2019年2月19日火曜日

十王の水、交通事故の影響でわき水出なくなる

 環境省選定の名水百選になっている彦根市西今町の「十王の水」(地元では十王村の水)が7日夜以降、出なくなっている。交通事故の影響でわき水をくみ上げる電源装置の損壊が原因だという。
 十王の水は犬上川の伏流水で、江戸時代から五個荘の清水ケ鼻の水、醒井の水と共に湖東三名水の一つとして知られてきた。1985年に名水百選になったが、88年ごろからの周囲の大規模工事などで枯渇したため、地元住民らが「十王村の水保存会」を設立し、地下約70㍍からポンプで引き上げる方法で復活。市も電源装置を設置するなどの支援をしてきた。
 彦根署によると、7日午後9時50分ごろに西今町南の交差点で自動車2台が出合い頭で衝突する事故が発生。その弾みで電源装置にぶつかったとみられ、事故以降、地下水が引き上げられなくなったという。
 市は翌日朝に現場を確認。保存会の地元住民から「市民をはじめ、市外からわき水をくみに来る人も多くいる。水中にはコイもおり、早急に修理してほしい」と要請を受けた。担当課の職員は「物損事故が影響しているため、保険会社に早急な対処を要請している。連携をとって復旧に努めたい」としている。

長松院で小学生と留学生とが交流するTERAKOYA(寺子屋)

 彦根市中央町の長松院(手塚紀洋住職)は6日から、小学生とミシガン州立大学連合日本センターの留学生とが交流する「TERAKOYA(寺子屋)」を開講している。
 留学生に日本文化と日本語を、子どもたちに異文化と英語に触れる機会を提供しようと企画。留学生からはセントラルミシガン大学3年のジェイ・ケンドリックさん(20)を招いた。
 6日は市内の小学生8人が参加。宿題をした後、本堂内の畳上にテープを貼り付けて約2㍍50㌢四方の巨大オセロ盤を製作。事前に段ボールで作っておいた直径40㌢の白黒の駒36個を使って、ジェイさんに教えながら2チームに分かれて一緒に対戦した。夕食のカレーを食べた後も、英語でオセロをしたり、クロスワードクイズをしたりして楽しんでいた。
 ジェイさんは「日本人の子どもたちは優しく、みんな勉強熱心ですね」と話し、城東小6年の平井竣君(12)は「ジェイさんは賢そうで、一緒に遊べて楽しかったです」と笑顔を見せていた。
 次回以降は13日がトランプ、20日が巨大すごろく、27日がジェスチャーゲーム、3月6日が巨大カルタ、13日がカロム、20日が折り紙、27日が言葉あそび。いずれも午後4時半~同7時半。食事代500円。食事のメニューは日で異なる。
 手塚住職は「外国人と会った時に物おじせず、国際的に活躍できる大人に成長してほしいとの願いを込めて企画しました」と参加を呼びかけている。申し込みは長松院☎(24)3225。

2019年2月16日土曜日

平田町の幼児宅にジャンボ~ル三世がサプライズ訪問

 彦根市平田町の北川志帆ちゃん(2)宅に3日、富山県下新川郡入善町のキャラクター「ジャンボ~ル三世」がサプライズ訪問した。
 ジャンボ~ル三世は入善町の特産品の入善ジャンボスイカをモチーフに平成25年誕生のキャラ。頭に王冠をかぶり、ベルトにはKINGの文字を記している一方、あどけない表情とのギャップが人気だ。
 志帆ちゃんは昨年10月21日のご当地キャラ博in彦根でジャンボ~ル三世に出会ってファンになり、「また彦根に来てね」とのメッセージを添えて年賀状を出した。入善町では3年前から年賀状から抽選で1通を選んで、差し出し人の自宅を訪問しており、今年は38通の中から志帆ちゃんが当選した。
 ジャンボ~ル三世が自宅の玄関前に登場すると、志帆ちゃんは恥ずかしそうにしながらもジャンボ~ル三世に触れて笑顔を見せていた。記念撮影後、ジャンボ~ル三世からの「いっぱい食べて、遊んでわしのようにジャンボになるのじゃぞ」と記したメッセージが読まれ、ぬいぐるみやスイカの果汁を使ったドーナツ、町花のチューリップがプレゼント。受け取った志帆ちゃんはイラストやメッセージ入りのはがきを手渡しした。
 父親の耕史さん(33)は「今度は富山でジャンボ~ル三世に会いたいですね」と話していた。

