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2015年11月10日火曜日

井伊直弼懐石研究会の中尾英力さん 茶席での懐石料理を再現 埋木舎で

 井伊直弼が茶席で接待する際に提供していた懐石料理を再現したイベントがこのほど、埋木舎で開かれ、全国の茶道愛好家たちが作法を学んだ。
 富山県富山市で茶料理の仕出しをしている懐石「万惣」の中尾英力(ひでさと)さん(43)が直弼の人物像にひかれ、直弼が提供していた懐石料理を研究。昨年春には全国の茶道愛好家約30人と井伊直弼懐石研究会を設立し、各地で再現イベントを開いている。
 彦根では初めて先月28、29日に「井伊直弼の心を味わう会」と題して埋木舎で開催し、2日間で県外の茶道愛好家計31人が参加。中尾さんは、直弼が茶の接待時に曹洞宗の食事作法を取り入れた「真式懐石」について説明した後、実際に懐石料理を出し、懐石、点心、抹茶の順番で頂き方など作法を教えていた。
 直弼について、中尾さんは「安政の大獄などでのイメージとはまったくの真逆で、直弼の食事作法は食材の命が尊く、等しいことを教えており、世界平和を願っていることがよくわかる」と話していた。

井伊直弼流派の一会流樹聖会 子どもたちが埋木舎でお点前体験

 埋木舎で井伊直弼の流れをくむ茶道の教室が10月31日にあり、市内外の子どもたちが体験した。
 NPO法人ひこね文化デザインフォーラムが企画し、一会流樹聖会の代表・神野豊子さんが講師を務め、2回の教室に親子計32人が参加し、直弼が生活の大半を過ごした居間で体験した。教室では埋木舎当主の大久保治男さんが埋木舎での直弼の生活を説明した後、神野さんが茶道具や菓子の食べ方、茶の頂き方などを説明。直弼が描かれた掛け軸の前に正座で座った子どもたちは、それぞれの説明を熱心に聞いた後、実際に茶せんを使って茶を点て、ほかの子どもたちに差し出していた。
 体験した大久保さんの孫で小学3年生の忠眞君(9)は「茶道は難しかったけれど、最初、思っていた以上に興味を持つことができた」と笑顔で話していた。

井伊直弼茶道一会流神野社中と石州流井伊大老派 西郷社中がお点前披露

 井伊直弼公生誕200年祭の事業として、「大名茶会と花展」が24、25日の両日、彦根城博物館の木造棟で開かれ、両日で580人が参加した。
 24日には御客座敷で「井伊直弼茶道『一会流』神野社中」と御座之御間で「表千家流 外海社中」、25日には御座之御間で「石州流井伊大老派 西郷社中」と御客座敷で「表千家流 辻社中」のメンバーが出席。各流派の設立までの経緯や作法の仕方などを参加者に教えながら、お点前を披露した。茶が出される前の菓子には、9月に市内で開かれたひこね菓子選手権で選ばれた「かえりみち」「ひこすい」「ちゃかぽん」が出され、参加者がおいしそうに食べていた。
 また彦根城博物館前、旧西郷屋敷長屋門前、旧木俣屋敷前には花道8流派の作品も展示され、観光客らが写真撮影をするなど見学していた。

2015年11月5日木曜日

滋賀レイクスターズの選手とマグニーら彦根での試合に合わせ市長を表敬訪問

 プロバスケットボール・滋賀レイクスターズの選手たちが10月30日、11月の彦根市民体育センターでの試合に合わせて、市長を表敬訪問した。
 試合は11月14日午後6時~と15日午後2時~浜松・東三河フェニックスと行われる。市役所を訪れたのは、代表の坂井信介さん、ヘッドコーチの遠山向人さん、キャプテンの横江豊選手、ジュリアン・マブンガ選手、マスコットのマグニー、広報の倉田伸也さん。
 遠山さんは「今年は昨シーズンよりもおもしろい試合ができているので期待してほしい」と来場を呼びかけていた。最後の記念撮影時にはひこにゃんも参加した。

