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2011年3月12日土曜日

東北・関東大震災の被災者救援で救助隊員・医療チーム・給水車を派遣、彦根市

 11日に発生した東北・関東大震災の被災者救援のため、彦根市は11日夜から12日にかけて、救助と治療、給水を行う担当者を現地に派遣した。
 派遣されたのは、市消防本部から救助隊員10人とタンク車・災害対策車・救急車1台ずつ、市立病院から医師・看護師2人ずつ・臨床工学技士1人、水道部から給水車1台と職員2人。ほかに被災者が搬送された際に受け入れるベッドも3床用意した。

彦根市芹橋出身の画家・上田道三の絵画展 銀座のギャラリーコジマで

 彦根市芹橋出身の画家・上田道三(みちぞう)の絵画展が16日まで、ギャラリーコジマ(銀座町)で開かれている。12日午後2時~は展示品の説明会もある。
 道三は昔の史料を参考に、戦後、城郭や城下町を数多く描いたことで知られる。今回は、天保7年(1836)の彦根城とその周辺、江戸時代の外堀や長曽根口など周辺の町割りのほか、明治時代の山の湯やだん治家具、親玉饅頭(まんじゅう)、丁子屋など市街地の様子を描いた作品計52点を展示している。開館は午前11時~午後6時。入場無料。駐車は平和堂銀座店へ。問い合わせは同ギャラリー℡0749(22)0347。
 ※上田道三=明治41年(1908)9月28日生まれ。昭和11年(1936)京都市立絵画専門学校卒業後、数多くの展覧会に出品。21年4月から彦根に戻り、日本城郭史料画や記録図の制作を開始。30年「彦根城原形全景図」、33年「彦根城郭旧観全景図」、35年「佐和山古城図」などを完成させる。47年に市功労者、54年に県文化功労者を受章。59年3月30日に彦根で死去。

2011年3月11日金曜日

ひこにゃん騒動 彦根市が原作者ら提訴へ 議会に関連案提案、よいにゃんこ商品販売停止など求め

 彦根市は9日、ひこにゃんに類似した商品の販売の取り止めや4900万円の損害賠償を求めて大阪地裁に提訴すると発表。関連議案を議会閉会日の22日に提案することにした。
 議案で市は、類似商品の販売などは、ひこにゃんについて市が所有する商標権と著作権の侵害で、ひこにゃんの知名度をあげた市の努力にただ乗りしてきた不正競争防止法違反にあたるとし、販売などの禁止と損害賠償を求めている。訴えの相手方には、ひこにゃんやひこねのよいにゃんこなどの作者、所属するデザイン会社、商品を販売する市内外の4業者をあげている。
 獅山市長は、類似商品をひこにゃんと思って買ったという苦情が昨年4月以降で計19数件あったと報告したえで、「我慢に我慢を重ねてきたが、市として許しておけない」と話した。
 22日に議会提案され、総務常任委員会に諮られた後、議会での採決になる。

2011年3月9日水曜日

大江戸吹雪 城西小学校の児童が演舞、「直弼のこころを伝える会」(直心会)指導で

 彦根市立城西小学校の3年生が5日、井伊直弼の開国への思いをうたった民謡「大江戸吹雪」の舞いを披露した。
 昨年3月までの井伊直弼と開国150年祭時に結成された市民有志による「直弼のこころを伝える会」(直心会)が、子どもたちに大江戸吹雪を知ってもらおうと、昨年に続いて企画。
 先月末から3回の練習を重ね、この日は児童33人が背中に「井」の家紋が入った赤色のかみしもを着て登場。扇子を片手に持ち、華麗な舞いを見せていた。
 城西小ではこの日、「春のつどい」が催され、会場の体育館には保護者や地域住民ら大勢が詰めかけ、児童たちの舞いが終了すると、大きな拍手が沸き起こっていた。

北政所(おね)と淀殿(茶々) 豊臣政権での活躍解説 田端泰子・京都橘大教授、大学サテライトプラザ彦根で

 日本中世史が専門の田端泰子・京都橘大教授が5日、大学サテライト・プラザ彦根で、豊臣政権を支えた北政所(おね)と淀殿(茶々)をテーマに講演=写真。秀吉が生きていたころと死後との2人の生き方を解説した。
 田端教授は、秀吉が長浜城主だった天正2年(1574)の秀吉からおねへの手紙を紹介。町人の諸役を免除したことで百姓から町人になる者が増えたため、町人に諸役を課そうとしたものの、おねに反対されたため、免除を続けるという内容で「秀吉とおね、夫婦で協力して領国を統治していこうという姿勢がうかがえて、すばらしい」と話した。
 秀吉が関白、おねが北政所となったころ、おねは朝廷との付き合いや人質となった島津家との交流を行うなど、「その役割が拡大した」と解説。一方、淀殿は文禄2年(1593)に捨丸(後の秀頼)を産み、その後、後見として表舞台に出てきたとした。
 慶長3年(1598)8月に秀吉が亡くなり、以降、おねは京都の城に住みながら秀吉を祭神とする豊国神社(京都)に月参りをし、淀殿は大坂城で秀頼の後見となり、「このころから役割が分割されてきた」と説明。
 大坂冬・夏の陣(1614~15)のころは「淀殿が大坂城内で軍勢を仕切っていた」とし、「おねは政治には関与せず、豊臣政権下での『かかさま』としての役割を貫いた」と述べた。講演は大学サテライト・プラザ彦根運営協議会が主催し約100人が来場した。

