから階段を上ると、左手に「クマ出没注意!」の看板が建っている。少し勇気を出して、樹木が生い茂った山道をしばらく歩くと、高室山への登山口と「戦国武将も通った古道」の分かれ道がある。そして古道の方へ進むと、十二相神社につながっていることがわかり、400年以上前の時を感じながら古道を往復し帰路についた。

(写真=本能寺の変後に光秀が発令した「禁制」(多賀大社所蔵))
本能寺後 光秀発令の「禁制」
多賀町立博物館で企画展
 多賀町などは今月11日から町立博物館で、企画展「明智光秀と戦後の多賀」を開いている。
 光秀が織田信長を討った本能寺の変の4日後に多賀大社に発令した書物「明智光秀禁制」や、多賀出身説を記した淡海温故録、織田信長朱印状、羽柴秀吉書状などのほか、佐目地域に残る光秀ゆかりの地をすべて写真パネルで紹介する。
 2月1日午後1時半からは同館で、学芸員の本田洋さんの事例報告「光秀に味方した犬上郡の武将」と、県文化財保護協会の大沼芳幸さんの講演「諸説あり『奇々麒麟』本能寺の変を近江的に分析する」がある。先着80人、申し込みは21日から受付開始。
 企画展の開館日時は2月15日までの午前10時から午後6時(土日のみ午後5時)まで。観覧無料。休館は月曜、第3日曜、祝日、最終木曜。問い合わせは同館☎(48)2077。

歌舞伎役者目指す宮川孝太君

 彦根市立城東小学校3年生の宮川孝太君(9)=城町1=は米原曳山まつりの子ども役者を務めている。歌舞伎をもっと習うため毎月3回、稽古のため上京しており、将来の夢に「歌舞伎役者」を掲げるほどのめり込んでいる。
 
米原曳山まつりで役者務める
 米原に住む知人から母親の知子さん(48)に子ども役者への着任依頼があり、宮川君は1年生終了後の春休みから米原で稽古を開始。米原曳山まつりの松翁山組に所属し、2018年5月に石川県小松市で開かれた全国子供歌舞伎フェスティバルに女性役で初めて出場した。
 宮川君は「最初は女性役が嫌だったけれど、周りのみんなが励ましてくれて、がんばろうという思いが強くなり、嫌な気持ちが無くなった」と説明。振付の市川団四郎さんからは「一回教えたらすぐに覚える子」と高評価を受け「孝太ファンになった」という。

月3回 東京のスクール通う
 18年の曳山まつりでは女性役だったが、昨年は男の禅師坊役を演じた。宮川君は「歩き方などに男女で違いがあり、最初はふらふらすることもあったけれど、乗り越えていくとすぐに面白くなった」と解説。歌舞伎の関連本を10冊以上読み、歌舞伎のテレビ番組も見ているといい「歌舞伎にはさまざま演目があり、色んな役がある。仕掛けも面白い」とその魅力を明かした。
 「歌舞伎のとりこになった」という宮川君は「さらに極めたい」との思いから昨年、東京都中央区の「こども歌舞伎スクール寺子屋」に応募。全国各地の小学1年から4年生の応募者数百人から選ばれた12人の中に入り、毎月3回の日曜日に通学している。宮川君は「講師の方は厳しい時もありますが、びしっとしていてとてもかっこいい。習うたびに(歌舞伎役者に)なりたい思いが強くなる」と話す。

仏像好きで「医師にも興味」
 歌舞伎のほかにピアノや水泳、野球も習っているが、「それぞれ、リズム感、腹式呼吸、体幹の面で歌舞伎に役立っている」と紹介。また宮川君は幼少期のころから仏像が好きで「(幼児のころは)薬師如来になりたかった」という。その実現が無理だと知った現在は「人間界の薬師如来にあたる医師にもなりたい。楽しくてしょうがない歌舞伎役者か医師か迷っているところ」と笑顔を見せた。
 宮川君の祖父は永樂屋の宮川孝昭さん(75)。知子さんは「彦根仏壇という伝統産業の家に生まれ、伝統文化や伝統芸能に興味がある子を持ち、母親として幸せな気持ち。どの道を選ぶかは本人に任せる」と述べた。
 最後に宮川君は「将来はまじめで、正直で、何事にもあきらめない大人になりたい。みんなにほめられる人にもなりたい」と抱負を語った。

