7月14日に金沢市内で開かれた「YOSAKOIソーラン日本海百万石会場・ジュニア大会」で、彦根市の子どもたちのグループ「舞宇夢赤鬼Jr」が最優秀にあたる大賞を受賞し、市役所に報告のため訪問した。
ジュニア大会には全国から16チームが出場。舞宇夢赤鬼Jrは小中学生約30人で組織している。
市役所には総括の三輪勇さん(63)を含め8人が訪問し、市長らに報告した。
メンバーの荒川真実さん(12)は「大賞受賞はとてもうれしい。現地で友達ができたことも良かったです」と話していた。
彦根市と犬上郡の話題を中心に、関連する国政や滋賀県政のニュースもお送りします。取材依頼や身近な話題の提供などもお待ちしています。 電話0749-65-0608 FAX0749-62-4483 メール(hikone@shigayukan.com)
2010年8月31日火曜日
2010年8月29日日曜日
隠れた名所「仙琳寺」 井伊直興の子・本空の弟子(義空)時代に建立、直弼も茶室に通う
佐和山近くの愛宕(あたご)山にある天台宗・仙琳寺(内田一明住職)=古沢町=は、歴史好きの市民でさえ詳細を知らない、知る人ぞ知る「隠れた名所」だ。
佐和山城落城の直後を描いたという「彦根御山絵図」(江戸時代中期)では、現在の仙琳寺の場所に、「愛宕」という字と鳥居があるため、江戸時代以前には京都の愛宕社から分祀された社堂があったとされる。元禄8年(1695)に彦根藩四代目藩主・井伊直興がその愛宕社を修理。十一代・直中時代には諸堂や門なども整備され、文化3年(1806)までに現在の形に。
古沢町のJRを挟んで西側(警察署側)から、寺へつながる専用の緑の鉄橋を渡り、階段を数段あがると、堂々とそびえる楼門が建つ。そこをくぐり、階段をあがると、平安時代末期から鎌倉時代に作られた阿弥陀如来坐像を本尊とする本堂(異なる堂を後に転用)があり、左側の中門を入ると、愛宕社、観音堂など諸堂が並んでいる。本堂には茶室や庭園跡があり、楼門の左側の斜面には領民が三成を慕って作ったとされる石田地蔵もある。
寺と佐和山の間には竹やぶが生い茂っているが、市民有志が整備をしており、その作業中には井戸3つと石垣跡を確認(本紙25日付で既報)。三成時代に仙琳寺のあった場所に茶室が設けられて、そこで三成が茶の水をくんだとの伝承もあるが、市文化財課によると、三成時代、そこには何らかの「丸」があったらしいが、三成が過ごしていたかは不明だという。
直興の子・本空病死も
弟子・義空が托鉢し建立
【仙琳寺の歴史】
四代・井伊直興は、息子・千代之助(1711~70)の行く末を案じ、深く帰依していた松雲寺(旧愛東町)住職の南嶺慧詢(なんれいえじゅん)に託した。千代之介は出家後、弁慧(べんえ)と改名。南嶺の死後、直興の命により京都に上り、寺院・般舟三昧(はんじゅざんまい)院に入って、名を本空と改め、その後、同院十五代目の住職に。自らで寺の建立を決意するが、病死した。
本空の弟子・義空は、預かった金が天明8年(1788)の大火で焼失するという災難にあうが、直興から本空への遺書を持って愛宕山の庵に移り、彦根の町で托鉢を行う。それを知った十一代・直中が寺院の普請を進め、寛政10年(1798)に本空を初代住職にする命を出し、そのころ「仙琳寺」となったとされる。
直中の子で十三代・直弼の時代には、直弼が仙琳寺の五代目住職・慈空宛てに送った嘉永6年(1853)の書状で愛用の茶器を贈ったことが明記。嘉永5年から安政5年(1858)までの江戸・彦根での茶会記「懐石附(づけ)」では直弼が仙琳寺での茶会に4回出席。嘉永4年から安政4年までの16回の茶会を記した「彦根水屋帳」では直弼が亭主を務める茶会に慈空が3回参加しているなど、直弼との親密ぶりがうかがえる。 (文・写真=山田貴之)
