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彦根出身で陸上競技の桐生祥秀選手が昨年、文化プラザで開かれたトークイベントに登場。彦根での思い出や東京五輪の裏話、今後について語った。
「自分に合ったトレ
ーニングを」
南中陸上部の後輩らへアドバイス
桐生選手は彦根市立南中学校出身で陸上部に所属した。司会者からの質問として、当時の思い出について桐生選手は「学校や部活動、友だちとの遊びは楽しかったし、今も当時の友だちと付き合いがある」と笑顔で話した。会場には南中陸上部の後輩もいたため「僕の時代は限られた練習だったが、今はSNS上に色んなトレーニング法がアップされている。選ぶのは難しいが、中学時代は色んなトレーニングをやって、自分に合っているのを見つけたら良い」とアドバイス。「そして自分なりに選んで重点的にやれば、成長すると思う」と語った。
彦根での思い出として、「子どものころ、遊んだ場所は友だちの家か庄堺公園」をあげ、また行きつけの店に「ラーメンたかはし(戸賀町)とちゃんぽん亭。今も帰ってきた時は持ち帰って実家で食べている」と笑顔を見せた。
「失敗を次にどう生かすか」
東京五輪振り返り、コロナ影響も
昨年8月の東京五輪の陸上4×100㍍決勝で、桐生選手に渡るまでにバトンミスがあったことについては「予選が終わった際、タイム的に良くなかったため、決勝ではタイムを意識した」と明かした上で「最善を尽くした結果、失敗したが、失敗は成功のためにある。色んな意見があることは知っているが、失敗を次にどう生かすかが大事だ。どこかの大会でメダルを勝ち取りたい」と力を込めた。また新型コロナウイルスの影響についても触れ「欧米の選手はコロナ禍でも各地で世界レベルの色んな勝負をする機会があったが、日本では国内でしか勝負できなかった。そこも敗因にあったかもしれない」と分析。「コロナが落ち着けば、海外で転戦したい」と語った。
メンタル面「緊張とは集中」
「落ち込んだ時は?」の質問も
トークイベントの中では来場者からの質問に答える場面もあった。「南中時代の練習場所は」に対し、桐生選手は「荒神山の芝生とコンクリートの坂で走ることが多かった」と回答。
「スタートラインに立つと緊張すると思うが、落ち着かせるためのメンタル面の鍛え方は?」の問いに、桐生選手は「緊張って、すごくいいふうに思っている。緊張とはその場を集中しているということだ」と解説。また「落ち込んだ時に気持ちを整理させる方法は?」の質問には、映画のロードオブザリングやハリーポッターなどをあげ「ストーリー性が何もない映画はつまらない。主役に何かあって、そして起き上がる。何かあるということは改善の余地があるということ。気持ちが上がる状態もあれば、下がることもある。無理に平行にしようと思わないことが良いと思う」と助言した。
監修の「座ったまま体操」披露
敏しょう性も競う 来場者と交流
後半には桐生選手と来場者からの希望者がステージ上で敏しょう性を競うタイムアタックや、桐生選手が監修した「座ったままできるラクラク体操」を来場者全員と体験する時間もあった。
最後に今後の目標について、桐生選手は今年7月の世界陸上や2024年のパリ五輪をあげ「自己ベスト、日本記録を再度更新して、メダルも目指していく」と抱負を述べた。彦根市民に向けては「自分の経験が少しでも市民の皆さんのプラスになれば。彦根には毎年、帰ってくる。彦根を盛り上げるには選手として活躍するしかない。皆さんとまたお会いできることを楽しみにしている」と述べた。
イベント後、彦根市立南中学校の陸上部主将の北川陸駆さん(14)=2年生=は100㍍が専門。「桐生選手は人柄が良く、人間として尊敬している。荒神山公園の『桐生坂』で練習して、3年生では自己ベストを出したい」と意気込みを話した
桐生選手のトークイベントは昨年12月24日に閉館した施設「フィットウィル彦根」の「サンクスフェスタFINAL」と題して開催。同施設の利用者や一般公募を含め県内外から計約600人が来場した。
ゴルフ用品メーカーのつるや彦根工場の工場長を務める山下功さん(54)は、昨年のボディコンテスト「ベストボディ・ジャパン2021日本大会」でグランプリを受賞。山下さんに体を鍛えるトレーニングの魅力や日本一に上りつめるまでの苦労話などを聞いた(写真は山下さん提供)。
