2013年7月26日金曜日

「親の子ども化」を憂える

 自殺に追い込む悪質ないじめ、児童・生徒間または教師への暴力、理不尽な要求を学校に押し突きつける保護者(通称・モンスターペアレント)・・・、学校現場を巡る問題を列挙すると際限がないが、その「学校崩壊」とも言える最大の悪因は親にあり、小生はその親の様を「親の子ども化」と呼んでいる。
 そもそも論の話になるが、教師は教科を教える立場であり、子どもの礼節などをしつけるのは親の務めである。
 小生はこれまでに自宅近くや訪問先の学校で、危険行為をしたり、暴言をはいたりした児童たちに対し、強く叱ったことがある。小生の子ども時代は、近所には「かみなりおやじ」がいて、毎日のように叱られ、時にはゲンコツもされた。今となっては良い思い出だが、現代において他人の子どもにゲンコツをしようものなら、「体罰だ。暴力だ」「他人の子に手を出すな」と怒鳴り込んでくるバカな親もいるかもしれぬ。小生にも子どもがいるが、人様に迷惑をかけたり、大人に暴言をはいたりしたならば、ゲンコツの一つや二つはしていただきたいと思うのが親の性(さが)だと思うのだが。
 小生の持論として、「人」は幼児期から中高生にかけてようやく「ヒト」になり、「成人」を迎えた後、男の場合は30歳を過ぎたころに「大人」になると考える。しかし、ヒトになる時期に甘やかした指導をすると、必然的に大人になることができず、子どもが親になるという不幸を生む。
 小生はその不幸な様を「親の子ども化」と呼んでいるが、自身(自分の子ども)の事しか考えない子どものような親(大人?子ども?)が我々の回りに少なからずいるのは残念ながら事実である。そのような親たちが子どもを健全に教育できるわけがない。
 つまり教育行政の元来の課題は、例えば世間で声高に叫ばれている「体罰を撲滅させる」ことよりも、子どもが子の親になるという「負の連鎖」をいかに食い止めるか、である。そのためには、学校での教育カリキュラムに、例えば「奉仕活動」や「道徳」といった公共心を育てる科目を取り入れるなどの良策が求められよう。【山田貴之】

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