佐和山城落城の直後を描いたという「彦根御山絵図」(江戸時代中期)では、現在の仙琳寺の場所に、「愛宕」という字と鳥居があるため、江戸時代以前には京都の愛宕社から分祀された社堂があったとされる。元禄8年(1695)に彦根藩四代目藩主・井伊直興がその愛宕社を修理。十一代・直中時代には諸堂や門なども整備され、文化3年(1806)までに現在の形に。
古沢町のJRを挟んで西側(警察署側)から、寺へつながる専用の緑の鉄橋を渡り、階段を数段あがると、堂々とそびえる楼門が建つ。そこをくぐり、階段をあがると、平安時代末期から鎌倉時代に作られた阿弥陀如来坐像を本尊とする本堂(異なる堂を後に転用)があり、左側の中門を入ると、愛宕社、観音堂など諸堂が並んでいる。本堂には茶室や庭園跡があり、楼門の左側の斜面には領民が三成を慕って作ったとされる石田地蔵もある。
寺と佐和山の間には竹やぶが生い茂っているが、市民有志が整備をしており、その作業中には井戸3つと石垣跡を確認(本紙25日付で既報)。三成時代に仙琳寺のあった場所に茶室が設けられて、そこで三成が茶の水をくんだとの伝承もあるが、市文化財課によると、三成時代、そこには何らかの「丸」があったらしいが、三成が過ごしていたかは不明だという。
直興の子・本空病死も
弟子・義空が托鉢し建立
【仙琳寺の歴史】
四代・井伊直興は、息子・千代之助(1711~70)の行く末を案じ、深く帰依していた松雲寺(旧愛東町)住職の南嶺慧詢(なんれいえじゅん)に託した。千代之介は出家後、弁慧(べんえ)と改名。南嶺の死後、直興の命により京都に上り、寺院・般舟三昧(はんじゅざんまい)院に入って、名を本空と改め、その後、同院十五代目の住職に。自らで寺の建立を決意するが、病死した。
本空の弟子・義空は、預かった金が天明8年(1788)の大火で焼失するという災難にあうが、直興から本空への遺書を持って愛宕山の庵に移り、彦根の町で托鉢を行う。それを知った十一代・直中が寺院の普請を進め、寛政10年(1798)に本空を初代住職にする命を出し、そのころ「仙琳寺」となったとされる。
直中の子で十三代・直弼の時代には、直弼が仙琳寺の五代目住職・慈空宛てに送った嘉永6年(1853)の書状で愛用の茶器を贈ったことが明記。嘉永5年から安政5年(1858)までの江戸・彦根での茶会記「懐石附(づけ)」では直弼が仙琳寺での茶会に4回出席。嘉永4年から安政4年までの16回の茶会を記した「彦根水屋帳」では直弼が亭主を務める茶会に慈空が3回参加しているなど、直弼との親密ぶりがうかがえる。 (文・写真=山田貴之)
2010年8月28日土曜日
湖東定住自立圏・地域創造事業発表、戦国リキシャ・石田三成検定・農家レストランなど
彦根市は25日、彦愛犬による湖東定住自立圏内で年度内に行われる「地域創造事業」を発表した。
彦愛犬は、5月から6月まで募集し圏域内の団体から51事業の提案があり、メインイベントとなるシンボルで3、ほかの地域づくりで28の事業を決めた。
シンボル事業は▽ウォークラリーや地域資源に関する講演会などの「秋の一日まるごと中山道!中山道ウォーク&湖東ふるさと塾」▽電車内や駅舎で物産販売とサイクルラリーの「湖東いい(井伊)輪 田園鉄道 近江湖東産直マルシェ&サイクリング」▽江州音頭をベースにしたよさこい演舞をつくる「湖東三山新江州音頭演舞会」(仮称)。
主な地域づくり事業は▽一圓屋敷の収蔵品のうち非公開の屏風などを公開▽戦国の甲冑をイメージした戦国リキシャを製作▽仙琳寺の竹やぶを整備し竹ホルダーを作ってキャンドルナイトで使用▽歴史や言い伝えを子どもたちが取材し紙芝居や壁新聞を作る▽井伊直弼の漫画を発刊▽石田三成検定を行う▽地元食材を使っての「農家レストラン」を一時オープンする―など。
彦愛犬は、5月から6月まで募集し圏域内の団体から51事業の提案があり、メインイベントとなるシンボルで3、ほかの地域づくりで28の事業を決めた。
