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2016年7月27日水曜日

井伊直政の命を救った新野左馬助の顕彰会が彦根の龍潭寺にある左馬助ら新野家の墓所を参拝

 幼少期の井伊直政の命を救ったとされる新野左馬助(にいのさまのすけ)の顕彰会(静岡県御前崎市新野)一行が18日、彦根市古沢町の龍潭寺を訪れ、左馬助ら新野家の墓所を参拝した。
 同顕彰会は平成16年以降の7月の休日に新野家ゆかりの地を巡っており、現在は御前崎市民約100人が会員。彦根への訪問は平成17年以来で、13回目の今年は43人が訪れた。
 一行は清凉寺の井伊家墓所を参拝後、龍潭寺を訪れ、北川宗暢住職から浜松と彦根の龍潭寺の歴史、建造物や庭園などの説明を受けた後、敷地内の新野家の墓所を訪問。左馬助の墓の周辺の除草作業をした後、会員全員で墓に手を合わせた。
 同顕彰会の西島昌和会長(73)は「左馬助の墓に参拝でき、とてもうれしく思う。これを機に彦根を含めた広域的な連携をしたい。新野家や左馬助のことを彦根の皆さまにも知って頂きたい」と話していた。
 ※【新野左馬助】本名は新野左馬助親矩(ちかのり)。新野家は現在の御前崎市新野を本拠地とした御家人だった。左馬助は今川家の武将だったが、目付役家老として井伊家に入った。直政の父・直親が今川家によって謀殺され、直政の命も危なくなった際、左馬助は自宅に直政をかくまった。永禄7年(1564)の曳馬城攻めで討ち死にした後は直虎(次郎法師)が直政を養育している。
 井伊家では同家存続の貢献者として左馬助の忠節を後の世代に伝え、直弼の兄で筆頭家老・木俣家の養子になっていた中守が新野家を相続し、新野親良として同家を再興。相続後には新野村で左馬助の墳墓調査を行い、墓石を見つけた。現在この地は左馬武神社として地元で親しまれている。

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