2018年11月7日水曜日

井伊直滋の甲冑 永源寺で初公開

 彦根藩井伊家二代当主の井伊直孝の長男・直滋(なおしげ)の甲冑が、保管されてきた東近江市の永源寺で1日から初公開されている。かぶとは当主のみに許された両脇から突き出る天衝き型で、彦根城博物館では「直滋の天衝き型のかぶとはほかになく貴重だ」としている。
 直滋は慶長17年(1612)生まれ。井伊家の世継ぎとして、江戸城にも何度か出入りしており、三代将軍・徳川家光に取り立てられた。直孝との不仲など何らかの理由で当主にはなれず、晩年は近江へ戻り、万治元年(1658)以降は百済寺で過ごし、3年後に亡くなった。彦根藩の依頼で葬儀が永源寺で行われ、百済寺に墓がある。
 元禄5年(1692)に井伊家の世話役が永源寺宛てに書いた文書には「江戸の屋敷の土蔵から(直滋の甲冑が)出てきた。焼くことも考えたが、相談し預ける」と記されている。また永源寺によると、元禄5年に行われた直滋公三十三回忌の法要に合わせて奉納されたという。同寺では蔵で保管してきたが、今年4月に整理をしていたところ、かぶとや天衝き、こてなどが見つかった。
 彦根城博物館には幼少期の甲冑を含めて2領あるが、かぶとが天衝き型ではないため、同館では「当主と同じスタイルのかぶとであり、非常に珍しい」としている。永源寺は直滋の甲冑のほか、同時に見つかった鎖かたびらや腰に付ける弁当箱などを30日まで展示している。入山料がいる。問い合わせは永源寺☎0748(27)0016。

0 件のコメント: