2017年8月19日土曜日

映画「関ヶ原」で石田三成役を演じている岡田准一さんと島左近役の平岳大さんサプライズで登場

 今月26日公開の映画「関ヶ原」(※)で石田三成役を演じている岡田准一さんと島左近役の平岳大さんが15日、佐和山や三成について学習してきた佐和山小6年生と卒業した東中生の前にサプライズで登場。児童生徒たちは三成の印象などについて岡田さんらに質問していた=岡田さんの写真はネットNGのため平さんのみ。
 文化プラザで課外授業の名目で行われたイベントには小中学生80人が参加。子どもたちには事前に知らされていなかったため、岡田さんたちが登場すると、大きな歓声と拍手が沸き起こり、保護者席の母親からも黄色い声があがっていた。
 岡田さんは平成26年の大河ドラマで主役の黒田官兵衛を熱演。「その時は敵だった三成を悪く言っていたため、今回は三成に喜んでもらえるように撮影にのぞんだ。(古沢町の)龍潭寺にあるかっぷくある三成の肖像画をイメージした」と解説。昨年のロケでは重さ約40㌔の甲冑を身につけて彦根城を上ったエピソードにふれ「真夏だったため、ヘロヘロだった」と振り返った。
 子どもからの「三成のどこが好きですか」の質問に、岡田さんは「まっすぐさ」と回答。また「三成を一言で表すと、思いやりのあるという意味で「思」だと思いますが」の質問に、岡田さんは「義がよく言われるけれど、『思』もいいですね」と笑顔で答えていた。
 イベント後、佐和山小6年生の松本椛希(かの)さん(12)は「岡田さんと平さんが登場した際はびっくりした。2人ともかっこよかった。(試写会で見た)『関ヶ原』はハラハラするシーンが多く、すごい映画でした」と話していた。
 ビバシティシネマではこの日、試写会もあり、その後の舞台あいさつには平さん、原田眞人監督らが出席。原田監督は滋賀をロケ地に選んだ理由として歴史的な建造物が残っている点にふれた上で「戦いのシーンでは運動会の『棒倒し』の感覚を取り入れ、今までにない描き方をした」と話した。
 【映画「関ヶ原」】司馬遼太郎の「関ヶ原」が原作。岡田さん、平さんのほか、徳川家康役を役所広司さん、井伊直政役を北村有起哉さんが演じる。彦根城や清凉寺、龍潭寺、大洞弁財天、天寧寺、愛知川河川敷、金剛林寺など県内14カ所でロケがあった。

彦根東高 青森山田高に敗れるも、赤鬼の応援は満員の甲子園をどよめかせる

 第99回全国高校野球選手権大会7日目の14日、滋賀代表の彦根東高校は青森代表の青森山田高校と対戦したが、2対6で敗れ、2回戦突破は果たせなかった。アルプス席には「赤鬼」と記された赤色のシャツを着た応援団約5000人が詰めかけ、その応援は満員の甲子園をどよめかせていた。
 試合は5回終了時点で0対6となったが、6回から稲枝出身の増居翔太投手(2年)が登板して以降、青森山田打線を抑え、7回裏には彦根南中出身の吉本孝祐選手(3年)が三塁内野安打を放つなど攻勢。8回に1点を返し、9回も代打の仲川俊哉選手(3年)のホームラン、原晟也選手(3年)の三塁打などで反撃したが、そのまま敗北した。
 アルプス席では彦根東がチャンスを迎えるたびに、吹奏楽の演奏と応援団の声援が甲子園中に響き渡り、点が入るとアルプス席以外からも歓声と拍手が沸き起こっていた。
 彦根東のナインは翌15日に帰校し、セレモニーでは出迎えた生徒ら約100人に応援への感謝を示していた。
彦根東ナインと赤鬼応援に感動
 甲子園に取材のため訪れた14日は盆休み中だったこともあり、チケット売り場にはアルプス席をはじめ長蛇の列ができ、内野席が数時間待ち、外野席に至っては入場できない状態だった。また内野席でも試合ごとに行われるチケット販売が数十分で売り切れるほどだった。
 2回戦で彦根東は3塁側だったが、バックネット裏や外野席、1塁側の内野席にも赤鬼のTシャツ姿が見られ、「赤備え」の光景はほかの観客の目をひいていた。
 そして反撃に出た8回と9回の攻撃時の応援は甲子園中に鳴り響き、青森山田(1塁側)のアルプス席からどよめきが起こるほどだった。これまでに何度か甲子園へ足を運んだことがある小生も、彦根東ナインの勇姿や応援団の声援には感動させてもらった。
 今年の彦根東ナインは、1・2回戦で好投した増居投手、1回戦でホームランを放った吉本選手、伝令役を務めた清水選手、ランナーコーチとして貢献した山崎選手、ブルペン捕手として支えた嘉藤選手の彦根の5選手をはじめ、個の力があったかもしれぬが、それ以上に総合力で勝ち進んできたチームだといえよう。主力には増居投手ら2年生もおり、来年の更なるレベルアップを期待している。

