2009年5月12日火曜日

井伊神社、江戸期の社殿が荒廃

 彦根市古沢町の井伊神社が、色落ちや天井の傷みによる雨漏れなどで荒廃しており、再建を求める声が高まっている。
 井伊神社は、井伊家の遠祖・共保(ともやす)の750回忌を祈念し、十二代藩主・直亮が、井伊谷八幡宮(静岡県)から分霊し、天保13年(1842)に龍潭寺(古沢町)の境内に創建した八幡宮が始まり。明治元年(1868)の神仏分離令により、その翌年に建物が現在の地に移されたが、龍潭寺によると、当時のご神像は同寺にいまも保管されているという。
 また、十一代・直中が、初代・直政と二代・直孝を祀るため、文化7年(1807)から8年かけて清凉寺の南側の丘に「護国殿」を建設。その後、神仏分離令により、清凉寺から分かれて名付けられた佐和山神社も、昭和13年(1938)に井伊神社に合祀された。護国殿は昭和35年に敦賀市の天満神社に移築されている。
 井伊神社は、本殿と拝殿から成っており、内部は漆塗りで、迫力のある龍などの多くの彫刻には極彩色がほどこされ、天井にはさまざまな草花が描かれている。しかし、漆塗りの大部分がはげたり、天井から雨漏りがするなど荒廃しており、現在は雨漏りを防ぐため、建物を鉄製の物で覆っている。
 20年ほど前から同神社の管理をする多賀大社によると、改修費には6億~7億円かかるという。歴史愛好家や市議会でも、改修を求める意見が出ているが、財政難のため着手できない状況だ。改修に向けた今後の対応が注目される。
 なお、多賀大社は毎月1日午前9時~、井伊神社の建物内で祭典を営んでいる。

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