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2019年2月12日火曜日

山口四郎さん戦国武将の兜作り

 彦根市開出今町の金属プレス加工技能士一級の山口四郎さん(70)は、戦国武将の兜(かぶと)を自宅に設けた工房で作っており、これまでに100頭(かしら)以上を完成させている。
 山口さんは18歳からパナソニック彦根工場で技術者として勤務し、ドライヤーやシェーバーの小型モーターなどを作り、長年の仕事の中で板金などの加工技術を習得した。55歳の時に「定年後は何をしようか」と考えていたころ、野洲市内で兜作りを趣味でしている男性がいるのを知り「虫が騒いだ」という。
 以降、山口さんは男性の元に3回通って、作っている場面を見て学び、58歳のころから仕事の延長戦として兜作りを始めた。定年後は本格的な製作に入り、自宅の玄関に設けた手作りの工房で、ハンマーやペンチなどで厚さ0・8㍉の鉄板を加工。
 戦国武将の甲冑を紹介した雑誌を参考にしたり、実際に展示品を見に行ったりして、本物そっくりに仕上げている。これまでに井伊直政、石田三成の彦根ゆかりのほか、豊臣秀吉、伊達政宗、真田幸村、明智光秀、黒田官兵衛ら著名な武将のかぶとを作ってきた。
 井伊家当主の天衝きや橘の家紋を着けた型、三成の大一大万大吉の家紋を備えた作品のほか、秀吉から家臣に伝わった放射状の形、加藤清正が着用したとされる長烏帽子型、実際の鹿の角を利用した幸村の着用品など独特な兜も作っている。わざとさびをつけて趣深く仕上げた作品もある。
 兜作りの魅力について、山口さんは「同じ武将の兜を作っても、さびの具合など一つ一つ違う雰囲気になります。作り方によって、どの工具を使うべきか考えるのも面白い。頭と手をフル回転するので認知症予防にもなります」と笑顔を見せていた。
 1作品を完成させるのには2~4カ月間かかる。オーダーメイドの注文も受け付けている。今後作りたい兜として、山口さんは徳川家康の兜をあげ「特に徳川の家紋にこだわって、オリジナルの作り方で作りたい」と意気込みを語っていた。
 兜のほか、灯ろうも作っている。米原市と長浜市では教室を開いている。問い合わせは山口さん☎090(8934)8685。

海洋教育パイオニアスクールプログラムに取り組む彦根市立佐和山小と福井県小浜市立内外海小が交流

 「海洋教育パイオニアスクールプログラム」に取り組む彦根市立佐和山小学校と福井県小浜市立内外海(うちとみ)小学校の5年生が1月29日、佐和山小で交流学習をした。
 同プログラムは笹川平和財団海洋政策研究所(東京都)と東京大学海洋アライアンス海洋教育促進研究センターが、子どもたちに海について学習してもらうことを目的に実施。全国各地の採択校が海に関する教育を進めており、「淡海」とも呼ばれ、海とつながりがある琵琶湖を有する滋賀県では佐和山小学校が今年度、唯一採択された。
 隣接する県のため佐和山小の児童81人と内外海小の児童10人の交流が実現。佐和山小の児童たちは、6月15日の近江八幡市の沖島訪問や、6月25、26日のフローティングスクール、9月28日の県立琵琶湖博物館の見学で学んだ内容や外来魚・赤潮など、これからの琵琶湖について3教室に分かれ、寸劇や紙芝居、クイズなどで発表。内外海小の児童たちが各教室を訪れて、佐和山小の児童の話を聞いた後、質問していた。
 その後、全員が集まって内外海小の児童たちがシーカヤックやシュノーケルをした体験談、ハイキングをした際に知った獣害被害、海と山のごみ問題などについて発表。各校が持参した日本海のワカメと沖島のせんべいを試食しながら交流していた。
 内外海小の山下琉希君(11)は「滋賀で暮らす皆さんは琵琶湖を守るために色んな取り組みをしていることを知りました。僕も海を汚さないように心がけて生活したい」と話した。佐和山小の石原咲都さん(11)は「(漁業の)後継者不足など同じ問題があることが理解できました。琵琶湖の水をきれいにすることを色んな人に広めていきたい」と語った。