2017年8月18日金曜日

彦根高等商業学校の話題載った新聞紹介の企画展、滋賀大学経済学部の士魂商才館で

 滋賀大学経済学部(彦根市馬場)の士魂商才館内の資料展示コーナーで今月から、前身の彦根高等商業学校(大正12年~昭和19年)の話題が載った新聞を紹介した企画展「『しんぶんし』原紙にみる彦根高商報道」が開かれている。
 滋賀大大学院経済学研究科の今井綾乃さん(29)=愛知県一宮市=が卒論のテーマ「彦根高商のカリキュラムの変遷について」の研究の一環として、昭和3年(1928)から同12年の大阪朝日新聞と大阪毎日新聞の彦根高商に関する記事を抜粋。この期間の2紙の原紙は県内の公立図書館にはなく、滋賀大学経済経営研究所にしか保管されていないといい、企画展では年代ごとに来年3月30日まで3期に分けて展示していく。
 1期目の今月1日から10月27日までは昭和3年4月から翌年12月までの新聞を紹介。昭和3年11月1日に大講堂で開催された開校5周年の記念式の様子や、遊里に行って停学処分になった3年生の5人を巡って学生会を設立するなど混乱した様子を記した同3年12月5日の紙面など7点と、卒業アルバムから採用した記事に関する写真パネル15点を展示している。滋賀彦根新聞や姉妹紙の滋賀夕刊新聞などの創刊時期を時代ごとにまとめた「滋賀の新聞展開図」も掲示。今井さんのギャラリートークは10日、24日、9月7日、21日、10月5日、19日の午後0時10分~。開館は平日の午前9時~午後5時。入館無料。

2017年8月13日日曜日

英霊顕彰館で従軍兵の友禅染絵師・田畑敏雄さん作品展、13日〜はみたま祭

 彦根市尾末町の滋賀県護国神社は13日からのみたま祭に合わせて、昨年10月に境内に開館した英霊顕彰館で、戦時中に従軍兵だった友禅染の絵師・田畑敏雄さん(1919~2010年)の作品展を開いている。
 田畑さんは大東亜戦争中、ビルマ(現ミャンマー)に赴き、戦友と共に病気や飢餓で倒れていたところを現地の人たちに助けられ、帰国することができたという。田畑さんは現地での戦闘や行軍、戦友の死などの様子を描き、日本とミャンマーの友好を進めるNPO法人・神戸ミャンマー皆好会がその絵を保有。愛荘町遺族会の会員の紹介を受ける形で県護国神社でも展示することになった。
 英霊顕彰館では「突然敵戦車隊に遭う」「爆撃命中」「泥沼地帯をゆく」など戦闘の様子を描いた作品のほか、けがをした日本兵が木にもたれている「救いを待つ朝」、戦死者を弔う様子の「友よ安らかに故郷の母の胸に還って呉れ」などの惨劇を表した絵も見られる。いずれも水彩画の計19点で、田畑さんの一文も入っている。
 県護国神社の山本大司禰宜(ねぎ)は「田畑さんの絵を見て頂き、改めて戦争の悲劇と平和の尊さをかみしめて、英霊に感謝の誠を捧げて頂きたい」と話している。同館には県内の戦没者の顔写真3400枚も掲げられている。開館は今月27日までの午前10時~午後4時(13~15日は同8時)。入館無料。
 滋賀県護国神社は13日から15日まで、みたま祭を営む。戊辰戦争から大東亜戦争までの戦いで命を落とした県内の戦没者の英霊を慰霊すると共に、感謝の誠と平和への祈りを捧げるため、昭和52年から毎年この時期にみたま祭を執り行っている。
 41回目を迎える今年も同神社の境内には約5000灯の提灯(ちょうちん)が飾られ、13日午後6時点灯式、14日午後6時献灯協賛者安全祈願祭、15日午前11時半全国戦没者追悼慰霊祭、祭典後におにぎりと味噌汁が無料で提供され、午後6時県下戦没者追悼慰霊祭がある。提灯の点灯は午後6時同9時半。拝殿では県遺族会による遺骨収集の写真パネル、翠香流社中の生け花、彦根きり絵研究会のきり絵あんどんなどの展示がある。このほか境内には模擬店も出る。