2020年1月13日月曜日

河瀬地区「まちぶら」に記者同行

 彦根市の河瀬地区の寺社を親子連れで歩く「かわせスタンプラリー“まちぶら”』が開かれ、本紙の山田貴之記者も同行した。主な寺社を紹介する。

普賢寺 広野に昭和初め建立
 河瀬地区は歴史ある昔ながらの地域と新興住宅地が混同しており、児童数も増加傾向にある。河瀬学区社協は地元の歴史的な場所を子どもや親に知ってもらおうと「まちぶら」を企画。幼稚園から河瀬小5年生の18人を含む42人が参加し、約5㌔を約3時間かけて歩いた。
 河瀬地区公民館をスタートし、まず向かったのが広野町の普賢(ふげん)寺。長年、広野には寺がなかったが、全国水平社の部落解放運動の中で昭和6年(1931年)に建立。一時は保育所(後のふたば保育園)としても使われていた。境内には親鸞聖人像が建つ。
 2カ所目は広野町の春日神社。巨大なケヤキの神木が立っており、地元の盆踊りの際に賑わう。昔は相撲も行われていたという。

国府君神社 行願寺 月通寺
 3、4カ所目は犬方町の国府君(こうのき)神社と隣接する行願(ぎょうがん)寺。国府君神社は672年の壬申の乱で拉致された大海人皇子(後の天武天皇)が阿自岐(あじき)村の六人衆に救出され、犬上川南岸にかくまわれた。天武天皇の没後に皇后が持統天皇として即位した際、夫をかくまった宝殿に同神社名をつけたとされる。
 行願寺は、天台宗の行願という僧が普賢菩薩を本尊に812年に創建。火災や浄土真宗への改宗を経て現在に至る。
 5カ所目の葛籠町の月通寺は真言宗の寺院。本堂には奈良時代の僧・行基が彫像したという地蔵菩薩が安置。山門前の石碑に記された「不許酒肉五辛入門内」は「酒や肉、ニンニク、ネギ、ニラ、アサギ、ラッキョウの入門は許さない」という意味。江戸時代に禅宗の地福寺と称されていた名残だ。

足利家の子弔った「産の宮」
 6、7カ所目は葛籠町の若宮八幡宮「産の宮」と了法寺。南北朝の争乱時代の文和5年(1356年)、足利尊氏の子・義詮が京都への帰還途中、同行していた妻が産気づき、この地で出産。野村、高橋、小沢らの家臣9人を残したが、生まれた男子は幼くして亡くなった。家臣たちは竹と藤蔓(ふじづる)で作った葛籠を生産するようになり、この地に一社を建てた。現在は安産祈願の参詣者が多いという。
 義詮の妻は産んだ男子の死去後、悲しみのあまり髪を下ろして醒悟比丘尼(せいごびくに)と称して一庵(松寺)を建てた。その松寺は度重なる戦火で焼失したが、醒悟比丘尼の位牌は了法寺に安置。毎年正月11日に家臣の末えいの家で祭礼が行われる。了法寺は天文8年(1539)に貞安上人が織田信長の保護を受けて開山した浄土宗の寺。

井伊直通の元近侍の塾跡
 最後の8カ所目は松雨亭(しょううてい)跡。彦根藩士・澤村家に生まれた澤村琴所(きんしょ)(1686~1739)が1719年頃に案内板がある地の約70㍍西側に開いた塾。琴所は14歳で彦根藩主五代・直通の近侍(きんじ)に登用され、宋学や古学を学んだ。32歳の時に松雨亭を開塾し、近隣の村人たちに農業振興や社会政策の改善を教えた。高宮町の徳性寺に墓碑がある。
 「まちぶら」を終えた後、河瀬小2年生の井上由奈さん(8)は「色んなことを知れて楽しかった」と笑顔を見せた。河瀬学区社協会長の小林伊三夫さん(67)は「子どもたちにも楽しんでもらえたのでは。これからも世代を超えた交流ができる企画をしていきたい」と話していた。
 (※各寺社の説明は河瀬地区社協の配布文や現地の案内板に基づきます)。