2019年2月7日木曜日

佐和山小学校に災害時用のマンホールトイレ

 彦根市は佐和山小学校に、災害時用の「マンホールトイレ」=写真=を設けるための整備を市内で初めて行った。
 災害時は断水などでトイレが使えなくなる場合があり、全国各地で下水道管につながるマンホールを使ってトイレにするための整備が進んでいる。
 彦根市は下水道の整備状況や災害時の建物倒壊の危険性などを考え、避難所に指定されている小学校への整備を計画。今年度は災害時の避難者数が約1300人の佐和山小に直径約20㌢のマンホール15基を整備した。排せつ物を下水道の本管に流せるうえ、被災により本管が破損してもバキューム車で吸引できる「貯留型」を採用している。経費は便器やテントなど地上部分約483万円、下水道管など地下部分約961万円で、国が半額補助する。
 市は来年度、平田小と城東小にもマンホールトイレ15基分の整備を行う予定。残りの14校への整備は未定。

外国人観光客のモニターによるテストツアー女性3人が彦根城散策や剣舞体験

 外国人観光客のモニターによるテストツアーが25日、彦根市内であり、3カ国の女性3人が彦根城散策や剣舞体験などをした。
 滋賀県内の農林水産業で新事業の展開拡大を目指し、県内の関連事業者や研究機関による「滋賀県農林水産業新ビジネス創造研究会」が立ち上げたプロジェクト「Norashiga(ノラシガ)」の一環で実施。ノラシガは、外国人観光客の日本文化の体験を通じて、農山村地域での新ビジネスの創出につなげていくことを目的にしている事業。
 今回のテストツアーは研究会メンバーの近江ツーリズムボード(彦根商工会議所内)の主催で行われ、県内外に滞在している米国、ドイツ、ニュージーランドの20歳代の女性3人が参加。彦根駅で自転車を借りて彦根城に向かい、屋形船の周遊、彦根城や玄宮園の散策、北野神社で剣舞体験、政所園で利き茶をした。
 北野神社では侍の格好になって、光粋流の西邑光粋さん=長浜市=の指導を受けながら、お礼の仕方、刀の使い方、扇子の置き方などを習った後、実際に剣舞「川中島」の演舞を体験した。滋賀県立大学に留学しているカルメン・イエーレさん(23)は剣舞の体験後「エキサイティング(刺激的な)」と笑顔を見せながら「彦根の街は古い建物が多く、とても良かった」と話していた。
 今回のテストツアーを経て、外国人観光客向けのツアー企画としての商品化を検討していく。

2019年2月6日水曜日

滋賀の観光イノベーション研究会を設立

 滋賀県を観光形態の変化に対応できる街にしようと、滋賀大学(彦根市馬場)は県内の民間団体と「滋賀の観光イノベーション研究会」を設立。さきごろ、大津市内で最初の会合を開いた。
 観光の形態が文化やアート、デザイン、本物を重視するシフトに変化していると分析。民間レベルで滋賀の観光振興に向けたグランドデザイン(全体構想)をつくり、問題提起と実行支援をしていこうと、近江ツーリズムボード(彦根商工会議所内)や文教スタヂオ(彦根市佐和町)、びわ湖大津プリンスホテル、琵琶湖汽船らの代表者と研究会を立ち上げた。
 研究会の公表データによると▽外国人観光客の訪日前の楽しみは日本食、買い物、景勝地、町歩きで、観光後の次回には温泉、生活体験、スポーツなどを求めている▽滋賀は東京と大阪を結ぶゴールデンルート上にあるが、訴求力が弱く、うまく生かせていない▽滋賀への日本人観光客は50歳代と60歳代が多い▽滋賀への日本人観光客の目的は自然、歴史資源、町並み、琵琶湖が多い―ことなどを紹介。
 また滋賀大が昨年11月に彦根や長浜、大津など県内5カ所で外国人観光客を対象に行ったアンケート調査では、アジアや欧州の20歳代と30歳代の観光客が多く、名所や旧跡、琵琶湖、地域の食を楽しみにしていることがわかった。
 滋賀の観光の課題としては「日帰り客が大半で滞在期間が短い」「外国人に訴求できるコンテンツがない」「外国人観光客の漁業体験の禁止など規制がある」「花火大会などのイベントが経済効果を生んでいない」を指摘した。
 このほか最初の会議では、健康医療と観光の分野をコラボさせた「ウェルネスツーリズム」を取り上げ、高付加価値と中長期の滞在型の観光につながり、移住や定住の導線にもなり得ると提唱した。今後、研究会は2月20日に大津で2回目の会合を開き、3月15日午後2時~彦根キャッスルリゾート&スパで「世界を魅了する滋賀の観光の新たな展望」(仮称)をテーマにフォーラムを開催する。研究会主宰で滋賀大学社会連携研究センター長の石井良一教授は「民間と大学による自由な発想で滋賀のこれからの観光についてのグランドデザインを描いていきたい」と話している。