東高と滋賀学園高の生徒たちでチアリーダー結成

 彦根東高野球部を応援するため、東高の女子生徒たちによってチアリーダーが結成。7月31日から体育館で練習している。
 滋賀学園高校のチアリーディング部コーチの村井三幸さん(41)=甲賀市=に指導役を依頼し、滋賀学園のチアリーディング部の希望部員6人と、東高の募集に応じた1、2年生23人の計29人で結成。
 村井さんは東高のためにレギュラーメンバーごとの曲をはじめ、代打、応援歌、チャンスなど計17種類の振り付けを考案。「滋賀学園は彦根東に敗れたが、滋賀代表の出場校として一生懸命応援したい」と話していた。
 チアリーダーの代表で東高2年生の藤原穂香さん(16)=東近江市=は「しっかりと声を出して野球部の力になりたい。チアリーダーのみんなの力でアルプス席を引っ張っていくつもりで応援したい」と語っていた。

細野氏離党で野党再編?


 彦根は彦根東高野球部の甲子園初勝利で盛り上がっているが、国政では彦根東高出身の細野豪志衆院議員=静岡5区=が8日、民進党に離党届を提出した。一部報道では「党内は冷ややかな反応」としているが、小生はこの細野氏の英断を高く評価したい。
 細野氏は離党の理由について「憲法改正など基本政策が根本的に異なる共産党との共闘は私の信念に反する」と涙ぐみながら説明し、選挙で共産党と共闘する考えが民進党内に根強くあることを離党の理由にあげた。
 小生も昨年5月の言志録(コラム)において「(野党共闘は)政党や政治家の礎に位置する思想性を無視した姑息な姿勢だ」と批判してきた。細野氏の離党は政治家として当然の判断である。
 また細野氏は現在の国政について「安倍政権(自民党)による1強多弱。安倍政権を脅かし、政権を獲得できる政党が存在しない」とした上で「明確な理念、政策を掲げて、多くの同志を募るのが望ましい。野党再編は不可避だと考えている。同志が必ず立ち上がってくれる」と述べた。民進党の支持率は安倍政権の支持率が低下している中でも6%ほどであり、今後も反自民の受け皿にはならぬであろう。事実上、党としての役割を終えたと言って良い。
 民進党の党首選に立候補している先の民主党政権時代の幹部2人とは違い、細野氏は現国政を冷静に客観視していると言え、政治家として最も重要な資質の先見性を兼ね備えた政治家だと言える。
 ただ、細野氏が優れた政治家の一人であっても、自民党に対する受け皿を創るのはそう容易くはない。都知事傘下の日本ファーストの会なる政治団体が立ち上がったが、どのような政策か不明瞭であり、単なるパフォーマンスに終わる様相だ。
 小生は今、一橋大学大学院の中北浩爾教授の「自民党『一強の実像』」を読んでいるが、その著書では「無党派層が自民党に失望し(中略)自民党1強と呼ばれる政治状況は急激に転換する可能性も秘めている」としながらも「しかし、歴史的な実績に裏付けられた政権担当能力、2度の下野を短時間で乗り越えた経験、(中略)強固なパートナーである公明党の存在といった政治的リソースは自民党にしか存在しない」と展開。「日本政治が今後も自民党を軸に展開していくことは間違いない」と締めくくっている。
 自民党に代わりうる政党が存在しない現国政を鑑みると、中北教授の論調は否定できまい。自民党に対する政党は誕生するのか、細野氏の離党による政界の動きに注目していきたい。