井伊直弼自筆の和歌集・桺廼四附(やなぎのしづく)の影印本と翻刻本が完成

 井伊直弼自筆の和歌集「桺廼四附(やなぎのしづく)」の原版を複製した影印本と現代語訳した翻刻本が完成。7日、翻訳した彦根市芹橋2丁目の元中学校教員・小田輝子さん(92)らが報告のため市長を訪問した。
 桺廼四附は直弼が15年以上過ごした埋木舎や江戸で詠んだ歌を勅選和歌集の形式で編集。上冊が春・夏・秋・冬、下冊が恋・離別・羈旅(きりょ)・祝賀・哀傷・雑之部・物名に分類されており、計1030首以上あるという。和歌の中では玄宮園内に桜があったことなど、あまり知られていない歴史的事実も登場する。書名は直弼が好んだ柳にちなんで付けられ、「桺の雫」とも書く。1冊の大きさは縦24㌢×横16㌢。上冊が124ページ、下冊が96ページ。
 彦根城博物館学芸員の渡辺恒一さんによると「直弼の字は崩し方やゆがみなどクセがあり、また和歌の教養がないと解読が難しい」とされ、桺廼四附の翻訳は専門家でも難しかった。
 小田さんは2004年ごろに桺廼四附を読み、江戸時代のくずし字を解読できる能力と和歌の教養を生かし、数年かけてすべての歌を翻訳。15年9月までに校正を終え、市民有志と出版に向けて調整してきた。また本町の西地区公民館では毎月第一水曜日に「『桺廼四附』解読会」を開いてきた。
 小田さんは一番好きな作品に、直弼が藩主となって初めて帰郷してきた際に民衆が出迎えた様子をうたった嘉永4年(1851)の歌「初めて 国にかへるとき 道のさきさき民ともの あまた出むかひたるを見て・・・」をあげたうえで、「直弼公は国のこと、彦根のことを良くしようと考えていたことがわかる。まだまだ直弼は人殺しというイメージがあるようだが、和歌集からは直弼公の優しい気持ちを感じることができる」と話していた。
 本は2冊セットで6000円(税抜き)。彦根市内の書店で販売している。問い合わせは彦根城博物館☎(22)6100。

2019年2月12日火曜日

山口四郎さん戦国武将の兜作り

 彦根市開出今町の金属プレス加工技能士一級の山口四郎さん(70)は、戦国武将の兜(かぶと)を自宅に設けた工房で作っており、これまでに100頭(かしら)以上を完成させている。
 山口さんは18歳からパナソニック彦根工場で技術者として勤務し、ドライヤーやシェーバーの小型モーターなどを作り、長年の仕事の中で板金などの加工技術を習得した。55歳の時に「定年後は何をしようか」と考えていたころ、野洲市内で兜作りを趣味でしている男性がいるのを知り「虫が騒いだ」という。
 以降、山口さんは男性の元に3回通って、作っている場面を見て学び、58歳のころから仕事の延長戦として兜作りを始めた。定年後は本格的な製作に入り、自宅の玄関に設けた手作りの工房で、ハンマーやペンチなどで厚さ0・8㍉の鉄板を加工。
 戦国武将の甲冑を紹介した雑誌を参考にしたり、実際に展示品を見に行ったりして、本物そっくりに仕上げている。これまでに井伊直政、石田三成の彦根ゆかりのほか、豊臣秀吉、伊達政宗、真田幸村、明智光秀、黒田官兵衛ら著名な武将のかぶとを作ってきた。
 井伊家当主の天衝きや橘の家紋を着けた型、三成の大一大万大吉の家紋を備えた作品のほか、秀吉から家臣に伝わった放射状の形、加藤清正が着用したとされる長烏帽子型、実際の鹿の角を利用した幸村の着用品など独特な兜も作っている。わざとさびをつけて趣深く仕上げた作品もある。
 兜作りの魅力について、山口さんは「同じ武将の兜を作っても、さびの具合など一つ一つ違う雰囲気になります。作り方によって、どの工具を使うべきか考えるのも面白い。頭と手をフル回転するので認知症予防にもなります」と笑顔を見せていた。
 1作品を完成させるのには2~4カ月間かかる。オーダーメイドの注文も受け付けている。今後作りたい兜として、山口さんは徳川家康の兜をあげ「特に徳川の家紋にこだわって、オリジナルの作り方で作りたい」と意気込みを語っていた。
 兜のほか、灯ろうも作っている。米原市と長浜市では教室を開いている。問い合わせは山口さん090(8934)8685。