シンボル事業は▽ウォークラリーや地域資源に関する講演会などの「秋の一日まるごと中山道!中山道ウォーク&湖東ふるさと塾」▽電車内や駅舎で物産販売とサイクルラリーの「湖東いい(井伊)輪 田園鉄道 近江湖東産直マルシェ&サイクリング」▽江州音頭をベースにしたよさこい演舞をつくる「湖東三山新江州音頭演舞会」(仮称)。
主な地域づくり事業は▽一圓屋敷の収蔵品のうち非公開の屏風などを公開▽戦国の甲冑をイメージした戦国リキシャを製作▽仙琳寺の竹やぶを整備し竹ホルダーを作ってキャンドルナイトで使用▽歴史や言い伝えを子どもたちが取材し紙芝居や壁新聞を作る▽井伊直弼の漫画を発刊▽石田三成検定を行う▽地元食材を使っての「農家レストラン」を一時オープンする―など。
「彦根仏壇・伝統工芸インターンシップ」、京都伝統工芸大学校の学生が彦根仏壇の技体験
彦根仏壇の若手職人グループ「江州彦根七職家」の製作現場で、京都伝統工芸大学校(京都府園部市)の学生が職人の技を体験している。
彦根仏壇業界は、職人の高齢化と後継者不足が深刻な状況で、若手の職人を求めている。彦根市芹中町の井上仏壇店(井上昌一代表)は、仏壇の製造技術を学んでいる学生に、将来的に彦根仏壇業界の職人になってもらおうと、平成20年から「彦根仏壇・伝統工芸インターンシップ」を実施。今年は江州彦根七職家に協力を求め、同校で蒔絵と木彫刻を専攻する女子学生2人が23日から28日まで、大薮町の蒔絵工房・舟越と米原市の井尻彫刻所に分かれて、それぞれの技を体験している。
蒔絵工房舟越に出向いている山根昌子さん(30)=守山市=は「学校で学ぶことと現場での仕事では違うものもあるが、とても楽しい。将来的に彦根仏壇の業界で働ければ」と話していた。同店店主の舟越丈二さん(39)は「受け入れることができれば是非、考えたいが、彦根仏壇業界は(景気が)厳しいから」と答えていた。
彦根仏壇業界は、職人の高齢化と後継者不足が深刻な状況で、若手の職人を求めている。彦根市芹中町の井上仏壇店(井上昌一代表)は、仏壇の製造技術を学んでいる学生に、将来的に彦根仏壇業界の職人になってもらおうと、平成20年から「彦根仏壇・伝統工芸インターンシップ」を実施。今年は江州彦根七職家に協力を求め、同校で蒔絵と木彫刻を専攻する女子学生2人が23日から28日まで、大薮町の蒔絵工房・舟越と米原市の井尻彫刻所に分かれて、それぞれの技を体験している。
蒔絵工房舟越に出向いている山根昌子さん(30)=守山市=は「学校で学ぶことと現場での仕事では違うものもあるが、とても楽しい。将来的に彦根仏壇の業界で働ければ」と話していた。同店店主の舟越丈二さん(39)は「受け入れることができれば是非、考えたいが、彦根仏壇業界は(景気が)厳しいから」と答えていた。
2010年8月27日金曜日
芹谷ダム問題、「芹谷地区ダム対策委員会水没部会」が「使途制限のない補償金」要望、県と平行線
県が建設中止を決めている芹谷ダムの予定地の住民で組織の「芹谷地区ダム対策委員会水没部会」の門川康夫部会長らが25日、県庁を訪れ、嘉田知事に「使途制限のない補償金」を求める要望書を提出した。
部会では7月下旬に、多賀町水谷地区の24軒を対象に行ったアンケート結果に基づき要望書をまとめた。県が家屋改修や介護支援など福祉施策、道路などインフラ整備を示しているのに対し、要望書では使途制限のない補償金と、各戸の敷地内全棟が対象の改修―などを求めており、平行線をたどっている。
25日の会談でも互いの溝は埋められておらず、今後の交渉の行方が注目される。
彦根市の脱退を正式承認
県流域治水検討委員会
県流域治水検討委員会の行政部会が24日、大津市内で開かれ、治水対策の方針の違いから平成20年11月28日に申し入れた彦根市の脱退が正式に承認された。
市は、「県流域治水基本方針」で▽行政主導型治水から住民と行政との協働型治水へ▽川の中での対策から川の外を含めた流域一体での対策―などと示されたことに反発。芹谷ダム建設の推進の立場から「委員会の方針と市に相違があるため、承諾できない」として脱退を通知していた。