2017年8月10日木曜日

彦根東高校野球部の控えメンバー3年生の嘉藤修太選手=彦根東中、清水亮佑選手=中央中、山崎凜太朗選手=彦根東中

 彦根東高校野球部の控えメンバーのうち、彦犬地区出身の選手には、いずれも3年生の嘉藤修太選手=彦根東中、山崎凜太朗選手=彦根東中、清水亮佑選手=中央中=がいる。
 嘉藤選手は捕手として登録。県大会での出場はなかったが、「ブルペンの捕手として、増居はじめ投手がマウンドで良い投球ができるよう、(キャッチャーミットで)良い音を出してあげたい」と投手を陰で支える姿勢を見せた。また「進学校でも甲子園で活躍できる姿勢をチームとして見せたい」と意欲を語った。
 山崎選手は小学4年から中学3年の10月まで中国・大連で過ごし、現地でも「ウインディー」という野球チームに所属。内外野どこでも守れるユーティリティープレーヤーで、自他共に認める「守備の人」。「甲子園では守備で貢献したい」と話す。両打席で打てるスイッチヒッターでもある。
 清水選手は村中監督からの伝令が主な役目。練習でも内容をチームに伝える役割で、広報的なポジションも務める。村中監督は「清水は気配りができ、決して嘘をつかない。チームからの信頼が厚く、リーダーになれる素質がある」と絶大の信頼を寄せる。清水選手は「甲子園でもベンチワークに努めたい。チームみんなの状況を見て勝利に貢献したい」と、チームを最大限支えることに意欲を見せた。

2017年8月8日火曜日

彦根東高野球部で稲枝中学校出身の増居翔太投手にインタビュー

 彦根東高野球部のエースで稲枝中学校出身の増居翔太選手=2年生=に、自身の持ち味や甲子園での抱負などを聞いた。
 増居選手は135㌔前後のストレートを中心に、スライダー、カーブ、チェンジアップを投げる。身長171㌢と上背はないが、打者から「浮き上がる直球」と評される球と出所が見えにくいフォームで抑える投法が持ち味。
 1年生の秋に投球フォームを修正。足を踏み出すステップや上げる際のタメ、体重移動などを意識して直すことで、「自分なりの投球法をつかんだ」という。甲子園までの課題としては「ストレートを修正していきたい」とし、対戦したいチームとしては「春の近畿大会に負けた大阪桐蔭。悔しさを甲子園で晴らしたい」と語った。
 チーム全体の特徴としては「打撃面は勝負強く、切れ目がないため全国でも戦える」とし「練習時間が少ない中で、一人一人が色々工夫して努力することで、甲子園出場を果たすことができた。(公立校でも)甲子園で十分、戦えるところを全国に示したい」と抱負を述べた。