2020年1月11日土曜日

彦根城の管理とひこにゃん運営4月~近畿ツーリスト関西に

 彦根市は、今年4月1日からのひこにゃんの運営を含む彦根城と彦根城博物館の管理業務の委託先が近畿日本ツーリスト関西(大阪市)に決まったと発表した。今月中にも契約を締結し、締結日から3月31日まで運営準備期間として近ツーの社員が業務につく。
 彦根城は昭和19年(1943年)以降、市が管理している。地方公務員法の改正に伴って彦根城などの運営費が増加する見込みのため、彦根城で働く臨時職員の人件費などのコスト削減と民間ノウハウを活用した入山者の増加を目的に民間委託を決定。
昨年10月以降、企画提案後に選定していくプロポーザル方式で公募し、応募のあった3団体が提出した書類などを、市内部3人と学識者ら外部4人の審査会が彦根城の17項目、彦根城博物館の7項目について一人合計200点で審査。その結果、1400点満点のうち近ツーが次点に10点差の1051点で1位となった。
市が昨年9月議会時に示した来年度から3年間の上限の見込み額は、人件費や運営費、誘客対策費、自主事業費、ひこにゃん経費、ほかの関連経費で彦根城が8億6006万円、彦根城博物館が7170万円。

彦根の団体は3位
「ワンチーム」ならず
彦根の2団体で組織した「コンソーシアム彦根」は957点で3位だった。その一員でひこにゃんを運営している日本ご当地キャラクター協会(彦根市大薮町)代表理事の荒川深冊さん(49)は「彦根の観光を一つにして、地元の人間による『ワンチーム』で盛り上げようとしましたが、やはり大手企業のプレゼン力には勝てなかったようで」と残念がった。
市は民間委託により、90万人の入山者数を目指すとしている。近年では彦根城築城400年祭があった平成19年(2007年)が84万9056人だったが、イベントがない年は昨年度が72万2916人など70万人台で推移しており、近ツーが目標達成に向けてどのような戦略を立てるのかが注目される。


現代の名工 松林良蔵さんインタビュー・鋳物製造業マツバヤシ会長

 卓越した技能者として厚生労働大臣が表彰する現代の名工に昨年、彦根市八坂町の鋳物製造業「マツバヤシ」会長の松林良蔵さん(68)=中薮2=が鋳込(いこみ)工の分野で選ばれた。松林さんにこれまでの取り組みや今後について聞いた。

独自技術を考案した鋳込工
 同社は昭和24年(1949年)9月に設立。松林さんは関西大学工学部鋳造工学科を卒業した後、機械部品業の大手会社に入社。父親の体調不良のため24歳で帰郷してマツバヤシに勤務したが、その約5年後にバブルが崩壊した。
 40年以上前の当時は9割以上が水道用バルブの部品製造だったが、松林さんは機械やポンプ、電気など各業界を営業で駆け回り、業種ごとに異なる形状の鋳物を独自で作るようになった。現在の取引先約40社のうちほとんどが加工品だ。
 鋳込工は溶かした金属を鋳型に流し込んで鋳物を作る技術者。松林さんは、鋳物の材料として一般的に使われる珪砂(けいしゃ)だけでなく、金属を溶かした熔湯(ようとう)を急速に冷やし、人口砂などを要所に使う手法を生み出した。この技術は消防自動車などのポンプの部品に採用されており、ポンプ性能の向上化に貢献している。
 現代の名工に選ばれた松林さんは「基礎的なことをコツコツと積み重ねてきた結果だと思う」と話していた。

「創造と挑戦」「後継者育成も」
同社には松林さんのほか、長男の松林克蔵社長(39)や三男の松林正樹専務(36)ら7人の技能検定1級技能士がいて、レベルの高いニーズに応える設備や技術を有している。平成2110月には、関西大学や県東北部工業技術センター、同社などが鉛を使わない銅合金の鋳物「ビワライト」を産官学の連携で開発。現在も国内外から注目を集めている。
 技術力を後世に伝えるため、これまで作ってきた図面や設計などすべてをデータ化で残している。同社には企業や団体が技術を見学しに訪れているほか、松林さんにはものづくりマイスターへの就任依頼もあるという。
 松林さんは「オファーがあれば、技術について教えていきたい。会社としても社是の『創造と挑戦』の通り、これからも新たに創造しながら、何事にもトライしていきたい」と抱負を語った。

元日号パズルの答え


2020年1月9日木曜日

外国人が日本の社会問題討論 にほんご教室JUMP

 彦根市内で暮らす外国人たちがさまざまな課題やテーマに沿って討論する「グローバル ディベート大会in彦根」が、アルプラザ彦根6階で開かれた。
 彦根ユネスコ協会が主催し、同協会内の子どもにほんご教室JUMPの指導員が運営して開催。さまざまな国の外国人が登場し、日本の社会問題になっている課題について日本語で討論した。

