2017年6月9日金曜日

彦根城博物館が江戸時代の大洞弁財天とその周辺の景観描いた絵図など購入

 彦根城博物館はこのほど、江戸時代の大洞弁財天(古沢町)とその周辺の景観を描いた絵図などを購入したと発表。
 大洞弁財天は彦根城と彦根藩領の安寧を祈願するため、彦根藩四代当主・井伊直興によって元禄8年(1695)から翌年にかけて建立された。
 絵図には元禄9年に建てられた弁財天堂、阿弥陀堂、宝蔵(ほうぞう)、楼門(ろうもん)が描かれている。いずれの建物とも現存しており、配置も一致している。ただ、元禄12年に建てられた経蔵(きょうぞう)と安永4年(1775)に建立されたという奥の院は絵図に描かれていない。
 大洞弁財天の周辺には、隣接する龍潭寺や清凉寺のほか、愛宕(あたご)社、松原内湖、対岸の彦根城と城下、松原村の砂浜、虫(物生)山、磯村が描かれている。また大洞弁財天のふもとには「茶店」や、番人を務めた「七人番衆」の屋敷も記されている。
 絵図に描かれている景観の年代としては、愛宕社の地に寛政10年(1798)に着工され、文化4年(1807)に完成した仙琳寺が描かれていないことから、元禄9年から寛政10年までの約100年間のいずれかの年だとみられる。作者は不明だが、絵図の裏面には当時の所有者とみられる大坂の町人・木村蒹葭堂(けんかどう)が自筆で「彦根大洞弁財天図」と記した題簽(だいせん)が貼られている。彦根城博物館は昨年3月に古書店から購入。江戸時代の大洞弁財天を描いた絵図が確認されたのは初めて。
 ほかの購入品は、彦根藩士の居住区だった内曲輪(内堀と中堀の間)から外堀までの藩士名・石高・家紋・馬印と思われる絵が記された文化11年(1814)5月11日から12月22までの家並(やなみ)帳、18世紀後半の彦根城下の家並絵図、大洞にあった彦根藩の火薬庫を示す御塩硝(ごえんしょう)蔵の実測地図、寺院の位置を目的にしたとみられる彦根城下全体を描いた18世紀の絵図など。

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