甲子園出場の彦根東高校野球部 ヨガでレベルアップ、原晟也選手と吉本孝祐選手明かす


 彦根東高校野球部のベンチ入りメンバーのうち長浜西中学校出身の原晟也(せいや)選手と彦根南中学校出身の吉本孝祐選手=いずれも3年生=に甲子園での意気込みなどを聞いた。
 原選手は内野の要の遊撃手を守り、投手がピンチになった時には誰よりも早く声をかけるなどチームのムードメーカー的な存在。一つ上の兄・健登さんも東高でエースとして戦い、原選手も遊撃手として後ろからバックアップしていた。原選手は「2年生の時、先輩から声をかけて助けてもらった経験から、後輩には声をかけるようにしている。昨夏、県大会で敗退した時の悔しさを後輩たちにさせないようにとの思いもあった」と県大会の優勝を振り返った。
 打順は1番のため、「何よりも出塁率にこだわっていて、甲子園でも何でも良いので塁に出たい。特にゲームの流れが大切になる初回の攻撃を重視したい」と抱負。今年のチームの特徴としては「昨年は先頭バッターが出ると、バントをして1点をとる野球だったが、今年はどこからでもチャンスが作れて点をとる打力が持ち味」と解説。打力アップの秘訣としてはベンチ入りメンバー全員が週に1回、1時間以上している「ヨガ」をあげ「呼吸をしっかりして自分自身を落ち着かせて、打者それぞれのルーティンを大切にして打席に入ることができている。僕たちはこれを『ヨガ打線』と呼んでいる」と笑顔で説明した。
 最後に、原選手は「県大会での優勝に満足せず、しっかりとした野球を見せたい。応援して下さる方の期待に応えられるよう、地域の人たちのために頑張りたい」と意気込みを語った。
打倒、大阪桐蔭
 吉本選手の持ち味は逆(ライト)方向への打撃センス。6番を打ち、県大会でも15打数7安打と活躍した。今年のチームの特徴としては「つながり」をあげ「内外野ともにつながりがあり、打撃でもただ打つだけでなく、一人一人が考えて野球をやっている」と解説。
 チームの持ち味でもある打撃力が向上した要因としては原選手同様に「ヨガ」をあげ「チャンスで消極的なバッティングだったのが、ヨガのお陰で心理面が変わり、自分自身を受け入れることで、どんな場面でも集中できるようになった。迷いがなくなり打撃が良くなり、『ヨガ打線』でチーム力もアップした」と語った。
 甲子園でのライバルとしては、春の近畿大会準決勝で惜敗した大阪桐蔭をあげ「同じチームに2度負けるわけにはいかないので、リベンジしたい。甲子園ではまだ1勝もしていないため、全国で戦える力を見せたい。彦根でも盛り上がるようにがんばりたい」と抱負を語った。

2017年8月7日月曜日

自転車で世界一周の旅をしているハンガリー人のアドリアン・イレッシュさんが滋賀大学経済学部で位田隆一学長や学生たちと記念植樹

 自転車で世界一周の旅をしているハンガリー人のアドリアン・イレッシュさん(36)が1日、滋賀大学経済学部を訪れ、位田隆一学長や学生たちと記念植樹をした。
 アドリアンさんは本職がシステムエンジニアで、2年前にハンガリーを出発し、イランやタイ、オーストラリア、フィジーなどを経て、今年5月半ばに23カ国目となる北海道に到着。室蘭で転倒し手を骨折したため治療に専念した後、青森や日光、東京などを旅し7月30日夜に彦根に入った。
 位田学長とハンガリーのブダペストにある中央ヨーロッパ大学の教員が生命倫理の研究グループ仲間で、アドリアンさんはその教員の紹介を受ける形で滋賀大を訪問。自然が大好きだというアドリアンさんの意向で、旅を開始して780日目の1日、びわの木を学内の庭の一角に植えた。
 位田学長は「この木を滋賀大学のグローバル化のシンボルの一つにしたい」と語り、アドリアンさんは「日本の皆さんはとても親切で、日本の技術もすばらしい。滋賀大に植えた木には『どうもありがとう』と名付けたい」と笑顔で話した。
 アドリアンさんは今後、大阪から北米へ渡り、中南米にかけて1年ほど旅するという。