言葉か習慣、どちらが大切?
 最初は「日本で住むために大切なこと」をテーマに、モンゴルのタニヤ・ボロルさんが「言葉」、インドのラマリンガム・ラムヤさんが「習慣」の立場で討論。ラムヤさんは「日本にはごみの分別や学校給食などの習慣があることを知った。日本人と同じように習慣を守ることで、仲良くなれる」と主張。ボロルさんは「日本語を覚えることで生活も楽しくなる。やはり言葉の方が大事」と述べた。

高齢者介護は在宅か施設か
 「高齢者介護は在宅か?施設か?」については市内の介護施設で働く中国人の実習生4人が参加。チョウ・イッケイさんとタイ・カヨウさんは在宅介護の立場から「施設では家族と100%同じような気持ちにはなれない。施設だと費用もかなりかかる」と説明。一方で、フウ・サンさんとショウ・ギョウカさんは施設介護の立場から「施設だと24時間365日、見守ることができる。自宅で一人で亡くなることもあり、その時は家族もつらくなる」と解説。結論として、在宅側は「本人の意思が一番大事で、施設での介護はやはり大きな費用がかかる」とし、施設側は「職員の知識と技術に専門性があり、家族も安心して仕事ができる」と述べた。

男性の育児休暇は必要か
 「育メンについて 男性の育児休暇は必要か否か」については、いずれもベトナムのグエン・クアン・ヴーさんとホ・チィ・ウェウ・ハンさんが「必要」、いずれも中国国籍で滋賀県立大学大学院2年のソン・キチチンさんと聖泉大学4年のフヨさんが「不必要」の立場で登壇。ヴーさんとハンさんは「育児休暇は先進国では当たり前。仕事において男性と女性は平等にするべきだ」と語った。ソンさんとフさんは「中国では子どもを両親に預けている。育児休暇をとったとしても男性が家事をするとは思えない」と話した。結論として、「必要」側は「仕事が忙しいから育児休暇がとれないというのは言い訳。二人の子どもなのだから、育児も分担して行うべきだ」とし、「不必要」側は「育児休暇は日本に定着しておらず、妻の方が家事に慣れている。両親に預ける方法で良いのでは」と述べた。

中国人が十二支の意味解説
 ディベートの合間には外国人のスピーチもあり、そのうち中国人のゲン・シンさんは「十二支の意味」について説明。
 十二支が誕生した時代、中国では「子(ネズミ)と丑(ウシ)」「寅(トラ)と卯(ウサギ)」「辰(タツ)と巳(ヘビ)」「午(ウマ)と未(ヒツジ)」「申(サル)と酉(ニワトリ)」「戌(イヌ)と亥(イノシシ(中国ではブタ))」での「競争があった」と解説。
 「勤勉なウシと頭脳明晰なネズミ」「勇敢なトラと慎重なウサギ」「頑強なタツと柔軟なヘビ」「まっすぐなウマと協調性豊かなヒツジ」「適用能力があるサルと努力家のニワトリ」「まじめなイヌと気楽なブタ(イノシシ)」と紹介。そのうえで「昔の人もそれぞれの特徴が大切だと考えていた。現代の人にも通じる教えだと思う」と語った。

子どもにほんご教室JUMP
 子どもにほんご教室JUMPは、外国とつながりがある子どもたちの支援活動をしている。
 市内の教育機関の教員や通訳者ら13人が毎月第1、第3、第4の土曜日午前にアルプラザ彦根6階で教室を開講。外国につながりがある幼児から生徒までの日本語と教科学習、保護者の日本語学習を支援している。
 代表の江畑美津子さん(64)=城町=は「ボランティア教師の研修を充実させて、これからも質の高い支援をしていきたい」と話している。

2020年1月2日木曜日

華道・翠香流 彦根城博物館前に大生け花制作、ひこにゃん手伝い

 正月を前に華道・翠香(すいこう)流が12月26日、彦根城博物館の入り口前に「大生け花」を制作。ひこにゃんも手伝った。
 翠香流は正月のしつらえとして、毎年この時期に生けている。今年は家元の御代翠萌(みよすいほう)(本名・麻理子)さん(46)と門人6人が約2時間かけて制作し、終盤にはひこにゃんも加わった。
 今年は竹を4㍍四方で囲んだ「結界」の中に、彦根城内の竹や梅、ツバキのほか、松ぼっくりなど計6種類を使って「望」をテーマに高さ2・5㍍で表現。来年の干支のネズミや五輪のマークをイメージした作品も取り入れた。
御代さんは「天皇陛下が即位され、令和になった。子も干支の最初でまさにスタートの年。新しい年にふさわしい作品を仕上げました」と話していた。展示は新年1月15日まで。