2011年3月8日火曜日

彦根城・天守前広場で初の鷹狩り 日本放鷹協会の鷹匠 諏訪流の渡りなど披露

 彦根城の天守前広場で6日、鷹(たか)狩りが初めて行われ、日本放鷹(ほうよう)協会の鷹匠らが諏訪流の技を披露した。
 江戸時代、彦根藩でも鷹狩りが行われていたとされる。諏訪流は織田信長が重用した鷹匠・小林家鷹を祖とする流派で、実演には会長の室伏三喜男さん(56)ら15人が参加。
 羽を広げた時の大きさ約120㌢から約160㌢の鷹8羽が用いられ、鷹匠の手から飛び立ち、樹木などにとまった後、再び鷹匠の元に戻る「渡り」などの技が披露され、約500人の観客からは技ごとに大きな歓声が起こっていた。
 なお彦根市内の旧町名にも、餌指町や鷹匠町(元町や佐和町付近)など、鷹に関する名称があった。

2011年3月6日日曜日

おたふく風邪 「ワクチン接種必要」小児科医・松井克之さん、1000人に1人がムンプス難聴に

 滋賀彦根新聞は2月9日付で、ポリオ(脊髄性小児麻痺)の生ワクチン接種による乳児の感染事例が報告され、ほかの先進国が導入している不活化ワクチンの採用を求める動きがあることを報じた。この記事を見た、豊郷病院に勤務する小児科医・松井克之さん(38)=写真=が、ポリオだけでなく、おたふく風邪(ムンプス)などのワクチン接種についても「日本は後進国だ」と指摘。乳幼児への接種を勧めている。
 今年2月から彦根を含む多くの自治体で、ヒブワクチンや小児用肺炎球菌ワクチン、ヒトパピローマ(子宮頸がん)ワクチンの公費負担による接種が始まった。松井さんはこれらのほかに、おたふく風邪や、水ぼうそう、B型肝炎のワクチンの接種が必要で、特に回復不可能の難聴(ムンプス難聴)を発症するおたふく風邪については、欧米などほかの先進国を含めた118カ国(平成21年WHO調査)で定期接種をしていることから、「日本でも早急に導入するべきだ」と求めている。
 近畿外来小児科学研究グループによると、おたふく風邪の感染者7400人のうち、7人がムンプス難聴になったと報告している。松井さんが豊郷病院で診察した中にも発症者がいた。子どもを早めにおたふく風邪にかからせようと、わざと感染させる親がいるが、「そのような事は絶対に止めてほしい」と忠告している。
 おたふく風邪のワクチンは、ほとんどの国で2回接種となっており、WHOはワクチン接種で撲滅が可能な疾病にリストアップしている。
 日本でも平成元年からおたふく風邪を含む混合ワクチンの定期接種が行われていたが、副反応としてまれに起こる無菌性髄膜炎の発生が問題視され、平成5年に中止された。国立感染症研究所によると、現在の日本での接種率は約30%で、4年に1度、全国規模の流行を繰り返している。
 おたふく風邪ワクチンの接種は1歳からの受付で、1回5000円~6000円。松井さんは「おたふく風邪で回復不可能な難聴にかかることは、あまり知られていない。ワクチン接種のまれな副反応よりも、自然に感染し合併症を起こす確率の方がはるかに高く、接種をすすめたい」と話している。松井さんは滋賀医科大学(大津市)で小児科助教を務めながら、豊郷病院で毎週金曜日に診察を担当している。
 ※おたふく風邪=世界的にはムンプスと呼ばれる感染症。唾液や尿を感染源とし、主に発熱と耳下腺の腫張などを発症し、耳下腺の腫れは発症後1~3日間がピークとなる。日本では3~6歳が全患者数の約60%を占める。ほかの合併症として、発熱や頭痛、おう吐などを伴う無菌性髄膜炎があり、入院が必要なこともあるが、ほとんどの場合改善する。ただ、ムンプス難聴は治らず、ムンプス脳炎では死亡することもあり、神経の障害を残しやすい。思春期以降に初めて感染すると、睾丸炎や卵巣炎の合併症を起こし、男性では精子が減少することがあるが、不妊になることはまれだ。