2017年8月4日金曜日

彦根西高校の校舎のお別れ会

 今秋に解体工事が始まる県立彦根西高校の校舎のお別れ会が20日、体育館であり、在校生や卒業生ら約150人が参加。会の後には玄関前の校章が外された。
 この日は午前中に彦根西高と彦根翔陽高が統合して昨年春に誕生した彦根翔西館高校で、彦根西高130周年記念式典もあり、在校生や卒業生ら約220人が参加。彦根高等女学校の校歌紹介や彦根西高の校歌斉唱などがあった。
 午後に場所を移して行われたお別れ会では、実行委員長で校舎が完成した時に高校3年生だったという同窓会長の藤田隆行さん(54)が「130周年は通過点であり、150周年、200周年に向かっていきたい。学校名がなくなり、校舎もなくなりますが、彦根西高校は永久に不滅です」とあいさつ。校舎の見学、記念撮影の後、藤田さんらによって玄関に掲げられていた校章が外された。最後には全員で彦根西高の校歌が歌われた。
 昭和34年に彦根西高商業科を卒業した前川紀子さん(75)=本町3=は「当時の懐かしい思い出が蘇ってきます。校舎がなくなり、西高がなくなることに寂しい思いもあります」と話した。
 【彦根西高校】明治19年(1886)に女学校として創立。翌年に淡海女学校、24年に彦根町に移り町立彦根女学校、28年に町立高等女学校、41年に県立彦根高等女学校などと変遷し、43年に現在の地に新築移転。昭和23年(1948)に県立彦根西高校となり、昨年春に彦根翔陽高と統合し彦根翔西館高校となった。現在、翔西館高には彦根西、翔陽、翔西館の3校があるが、今年度で彦根西、翔陽の3年生が卒業する。彦根西高の校舎は解体されるが、体育館や武道場、グラウンドは継続して活用される。

大津祭の曳山「源氏山」のミニチュア彦根仏壇の七職の技術を用いて3年かけて完成

 彦根仏壇事業協同組合は21日、大津祭の曳山「源氏山」のミニチュアを製作すると発表。彦根仏壇の七職の技術を用いて3年かけて完成させる予定だ。
 仏壇の需要が減少している中、同組合では仏壇の技術を生かした異業種での取り組みを模索しており、今年5月からは甲冑作りを開始した。並行する形で2年前から長浜や大津など県内や岐阜県高山市などで山車(だし)や曳山の修理について調査していたところ、曳山などのミニチュアの需要があることに着目。そのうち大津祭の曳山でデータ化した図面が残っていた源氏山のミニチュアを試作することになった。
 源氏山は別名、紫式部山とも言われ、紫式部や石山寺にちなんだ装飾となっている。享保3年(1718)に制作され、石山寺で源氏物語が書かれたという故事が曳山の由来。上層部は近江八景を精巧な彫刻で仕上げており、唐破風の下には波に踊る龍が刻まれている。天井には四季草花図と呼ばれる図が写生風に描かれており、その後方の銘に元治元年(1864)作と書かれていることから、江戸末期に修理されていることがわかる。
 同組合が製作するミニチュアは高さ約145㌢×幅約73㌢×長さ約132㌢で、実物の4分の1の大きさ。経費は3年間で約1000万円を見込んでおり、経産省の伝統的工芸品産業支援補助金を活用する。補助金以外の自己資金分の支援をインターネット上で募るクラウドファンディングを今月12日から実施しているほか、彦根や大津の滋賀銀行の各支店などにチラシを置いて支援を呼びかけている。
 今年度はクラウドファンディングが終了する9月10日以降に木地と宮殿部分を始め、来年3月に木地のみの試作品を公開。来年度は漆塗りと彫刻、錺(かざり)金具、平成31年度は漆塗り、錺金具、金箔押し、彩色(蒔絵)、組み立てを行い完成させる予定。
 同組合の宮川孝昭理事長(72)は「彦根仏壇業界は転機を迎えており、曳山のミニチュア作りは彦根仏壇の新しい一つの大きなチャンス。彦根仏壇の存亡に関わるほか、後継者の育成にもつながると思います」と話している。
クラウドファンディング
 彦根仏壇事業協同組合は5000円から10万円までのコースでクラウドファンディングを実施。支援者にはオリジナルキーホルダー、大津祭まち歩きツアー、工芸体験、文庫箱、飾り皿など金額に応じた限定品を進呈する。問い合わせは「FAAVO滋賀」のホームページ内か同組合☎(24)4022。