埋木舎の当主・大久保治男さん宅で、小膳(章男)が明治時代に催した直弼公の誕辰祭に関する史料見つかる

 彦根市尾末町の埋木舎の当主・大久保治男さん(81)=東京都文京区=は井伊直弼の誕生日の29日、直弼の側近で大久保さんの曽祖父にあたる小膳(章男)が明治時代に直弼の誕生日に催していた誕辰(たんしん)祭に関する史料の一部を滋賀彦根新聞に公開した。これまでに誕辰祭が行われていたのはわかっていたが、それに関する史料が確認されたのは初めて。
 埋木舎は直弼が17歳から32歳まで過ごした場所で、直弼死後は側役の小膳が拝領し、以降、大久保家が管理してきた。小膳は明治19年(1886)から亡くなる前年の同35年まで、直弼の誕生日にあたる毎年10月29日に、松原にある井伊家の下屋敷・お浜御殿で神式の誕辰祭を自費で行った。
 誕辰祭では、献茶、献花の儀、能楽の奉納があり、余興や福引きもあった。また松原村立小学校の全児童も誕辰祭に参列し、自作の歌を合唱したという。その歌詞は直弼自身が亡くなる前に詠んだ歌が使われている。
 大久保さんが今年9月初めに都内の自宅の書庫を整理していたところ、表紙に「故井伊直弼公誕辰祭祝賀會ニ関スル書類入」と書かれた箱を見つけ、中を確認したところ、誕辰祭の出席簿や寄付者の名簿、松原小の児童が歌った際の楽譜など約100点が入っていた。
 彦根城内では井伊直弼公生誕200年祭が開かれているため、大久保さんは「200年祭に合わせて見つかったのも何かの縁ではないか」と話していた。史料が入った箱は彦根城博物館に預けられており、同館は各史料を確認した上で目録を作成する。

2015年11月2日月曜日

ギャラリーコジマで絹衣デザイナー・野崎文子さん作品展

 彦根市銀座町のギャラリーコジマで11月3日まで、絹衣デザイナー・野崎文子さん(72)=長浜市三ツ矢町=の作品展が開かれている。
 野崎さんは熊本県天草市生まれ。東京で洋画家として活動していた平成5年に長浜市内で浜ちりめんで出会い、その後、長浜へ移住。以降、全国各地から新品の着物地を仕入れ、それを組み合わせて衣服などを制作。絹衣として、国内外でファッションショーや講演会を開催している。
 彦根では初めてとなる作品展では、男性も着ることができる衣服をはじめ、ポーチ、バッグ、ネクタイなど計200点以上を展示・販売している。開館は午前10時半~午後6時、最終3日のみ午後5時まで。

彦根市立病院の産婦人科に産科医2人着任へ8年ぶり医師の分べん再開へ

 彦根市は28日、産科医不足で医師による分べんを中止していた彦根市立病院の産婦人科に、産科医2人が12月1日付けで着任すると発表した。分べん中止から8年ぶりの再開に、市民からは安どの声があがっている。
 市立病院は平成19年4月に産科医が4人から一人になり、分べんを中止。翌年2月に院内助産所を開設し、制限を設けて分べんを扱ってきた。また平成20年度からは毎週水曜に県成人病センターの産科医の派遣を受け、金曜日には京都大学からも派遣を受けてきた。しかし現在まで、35歳以上の初産、帝王切開や逆子などリスクの高い出産、救急時は対応できない状況が続いていた。
 市立病院での分べんの取り扱い件数は産科医が4人いた平成18年度が525件だったが、一人体制になった翌年が0件となり、以降も14件~40件と続き、昨年度が34件だった。分べんを行った施設は、最近のデータで平成25年度に誕生した市内の子1056人のうち、市内の民間診療所と市外の医療施設が約半数ずつとなっており、市立病院では1割にも満たない。
 市や市立病院は平成19年度以降、県内外の大学病院を中心に産科医の派遣を依頼。平成22年1月に策定された県の地域医療再生計画でも市立病院での分べんの再開が明記された。また市議会や市内の女性で組織の「安心なお産を願う会」なども市や県に要望活動を展開してきた。
 市立病院に着任する医師は土岐利彦さん(60)=現・奈良県生駒市立病院産婦人科部長=と、高原得栄さん(53)=現・社会医療法人誠光会草津総合病院。いずれも主任部長(次長級)として就く。
 着任後は徐々に医師による分べんを増やしていき、平成28年度から当面は年間150件の取り扱いを目指す。院内助産所も当面は継続させる。また継続して若手の産科医の派遣も大学などに求めていく。
 市立病院の産科医が再開されることに、安心なお産を願う会の代表を務めた高居涼佳さんは「産科が再開されるのはとてもうれしく、ありがたく思います」と話していた。