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2011年3月16日水曜日

彦根工業高校 防災対策「かまどベンチ」普及拡大で防災教育大賞受賞

 彦根工業高校が普及活動を続けている防災対策の「かまどベンチ」作りが、先月末に東京都内で開かれた内閣府主催の報告会で、最高の防災教育大賞を受賞した。
 同校都市工学科では平成20年10月から生徒たちが、学校や地域の公園などにかまどベンチを製作。幅156㌢、奥行き46㌢、高さ36㌢のレンガ作りで、災害時には炊き出し用のかまどとして利用できるほか、普段は木製の板を置くなどしてベンチとして使うこともできる。これまでに市内に計15基を作っている。
 防災教育チャレンジプラン最終報告会には、全国の防災教育に取り組み学校や地域の団体などから書類選考を通過した17団体が参加。彦工は、「高齢者と共に活動~モノづくり防災活動~」と題して、担当教員の田中良典さん(42)と生徒4人が、かまどベンチの製作方法や防災対策の向上に貢献していること、高齢者との交流で防災の知恵を学んだことを発表した。
 受賞は平成21年度の防災教育特別賞に続いて2度目。田中さんは「継続してきたことや県外にも普及が広まったことが評価されたと思う。これからも製作を続けたい」と話していた。

2011年3月15日火曜日

彦根市立病院の災害派遣医療チーム・DMATが被災地任務終え戻る「被災情報得られぬ」

 被災地へ12日から派遣されていた彦根市立病院の災害派遣医療チーム=通称DMAT(ディーマット)が任務を終え14日に戻った。
 DMATは、災害発生後の急性期・48時間以内に被災した傷病者を被災地以外の医療機関に搬送したりする機動性に優れた医療チーム。
 今回派遣された市立病院のDMATは医師と看護師が2人ずつ、臨床工学技士の計5人。県の要請で12日朝に伊丹空港を出発し、夕方に花巻空港に到着。翌日早朝から、花巻空港の格納庫に臨時に設けられた広域搬送拠点医療管理所・通称SCUで患者のトリアージや傷病者の搬送業務などをした。
 花巻空港のSCUでは約60チームが活動にあたり、岩手や宮城から運ばれた約40人の患者を診、うち6人が羽田空港に運ばれたという。
 戻った直後の会見でリーダーの脳外科医・金子隆昭(たかあき)さん(52)は「SCUの現場では被災地の正しい情報を得ることができず、誤った情報が流れてきて大変だった」と話していた。

東北・関東大震災 被災者支援、彦根城ライトアップ自粛 彦根青年会議所が支援物資受付と募金

 東北・関東大震災の被災者を支援するため、彦根市内でも節電や募金活動の輪が広がっている。彦根市は、節電と哀悼の意味を込めて、14日から彦根城のライトアップを当分の間、自粛することにした。
 市内商店街でも登り町グリーン通り商店街の一部店舗が節電のため、イルミネーションの点灯を消している。
 平和堂とフタバヤ彦根店には募金箱が設置されている。
 彦根青年会議所は支援物資の提供を受け付けているほか、17日までは午前7時から1時間、市内の各駅で募金活動をしている。
 被災地への輸送が困難なため、物資はカップめん、使い捨てカイロ、紙おむつ、電池の4種類に絞り、箱単位での提供を求めている。受付場所は彦根市安清町の清水鉄工所。4月末までの月~木曜日の午前10時から午後3時。
 募金は16日が彦根駅東口と南彦根駅東口で、17日が河瀬、稲枝の各駅前で行われる。以降、中央町の彦根青年会議所事務局でも随時受け付ける。

被災地支援で自衛隊や彦根署、市消防署不参加 「わーくメッセ」彦根商工会議所青年部が初開催

 彦根商議所青年部は13日、子どもたちに仕事を体験させる「わーくメッセ」を文化プラザで初めて開いた。会場には東北・関東大震災の被災者救援のため募金箱も設置された。
 震災の救援活動のため不参加となった、自衛隊滋賀地方協力本部彦根地域事務所、県警彦根署、市消防本部を除く41団体がブースを設置。子どもたちは、木工細工やラジオのアナウンサー、ソーセージ造り、ミニブーケの花束作りなどを体験した。
 回鮮寿司・海座が開いた「巻き寿司」教室では、1回の講座に8人ずつが参加。「いらっしゃいませ」などの掛け声やおじぎの仕方などを習った後、4グループに分かれて、すし職人から巻き方を教えてもらいながら、キュウリ巻きなどを作っていた。
 将来の夢が料理人だという城南小4年生の守沢竜之甫君(10)は「巻き寿司は初めての体験でとても楽しかった。これから家でも作っていきたい」と話していた。