海洋教育パイオニアスクールプログラムに取り組む彦根市立佐和山小と福井県小浜市立内外海小が交流

 「海洋教育パイオニアスクールプログラム」に取り組む彦根市立佐和山小学校と福井県小浜市立内外海(うちとみ)小学校の5年生が1月29日、佐和山小で交流学習をした。
 同プログラムは笹川平和財団海洋政策研究所(東京都)と東京大学海洋アライアンス海洋教育促進研究センターが、子どもたちに海について学習してもらうことを目的に実施。全国各地の採択校が海に関する教育を進めており、「淡海」とも呼ばれ、海とつながりがある琵琶湖を有する滋賀県では佐和山小学校が今年度、唯一採択された。
 隣接する県のため佐和山小の児童81人と内外海小の児童10人の交流が実現。佐和山小の児童たちは、6月15日の近江八幡市の沖島訪問や、6月25、26日のフローティングスクール、9月28日の県立琵琶湖博物館の見学で学んだ内容や外来魚・赤潮など、これからの琵琶湖について3教室に分かれ、寸劇や紙芝居、クイズなどで発表。内外海小の児童たちが各教室を訪れて、佐和山小の児童の話を聞いた後、質問していた。
 その後、全員が集まって内外海小の児童たちがシーカヤックやシュノーケルをした体験談、ハイキングをした際に知った獣害被害、海と山のごみ問題などについて発表。各校が持参した日本海のワカメと沖島のせんべいを試食しながら交流していた。
 内外海小の山下琉希君(11)は「滋賀で暮らす皆さんは琵琶湖を守るために色んな取り組みをしていることを知りました。僕も海を汚さないように心がけて生活したい」と話した。佐和山小の石原咲都さん(11)は「(漁業の)後継者不足など同じ問題があることが理解できました。琵琶湖の水をきれいにすることを色んな人に広めていきたい」と語った。

2019年2月7日木曜日

佐和山小学校に災害時用のマンホールトイレ

 彦根市は佐和山小学校に、災害時用の「マンホールトイレ」=写真=を設けるための整備を市内で初めて行った。
 災害時は断水などでトイレが使えなくなる場合があり、全国各地で下水道管につながるマンホールを使ってトイレにするための整備が進んでいる。
 彦根市は下水道の整備状況や災害時の建物倒壊の危険性などを考え、避難所に指定されている小学校への整備を計画。今年度は災害時の避難者数が約1300人の佐和山小に直径約20㌢のマンホール15基を整備した。排せつ物を下水道の本管に流せるうえ、被災により本管が破損してもバキューム車で吸引できる「貯留型」を採用している。経費は便器やテントなど地上部分約483万円、下水道管など地下部分約961万円で、国が半額補助する。
 市は来年度、平田小と城東小にもマンホールトイレ15基分の整備を行う予定。残りの14校への整備は未定。

