2014年1月10日金曜日

(元日号)ごはんの力で健康長寿に 雑穀料理家・つぶつぶグランマゆみこさん×滋賀彦根新聞社・押谷盛利会長

 日本は世界有数の長寿国である一方、死因の6割が3大生活習慣病(がん、心臓病、脳卒中)だとされ、医療などの社会保障費は平成25年度中に過去最高の40兆円を突破するという。いかに健康なままで長寿をまっとうできるのか
 滋賀彦根新聞は、先の大戦前に日本人が食していた元来の食文化を取り戻す活動を全国で展開している雑穀料理家・つぶつぶグランマゆみこ(本名・大谷ゆみこ)さんと、本紙の押谷盛利会長との対談を行った。
大戦後、ごはんからパン食へ
戦勝国は日本の食文化も破壊
 ―ゆみこさんは昨年、著書「ごはんの力」を出版されましたが、ごはん(雑穀)にはどのような力があるのでしょう
 ゆみこ 私が子ども時代、過ごしたのは栃木県足利市の田舎町。食卓に上がっていたのは、ごはん、みそ汁、漬け物でした。そして夕ご飯はお米が少なかったため、うどんでした。しかし、ごはんには栄養が無いと教えられ、年ごろの時期には太ると思って、ごはんを食べないでいました。私が育ったころは(日本国中)どんどん病気が増えていたように思います
 押谷 足利は田んぼが少なかったのですね
 ゆみこ 関東地方はお米が出来にくい土地柄なので、小麦が多く収穫され、雑穀も食べていました
 押谷 僕の子ども時分は、母親から「わしは備前の岡山育ち、米のなる木をまだ知らぬ」という言葉をよく聞かされ、毎日ごはんを食べていることを喜ばなければいけないと教えられていました。そういう事を考えると滋賀の人はその当時からごはんが食べられていたので幸せだったと思います
 ゆみこ 私の母もへらやお釜についたごはんを一粒も残さないようにしていました。それなのに、ごはんには栄養が無い、パンの方が栄養がある、というような話を聞くと、そうかなと思ってしまう自分もいて、ごはんに対しては恩恵を受けているのに価値がわかっていませんでした
 押谷 日本人は先祖代々、新嘗祭や神嘗祭を通して、ご先祖にお供えしたり、ごはんを炊くたびに仏様にお供えをしていました。お米を大事にするしつけは小さいころから行われていましたが、途中でおかしくなってしまって、先生(ゆみこさん)のおっしゃる通り、ごはんは栄養にならないというバカなことが世論になってしまいました
 ゆみこ 日本の民族の主食である作物から、米や雑穀がなぜなくなったのかを調べると、一つ目は第二次世界大戦後、米国で小麦が多く収穫されて、小麦の市場価格が大暴落するという話になったらしく、日本などアジアに小麦が大量に輸出され、パンが主食になったためです。二つ目として米国などは穀物を牛のえさにしようと、子牛と一緒に売り、そして畜産をさせていたという記録が残っています
 押谷 私も余りすぎて小麦を海に捨てていたという話を聞いたことがあります
 ゆみこ 戦争をして勝った国々は相手の食文化も破壊します。例えば、スペイン人がインカ帝国を滅ぼした時、小麦以外の物を食べると逮捕した歴史があります
 押谷 食料でその国を支配するということですね。終戦後、日本は給食を導入しました。米国から脱脂粉乳を輸入し、給食をパン食にしたことで、米よりパンが良いという考えが広まりました。また今の人は菓子パンを食べています。
 ゆみこ そうです。日本で言う食パンは西洋では菓子パンで、ヨーロッパの人が食べているパンは、粒とかが入っていて、私たちは間違ったパンを押しつけられています。その上、お米を敬わなくなりました
 押谷 日本人は米を食べなければならないと教えるのが親の役目です。米を食べなくなったのは、米国の占領政策に乗せられたようなものです
 ゆみこ その事をわからずに、親を敬わず、自分の国にも自信がもてない、誇りに思わないような、根のない人が多くなってしまいました
 押谷 戦後の歴代の政府が学校給食で米を食べるということをもっと押し出すべきでした。米を食べることで農業が栄え、我々の健康を維持する事ができます。なぜ日本の政府は米を食べることの大切さを、国民に示さなかったのでしょう。先生の本を読むと「お米は大事、お米さえ食べたら健康になる、病気にもならずに、心も良くなる」と書いておられます。「お米を食べて」と言う人がおられることは、仲間が増えた気持ちです。こういう本を政府は陣頭に立ってすすめなければならないと思います。
(続きは本紙元日号で

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