我々は何をすべきか―東北・関東大地震の被災者の方々へ―

 東北・関東大震災で被災した女児(5)が避難所に持参したパンフレットに、「じしんのばか じしんきらい」と記していた―(毎日新聞12日付夕刊)。この女児が震災でどのような境遇に遭ったのかはこの記事だけでは知る由もないが、多くの国民を奪った地震に対し、我々はこの女児が表したかったであろう強烈な怒りと憎悪と共に、人間の力ではどうすることもできない無力さに、虚無感さえも禁じえない。
 また、経済の先行きは暗く、政治も混迷が続いていた中で、更なる追い討ちをかけられたことで、日本の国力は間違いなく衰退の途をたどるであろうし、その復興のための足がかりさえ見えないことに絶望感さえもただよっている。
 ここまでペンを進めたころには、老夫婦につれられて避難する幼児の後ろから、津波が猛スピードで接近している映像がテレビで流れていた(前方を歩いていた消防士撮影)。その老夫婦と幼児の運命はどうなったのか。
 そのような思いの中で、我々ができることは何なのか。その明瞭な答えは見当もつかないが、一つ言えることは、近年まれにみる大惨事による国難に対して、我々に求められているのは日本民族の団結しかないということだ。例えそれが間接的で小さな力(支援)であろうと、まずは精神的、肉体的に苦しむ同士たちを助けることしかなかろう。
 日本には幸いにも、世界的に時に復興の妨げとなりうる、宗教的、民族的な対立は存在しない。政治的、思想的な対立は世界同様あるが、この国難にそれらの陳腐な対立は無用であり、全国民が東北地方(一部関東も含む)の同士のために立ち上がらなくてはならぬ。
 被災者の方たちが、電気や水道、ガスがなく、飢えや寒さに苦しみ、家族の行方不明や死に悲しんでおられる光景をテレビなどで見ると、普段の我々の生活はおこがましく思うし、現地に赴くことができないことへの苛立ちもある。
 しかし今、我々にできることは、募金活動や節電などであり、それらが少しでも早く現地へ届き、幾ばかりかの恩恵になることを祈ることである。
 偽善でも良いではないか。国民1人1人の善意が、この国の再興に繋がることだけは間違いないのだから。  【山田貴之】

2011年3月12日土曜日

東北・関東大震災の被災者へ募金と救援物資の提供呼びかけ、彦根市民体育センターで滋賀レイクスターズの選手団

 東北・関東大震災の被災者を救援するため、プロバスケ・滋賀レイクスターズの選手たちが12日、試合が予定されていた彦根市民体育センターで募金と救援物資の提供を呼びかける活動をした。13日正午から午後3時までも行われる。
 滋賀レイクスは12、13日の両日、同センターでリーグ戦の予定だったが、地震により全国で試合が中止になったため、急きょ支援活動をすることにした。会場では、根間洋一・ヘッドコーチ代行、主将の藤原隆充選手、小川伸也選手・レイ・シェファー選手が支援を呼びかけ、メールマガジンで活動を知ったファンらが救援物資などを手渡していた。
 以前所属していた新潟でも大地震を2度経験したという藤原選手は「このような行動を起こせたことをうれしく思う。募金や物資の提供を待っています」と話していた。
提供を呼びかけている物資は、カップラーメン、割りばし、紙皿、粉ミルク、ラップ、レトルト食品、ほ乳びん、おむつ、生理用品、歯ブラシ、歯磨き粉、新品の肌着、カイロなど。水や医薬品などは受け取りできない。
 集まった金や物資は専門の機関を通じて現地に届け、後日ホームページやメルマガで報告する。テッシュなどを提供した小泉町の杉山郷子さん(61)は「テレビを見て、少しでもお役に立ちたいと思って来た」と話していた。
 滋賀レイクスでは今後も支援活動を続ける予定。

東北・関東大震災の被災者救援で救助隊員・医療チーム・給水車を派遣、彦根市

 11日に発生した東北・関東大震災の被災者救援のため、彦根市は11日夜から12日にかけて、救助と治療、給水を行う担当者を現地に派遣した。
 派遣されたのは、市消防本部から救助隊員10人とタンク車・災害対策車・救急車1台ずつ、市立病院から医師・看護師2人ずつ・臨床工学技士1人、水道部から給水車1台と職員2人。ほかに被災者が搬送された際に受け入れるベッドも3床用意した。