山下さんは大阪府堺市出身。つるや入社後、彦根工場が設立された1991年7月に彦根市へ移住し、2007年7月に工場長に着任した。子どものころから野球をしていて、社会人になってからも草野球を続けていたが、46歳の時に試合中に左アキレス腱を断裂。野球を引退して「自暴自棄」になっていたところ、通っていたスポーツジムのトレーナーからボディコンテストがあることを聞き、48歳の時の2015年に神戸大会の40~49歳のクラスに初出場。その時は5位に終わったが、トレーニングを本格的に続け、初めて日本大会に出た17年にトップ10入り。18年と19年に4位、20年に準グランプリと着実に上りつめた。
昨年11月13日の横須賀市での日本大会にはミスター・ベストボディ部門の50歳~59歳のゴールドクラスに出場。フロント・両サイド・バックの規定ポーズとウォーキングなどで、引き締まった体やポージングなどを競った。ゴールドクラスでは、地方大会を勝ち抜いてきた43人からファイナルの10人が選ばれ、6人、4人と絞られ、最後に残った2人から山下さんがグランプリを受賞した。
極限まで鍛え上げる生活
グランプリの発表があった瞬間について、山下さんはインスタグラムやフェイスブックに「他人と比較せず、昨日までの自分、過去の自分に勝つ」などと書き続けていたことから「有言実行できて良かった。インスタでもお祝いのコメントを頂き、うれしかった」と笑顔を見せた。
ジムには週4日ペースで通っており、有酸素運動をせずに筋トレのみ取り組んでいる。コンテストの3カ月前からはカロリーコントロールを開始。鶏むね肉、シャケ、ブロッコリー、卵、キノコ、海藻類、黒ニンニクなどを食べ、1週間前から糖質0で塩分も落としていき、2日前から水や塩を完全に抜くという。昨年のコンテストでは3カ月前に65㌔あった体重を57㌔まで絞った。
グランプリを獲得するまでには、体を極限まで鍛え上げる必要がある。ボディコンテストの(体を鍛え上げる)魅力について、山下さんは「自分の肉体やパフォーマンスを披露するのは最高に気持ちがいいし、わくわくする」と語った。
コンテストでは各年代のトップで優勝を競う総合グランプリもある。今年の目標について山下さんは「連覇を目指すのか、総合グランプリを狙うのかは未定だ」と答えた。
一方で、これまでのトレーニングで培ってきた経験を子どもの体力向上や中高年の健康維持のために指導していく考えもある。特に中高年の健康維持と体力向上のためとして、骨格矯正や姿勢の改善をあげ「すべて足首が基本にあるが、身近なトレーニングで『インナーマッスル』を鍛えては」と助言。またつるやゴルフに勤務しているため「ゴルフでの体幹や柔軟性の大切さを実感している。ゴルフを通じての健康増進も伝えたい」としている。
昨年11月には市役所を訪れて和田裕行市長に報告。市長が市民の健康増進に関心を示していたこともあり、山下さんは「2024年には滋賀国体が開催される。子どもたちへのトレーニングや中高年の健康増進など、地域に根づいた活動でお役立ちしたい」と意欲を示した。
フルートの数々の全国コンクールで最年少優勝し、世界的な活躍が期待される小学生が彦根市内にいる。日夏町の堀内心優彩(みゅうあ)さん(12)=多賀小学校6年生=に、フルートの魅力や将来の夢を聞いた。
7歳から練習 めきめき成長
「声を出すみたいでおもしろい」
堀内さんは姉の汐麗彩(しゅれあ)さん(15)=彦根市立南中学校3年生=の影響で、3歳の時からピアノを習い始めた。しかし7歳の時に、母親のあすかさん(38)が学生時代まで使っていたフルートに出会い「きらきらしていた」ことにひかれてフルートの練習も開始。いずれもフルート奏者の吉岡由美さん、松山克子さんの指導を受けて、その腕前をめきめきと成長させた。現在は大阪の山本純子さんの教室に週1~3回程度、東京の堀井恵さんの教室に月1回ペースで通っている。
フルートの魅力について堀内さんは「声を出すみたいに音が出せるところ」と説明。好きな曲にバッハの次男のカール・フィリップ・エマヌエル・バッハの名をあげ「明るい曲が多く、自分で装飾音符を入れることもできる」と解説した。
将来は「世界で活躍のソリスト」
独仏留学も、5月びわ湖国際出場へ
これまでに、日本クラシック音楽コンクールフルート部門小学校高学年の部1位およびグランプリ(小学5年)、東京国際フルートオーディション小学生部門第1位および審査員特別賞(小学6年)など、数々のジュニアコンクールで国内トップの成績を収めている。今年5月3日から5日まで高島市のガリバーホールで開催される「びわ湖国際フルートコンクール」への出場のほか、8月に東京フィルハーモニー交響楽団と共演する予定。