部会では、彦根市の方針に変化がないため脱退を承認したうえで、復帰への説得を続ける考えも示した。また年内にも県の流域治水基本方針の原案が決定される。
部会では7月下旬に、多賀町水谷地区の24軒を対象に行ったアンケート結果に基づき要望書をまとめた。県が家屋改修や介護支援など福祉施策、道路などインフラ整備を示しているのに対し、要望書では使途制限のない補償金と、各戸の敷地内全棟が対象の改修―などを求めており、平行線をたどっている。
25日の会談でも互いの溝は埋められておらず、今後の交渉の行方が注目される。
彦根市の脱退を正式承認
県流域治水検討委員会
県流域治水検討委員会の行政部会が24日、大津市内で開かれ、治水対策の方針の違いから平成20年11月28日に申し入れた彦根市の脱退が正式に承認された。
市は、「県流域治水基本方針」で▽行政主導型治水から住民と行政との協働型治水へ▽川の中での対策から川の外を含めた流域一体での対策―などと示されたことに反発。芹谷ダム建設の推進の立場から「委員会の方針と市に相違があるため、承諾できない」として脱退を通知していた。
部会では、彦根市の方針に変化がないため脱退を承認したうえで、復帰への説得を続ける考えも示した。また年内にも県の流域治水基本方針の原案が決定される。
2010年8月25日水曜日
仙琳寺プロジェクト 竹やぶ整備し石垣や石田三成の茶の井?確認、キャンドルナイト実行委員会
彦根市民有志が、古沢町の愛宕(あたご)山にある仙琳(せんりん)寺の周辺を整備する「仙琳寺プロジェクト」を立ち上げ、廃竹の除去作業をしており、22日にも3回目の作業が行われた。これまでに石田三成が水をくんだと伝わる3つの井戸や石垣の跡を確認した。
仙琳寺(後日・詳細紹介)は、彦根藩四代目藩主・直興(1656~1717)の子・千代之助(1711~70)が出家し、本空と改名した後に開基した寺。現在、その周辺には竹やぶが広がっているため、9月23日と11月6日に宗安寺(本町2)で行われる恒例イベント・キャンドルナイトの実行委員会メンバーが仙琳寺を新たな観光名所にしようとプロジェクトを企画。10人前後が7月19日、8月8日、22日と作業を行い、井戸などを確認した。
仙琳寺(後日・詳細紹介)は、彦根藩四代目藩主・直興(1656~1717)の子・千代之助(1711~70)が出家し、本空と改名した後に開基した寺。現在、その周辺には竹やぶが広がっているため、9月23日と11月6日に宗安寺(本町2)で行われる恒例イベント・キャンドルナイトの実行委員会メンバーが仙琳寺を新たな観光名所にしようとプロジェクトを企画。10人前後が7月19日、8月8日、22日と作業を行い、井戸などを確認した。 これまでに予定エリアの3分の1ほどを終えているが、今後も9月12日と10月10日に作業を予定しており、参加者も募集中。また、伐採した竹でキャンドルホルダーを約1000個作り、キャンドルナイトで灯す計画も。問い合わせは夢京橋あかり館℡0749(27)5501へ。
子ども駅長体験「出発進行~」、近江鉄道で
同社は、親子の夏休みの思い出にしてもらおうと、7~28日の土曜に駅長体験を開催。
21日は、午前中に彦根駅東口で、制服に着替えて記念写真を撮った後、電車の仕組みや安全システムの説明などを受ける鉄道教室、同社ミュージアムの見学を経て、高宮駅に移動し業務を体験。
谷航輔君(三重県津市・小2)、馬場亮輔君(栗東市・小5)、石部和也君(愛荘町・小2)の3人が、発着する際の指さしや、駅構内の乗り換え案内、切符切りに取り組んだ。少年たちは、颯爽と指さし合図を行ったり、大きな声で乗り換え放送をするなど伸び伸びと鉄道仕事に没頭していた。
最寄の愛知川駅によく行くという石部君は「とても楽しかった、来年もやりたい」と話していた。
登録:
投稿 (Atom)

-1.jpg)