外国人観光客のモニターによるテストツアー女性3人が彦根城散策や剣舞体験

 外国人観光客のモニターによるテストツアーが25日、彦根市内であり、3カ国の女性3人が彦根城散策や剣舞体験などをした。
 滋賀県内の農林水産業で新事業の展開拡大を目指し、県内の関連事業者や研究機関による「滋賀県農林水産業新ビジネス創造研究会」が立ち上げたプロジェクト「Norashiga(ノラシガ)」の一環で実施。ノラシガは、外国人観光客の日本文化の体験を通じて、農山村地域での新ビジネスの創出につなげていくことを目的にしている事業。
 今回のテストツアーは研究会メンバーの近江ツーリズムボード(彦根商工会議所内)の主催で行われ、県内外に滞在している米国、ドイツ、ニュージーランドの20歳代の女性3人が参加。彦根駅で自転車を借りて彦根城に向かい、屋形船の周遊、彦根城や玄宮園の散策、北野神社で剣舞体験、政所園で利き茶をした。
 北野神社では侍の格好になって、光粋流の西邑光粋さん=長浜市=の指導を受けながら、お礼の仕方、刀の使い方、扇子の置き方などを習った後、実際に剣舞「川中島」の演舞を体験した。滋賀県立大学に留学しているカルメン・イエーレさん(23)は剣舞の体験後「エキサイティング(刺激的な)」と笑顔を見せながら「彦根の街は古い建物が多く、とても良かった」と話していた。
 今回のテストツアーを経て、外国人観光客向けのツアー企画としての商品化を検討していく。

2019年2月6日水曜日

滋賀の観光イノベーション研究会を設立

 滋賀県を観光形態の変化に対応できる街にしようと、滋賀大学(彦根市馬場)は県内の民間団体と「滋賀の観光イノベーション研究会」を設立。さきごろ、大津市内で最初の会合を開いた。
 観光の形態が文化やアート、デザイン、本物を重視するシフトに変化していると分析。民間レベルで滋賀の観光振興に向けたグランドデザイン(全体構想)をつくり、問題提起と実行支援をしていこうと、近江ツーリズムボード(彦根商工会議所内)や文教スタヂオ(彦根市佐和町)、びわ湖大津プリンスホテル、琵琶湖汽船らの代表者と研究会を立ち上げた。
 研究会の公表データによると▽外国人観光客の訪日前の楽しみは日本食、買い物、景勝地、町歩きで、観光後の次回には温泉、生活体験、スポーツなどを求めている▽滋賀は東京と大阪を結ぶゴールデンルート上にあるが、訴求力が弱く、うまく生かせていない▽滋賀への日本人観光客は50歳代と60歳代が多い▽滋賀への日本人観光客の目的は自然、歴史資源、町並み、琵琶湖が多い―ことなどを紹介。
 また滋賀大が昨年11月に彦根や長浜、大津など県内5カ所で外国人観光客を対象に行ったアンケート調査では、アジアや欧州の20歳代と30歳代の観光客が多く、名所や旧跡、琵琶湖、地域の食を楽しみにしていることがわかった。
 滋賀の観光の課題としては「日帰り客が大半で滞在期間が短い」「外国人に訴求できるコンテンツがない」「外国人観光客の漁業体験の禁止など規制がある」「花火大会などのイベントが経済効果を生んでいない」を指摘した。
 このほか最初の会議では、健康医療と観光の分野をコラボさせた「ウェルネスツーリズム」を取り上げ、高付加価値と中長期の滞在型の観光につながり、移住や定住の導線にもなり得ると提唱した。今後、研究会は2月20日に大津で2回目の会合を開き、3月15日午後2時~彦根キャッスルリゾート&スパで「世界を魅了する滋賀の観光の新たな展望」(仮称)をテーマにフォーラムを開催する。研究会主宰で滋賀大学社会連携研究センター長の石井良一教授は「民間と大学による自由な発想で滋賀のこれからの観光についてのグランドデザインを描いていきたい」と話している。