「将来の夢は?」の問いに対しては、小学4年生の時に世界的なフルート奏者のヴァンサン・リュカ氏の音楽アカデミーに参加するため、フランスで2週間過ごした経験をあげ「近い将来、フランスでリュカ氏に師事するか、音楽が盛んなドイツで学び、ソリスト(独奏者)になりたい」と述べた。
娘の音楽と将来について、母親のあすかさんは「太く、重みがあると感じる。周囲からは大人が奏でる音色に近いとの評価の声も聞く。娘が希望する道を進んでほしい」と話した。
堀内さんがこれまでのコンクールで受賞した主な結果は以下の通り。
【小学2年】
◇あおい音楽コンクールフルート部門小学生Aの部第1位および審査員特別賞
◇KОBE国際音楽コンクール木管楽器A部門最優秀賞および神戸市長賞(部門歴代最年少)
【小学3年】
◇大阪国際音楽コンクールユース部門インファントB自由曲コース第1位
【小学4年】
◇刈谷国際音楽コンクールフルート部門小学生の部最優秀賞および審査員特別賞・刈谷音楽協会賞(部門歴代最年少)
◇日本演奏家コンクール木管楽器部門中学生以下の部第1位およびテレビ神奈川賞(部門歴代最年少)
【小学5年】
◇下田国際音楽コンクールヤングアーティスト部門(15歳以下)金賞
◇京都文化力コンクール管楽器小学5・6年の部第1位および審査員長賞
◇日本クラシック音楽コンクールフルート部門小学校高学年の部1位およびグランプリ
◇日本ジュニア管打楽器コンクールソロ部門フルートの部小学生コース金賞および文部科学大臣賞
【小学6年】
◇日本演奏家コンクール中学生以下の部第1位および総合準グランプリ、神戸市教育委員会賞
◇東京国際フルートオーディション小学生部門第1位および審査員特別賞
◇仙台フルートコンクール中学生以下部門第1位

性的少数者(LGBTQ)のパートナーを行政が認定する「彦根市パートナーシップ宣誓制度」を活用した最初のカップルのmasyu(マシュ)さん(41)とmaa(マー)さん(42)にインタビュー。これまでの悩みや同制度の活用後の変化などを聞いた。
マシュさんは大阪市出身の会社員。これまで男性、女性共に付き合った経験があるが、女性との恋愛の方が「しっくりくる」というレズビアンに近いバイセクシャル。男性と付き合っていた際、女性として「子どもを産むことが女の幸せ」という締め付けに悩む時期があった一方、最終的には「男性とは一生を添い遂げることはできない」との結論に至った。
マーさんは徳島県鳴門市出身のパティシエ。自身が女性であることに疑問がある一方、身体的に男性になることにも違和感があるという性自認。小学校の低学年のころ、いとこにマニキュアを塗られたことに「女の子みたいで嫌だ」と泣いていた記憶があるという。中学高校時代の制服のスカートに対しては「かっとうがあった」といい、当時の友人との恋愛話にも「男に興味があるふりがしんどかった」と振り返った。
「家族になる感じ」
昨年10月「宣誓」
2人は6年ほど前にインターネット上のコミュニティサイトで出会い、約3年前から彦根市内のアパートで一緒に過ごし始めた。昨年7月に「彦根市パートナーシップ宣誓制度」を知り、手続きを進めて導入開始の10月25日に第1号となる宣誓を行った。ひこにゃんが見守る中、宣誓書を和田裕行市長に提出し、市長から「彦根市パートナーシップ宣誓書受領証」を受け取った。この受領証を額に入れて玄関に置いているという。
同制度に申請した理由について、マーさんは「自分にもし何かあった時、誰とも連絡がとれなかったらと思うと不安しかなかった。結婚したら家族になるように、私たちもなりたかった」と説明。マシュさんは「隠れて暮らすよりも、誰かに認めてもらいたかった。会社の人たちからも祝ってもらえて、うれしかった」と笑顔で語った。
「十人十色 過剰に反応しないで」
「県で導入して」「彦根住みやすい」
性の多様性への理解が進みつつある一方で、差別や偏見は根強くあるという。マーさんは「共感までは求めないけれど、私たちのような人たちがいるということをわかってくれたら」と解説。マシュさんは「人は十人十色で、それぞれの生き方で暮らしている。(LGBTQに対して)過剰に反応しない世の中になって、認め合える社会になってほしい」と訴えた。依頼があれば、小中学校などでも話していくという。