2019年2月1日金曜日

明智光秀の多賀町佐目出身伝説の講座

 来年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公の明智光秀が多賀町佐目の出身だとする伝説を広めようと、滋賀県教委は20日、多賀町立文化財センターで講座を開講した=写真。
 県教委文化財保護課の井上優さんは「明智家は美濃の国人だったが、光秀の出自ははっきりしない」としたうえで、貞享年間(1684~88)に近江について書かれて井伊家に献上された本「淡海温故録」を解説。▽(多賀町)佐目に明智十左衞門(光秀の父)が住んでいた▽光秀が越前の朝倉家に仕えることを望んだ▽朝倉家を辞して尾張の織田信長に仕官した▽信長への謀反時、多賀、久徳、阿閉(あつじ)ら多賀の武将が光秀に同心した後に没落した―ことが書かれていると説明した。
 現在の佐目に住み、光秀の家臣の子孫だと言われている見津(けんつ)さと子さんに取材した内容として「小学生の時に佐目が光秀ゆかりの地だと聞いた」「見津は本来、光秀から名の一文字を賜った『みつ』と言われたが、隠して『けんつ』と読んだ」などを紹介。本能寺の変後、安土城に入城した翌日に光秀が多賀大社などに発給した禁制についても取り上げた。
 光秀の佐目出身説の真実性については「良質の史料に書かれておらず、史実としては捉えられない」としながらも「佐目にはさまざまな伝承が残っている」「多賀大社の文書に光秀による禁制がある」「本能寺の変時に光秀に味方した多賀氏や久徳氏の拠点に隣接している」などの点から「決して荒唐無稽とは言えない」と結論づけた。
 佐目出身で株式会社マルト取締役の澤田順子さん=彦根市=は佐目地域を取材した結果報告として、光秀の屋敷があったとされる場所に建物が建てられてこなかったことや、城があった可能性がある3つの山などを取り上げていた。
 光秀多賀出身説の講座は県教委の「語り部づくり事業」の3回目として開かれ、彦犬地区を中心に80人以上が受講した。

彦根城の天守前広場で市民がラジオ体操

 彦根城の天守前広場に毎朝6時半から数十人の市民が集まり、ラジオ体操をしている。
 一番乗りを目指し、本紙記者が午前6時過ぎに天守前広場を訪れた際、すでに市民2人の姿があった。そのうち河原2丁目の村川晃司さん(77)=写真=は25年ほど前から、傷病や旅行を除いてほぼ毎日参加。午前4時半に起床し、本町の宗安寺を参拝した後、午前5時半過ぎに登城し、ラジオ体操の前段階の柔軟体操をしているという。
 村川さんは「朝からラジオ体操をすると気持ちがいい。琵琶湖の景色も毎日違いますよ」と笑顔を見せていた。村川さんによると、雨や雪が降る日は少ないものの、平均で30人ほどは参加しているという。記者が訪れた日も約30人の男女が集まり、天守前広場を囲む形になってラジオ体操の第1と第2をしていた。
 参加者の最高齢は中央町の上田孝一さん(89)。70歳代後半から参加しており、「長生きするために登っています。気分が違いますし、『無』の境地にもなれます」と話していた。
 最も若いのは本町1丁目の箕形とも子さん(55)。家族の介護のため3年前に仕事を退職したのを機に出席しており「仕事をしていた時は不規則な生活でしたが、ラジオ体操をするようになって1日のけじめがつき、朝ごはんもおいしい」と語っていた。
 ラジオ体操を終え、村川さんと下山した午前7時前には表門橋前の内堀沿いを散歩していた中央町の大森修太郎さん(79)に出会った。
 大森さんによると、41歳の時に友人と2人で携帯ラジオを持参し、天守前広場で始めたのが最初だといい、一時は「城歩(じょうぶ)会=丈夫にちなんで命名」という市民団体も結成され、市民の間に「天守前でのラジオ体操」の情報が広まったらしい。
 村川さんによると、時期や天候によってはラジオ体操後に参加者同士で花見会や朝ごはん会もしているいい「普段はあまり人と話す機会がない高齢者同士が楽しく交流できる良い機会にもなっている」と参加を促していた。