2019年2月1日金曜日

明智光秀の多賀町佐目出身伝説の講座

 来年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公の明智光秀が多賀町佐目の出身だとする伝説を広めようと、滋賀県教委は20日、多賀町立文化財センターで講座を開講した=写真。
 県教委文化財保護課の井上優さんは「明智家は美濃の国人だったが、光秀の出自ははっきりしない」としたうえで、貞享年間(1684~88)に近江について書かれて井伊家に献上された本「淡海温故録」を解説。▽(多賀町)佐目に明智十左衞門(光秀の父)が住んでいた▽光秀が越前の朝倉家に仕えることを望んだ▽朝倉家を辞して尾張の織田信長に仕官した▽信長への謀反時、多賀、久徳、阿閉(あつじ)ら多賀の武将が光秀に同心した後に没落した―ことが書かれていると説明した。
 現在の佐目に住み、光秀の家臣の子孫だと言われている見津(けんつ)さと子さんに取材した内容として「小学生の時に佐目が光秀ゆかりの地だと聞いた」「見津は本来、光秀から名の一文字を賜った『みつ』と言われたが、隠して『けんつ』と読んだ」などを紹介。本能寺の変後、安土城に入城した翌日に光秀が多賀大社などに発給した禁制についても取り上げた。
 光秀の佐目出身説の真実性については「良質の史料に書かれておらず、史実としては捉えられない」としながらも「佐目にはさまざまな伝承が残っている」「多賀大社の文書に光秀による禁制がある」「本能寺の変時に光秀に味方した多賀氏や久徳氏の拠点に隣接している」などの点から「決して荒唐無稽とは言えない」と結論づけた。
 佐目出身で株式会社マルト取締役の澤田順子さん=彦根市=は佐目地域を取材した結果報告として、光秀の屋敷があったとされる場所に建物が建てられてこなかったことや、城があった可能性がある3つの山などを取り上げていた。
 光秀多賀出身説の講座は県教委の「語り部づくり事業」の3回目として開かれ、彦犬地区を中心に80人以上が受講した。

彦根城の天守前広場で市民がラジオ体操

 彦根城の天守前広場に毎朝6時半から数十人の市民が集まり、ラジオ体操をしている。
 一番乗りを目指し、本紙記者が午前6時過ぎに天守前広場を訪れた際、すでに市民2人の姿があった。そのうち河原2丁目の村川晃司さん(77)=写真=は25年ほど前から、傷病や旅行を除いてほぼ毎日参加。午前4時半に起床し、本町の宗安寺を参拝した後、午前5時半過ぎに登城し、ラジオ体操の前段階の柔軟体操をしているという。
 村川さんは「朝からラジオ体操をすると気持ちがいい。琵琶湖の景色も毎日違いますよ」と笑顔を見せていた。村川さんによると、雨や雪が降る日は少ないものの、平均で30人ほどは参加しているという。記者が訪れた日も約30人の男女が集まり、天守前広場を囲む形になってラジオ体操の第1と第2をしていた。
 参加者の最高齢は中央町の上田孝一さん(89)。70歳代後半から参加しており、「長生きするために登っています。気分が違いますし、『無』の境地にもなれます」と話していた。
 最も若いのは本町1丁目の箕形とも子さん(55)。家族の介護のため3年前に仕事を退職したのを機に出席しており「仕事をしていた時は不規則な生活でしたが、ラジオ体操をするようになって1日のけじめがつき、朝ごはんもおいしい」と語っていた。
 ラジオ体操を終え、村川さんと下山した午前7時前には表門橋前の内堀沿いを散歩していた中央町の大森修太郎さん(79)に出会った。
 大森さんによると、41歳の時に友人と2人で携帯ラジオを持参し、天守前広場で始めたのが最初だといい、一時は「城歩(じょうぶ)会=丈夫にちなんで命名」という市民団体も結成され、市民の間に「天守前でのラジオ体操」の情報が広まったらしい。
 村川さんによると、時期や天候によってはラジオ体操後に参加者同士で花見会や朝ごはん会もしているいい「普段はあまり人と話す機会がない高齢者同士が楽しく交流できる良い機会にもなっている」と参加を促していた。