同制度の導入は県内で彦根市のみ。これに対してマシュさんは「県内にも性的少数者はたくさんいる。県全体でこの制度が広がれば、申請するカップルは出てくるはず」と述べた。
同制度の申請後、2人はより仲が良くなったといい、結婚指輪も購入した。「お互い健康に気をつかうようになり、2人でのウォーキングが日課になった。人との出会いも楽しく、考え方が変わった」と互いを見つめ合った。最後に彦根の印象について、2人は「歴史の好きな友だちにも案内しやすい。私たちが住んでいる周辺や湖岸もきれいで、本当に住みやすい」と笑顔を見せた。
※【LGBTQ】レズビアン、ゲイ、バイセクシャル(両性愛者)、トランスジェンダー(出生時の性別とは異なる人)、クイアやクエスチョニング(どちらの性か決めかねている)の英語の頭文字をとった言葉。
昨年12月26日から27日にかけての大雪は彦根市内でさまざまな被害が出た。この情報をニュースや市民のフェイスブックなどで知った全国各地の災害ボランティアのメンバーたちが昨年末から彦根入りし、道路や歩道の除雪などの支援活動をした。
彦根に駆けつけたのは、災害ボランティア団体「ダッシュ隊大阪」代表の中嶋俊明さん(67)=吹田市=をはじめ、徳島県や長野県、仙台、名古屋など全国各地の団体の15人。
油藤商事社長の青山裕史さん(50)=豊郷町=や彦根市議の和田一繁さん(53)=河原3=らは東日本大震災以降、地震や洪水、台風など自然災害が発生した被災地に出向き、物資供給や食事提供などの支援活動を実施。各地で同様に駆けつけた中嶋さんら災害ボランティアの有志たちと活動を共にしてきた。
彦根での大雪が全国的に報じられたほか、和田さんのフェイスブックなどで窮状を知った中嶋さんらは昨年12月29日から彦根を訪問。持参したショベルカーや除雪機を使い、河原や錦町の集落、久座の辻など積雪が残っている道路や歩道の除雪、屋根の雪下ろしを今月5日までした。
中嶋さんは「みんな、困っている人を助けたいという思いだけで駆けつけ、活動をしている」と話し、青山さんは「ボランティアの活動を見た市民の皆さんも雪かきをするなど共助の広がりにもつながっている」と語った。
彦根市など県内7市町に住むブラジル国籍の子どもたちが通う学校「サンタナ学園」(愛荘町長野)を紹介する講座が先月12日に文化プラザで開かれ、中田ケンコ校長(65)らが厳しい経営が続く同学園への支援を求めた。
NPO法人コレジオ・サンタナと湖北じんけんネットワークが主催し、同学園を紹介する映像放映、中田さんや事務局長の柳田安代さんの解説、質疑応答が行われた。
中田さんは1992年に来日しゴルフ場で仕事をしていたが、その際に出会ったブラジルの子どもたちが夜勤で眠る親のそばで静かにテレビを見る光景を目にし「子どもたちがかわいそう」と思った。そこから夫や子どもがいるブラジルに帰国せず、愛荘町への学校設立に動き、自宅を含む敷地にプレハブの校舎を建設して98年に開校した。
同学園には乳幼児から18歳までが通学しており、最も多い時で120人いたが、リーマンショックの時は35人まで減少。現在は園児22人、小学生29人、中学生8人、高校生21人が通う。スタッフは中田校長、柳田さん、教員7人、英語講師1人の計10人。
コロナで親の収入減
毎日 自宅まで送迎
中田さんらは早朝に起床し、午前5時半から自宅前まで迎えに出かけ、朝食を一緒に食べ、授業、昼食、夕食を経て、送りも行っている。午後7時以降でも帰宅できない子どもがいるが「家庭の事情に寄り添うことをルールにしている」と話した。
月謝は3万円~5万円。新型コロナの影響で仕事がなくなったり、出勤日が減ったりで、月謝の支払いに苦労する家庭もあるという。同学園の運営も「赤字続き」の状態だ。
「私塾」のため公的支援が得られない。公的支援を得るには「各種学校」にする必要があるが、児童生徒数の確保や建物の新築などの条件がある。柳田さんは「各種学校になっても運営の心配がなくなるわけではないため、違う道も模索している。継続してサポートを受けられる仕組み作りを目指している」と語った。
最後に中田校長は「子どもたちはがんばっている。私たちを助けてください」と寄付などの支援を求めた。支援方法はコレジオ・サンタナ応援基金などで。NPO法人コレジオ・サンタナも寄付時に税制上の優遇措置が受けられる認定NPO法人を目指し、会員を募っている。