2010年6月22日火曜日

「商売の神様のような人」平和堂の創業者・夏原平次郎氏が死去

 平和堂の創業者で同社名誉会長の夏原平次郎さんが19日朝、亡くなった。91歳だった。昭和32年に彦根市銀座町に創設した「靴とカバンの店・平和堂」から、近畿・東海・北陸に124店舗を構える総合小売業にまで成長させた実績に対し、行政や商工関係者、彦根市民からは感謝と惜しむ声があがっている。
 嘉田由紀子知事は、「時代の先駆者として滋賀の商業発展に尽されたご功績は言葉に尽くせません。文化や教育・スポーツなどでの地域貢献にも深く感謝します。心からご冥福をお祈りいたします」。
 獅山向洋市長は「平和堂の創業と発展にご尽力されると共に、長年にわたり、商工会議所会頭として彦根市の発展に多大なご貢献をいただきました。市民を代表し、心からご冥福をお祈りいたします」。
 夏原さんが昭和28年に旧マルビシ百貨店(銀座町)にテナントとして靴屋・夏原商店を出店した時からの付き合いという、彦根商工会議所会頭で永昌堂印刷(西沼波町)社長の北村昌造さん(75)は「平次郎さんには商売の厳しさを教えていただき、私の師匠でした」「彦根への企業や大学を誘致されるのにも尽力をされ、経済の基盤をつくっていただいたのは平次郎さんだった」と話した。
 彦根銀座街商業協同組合理事長でトラヤ社長の安居秀泰さん(59)は「気配りのできる優しい方だった。私たちにとっては商売の神様のような方で、これからも商売道を教えてほしかった」と語った。
 銀座のほかの商店主(81)は「銀座のアーケードは夏原さんのお陰で出来た。銀座で商売の夢の第一歩を歩まれたということで、愛着も強かったようだ。商売の道で彦根で右に出る人はいない」と話している。
 通夜が21日、告別式が22日に近親者のみで営まれた。喪主は長男で平和堂社長の夏原平和さん。住所は非公表。後日、合同葬を予定。問い合わせは平和堂総務部℡0749(41)3100へ。
 【夏原平次郎氏】昭和12年、河瀬青年学校卒業。中国東北部での兵役が解除された昭和18年3月に帰郷し、翌年には長男が生まれ、戦争の悲惨さを経験したことから「平和(ひらかず)」と名付け、後の平和堂の由来にもなった。その後しばらくは農業に従事。終戦後は商人の道を志し、中央町の商店で友人と共同経営をし、その後、銀座に夏原商店を構えた。昭和32年3月1日に「靴とカバンの店・平和堂」を創業し、6月に株式会社平和堂を設立。38年には同地に鉄骨5階建てのジュニアデパート平和堂をオープン。49年には2羽のハトをイメージしたシンボルマークを制定している。54年にアル・プラザ彦根を開店し、平成10年には海外初出店となる中国に進出した。同社は19年に創業50周年を迎えており、今年2月期の年商は3857億円。
 彦根商工会議所会頭(昭和54年~平成8年)、日本小売業協会理事(昭和56年~平成9年)、彦根納税協会会長(昭和59年~平成10年)などを歴任。平成9年には彦根市が国宝・彦根屏風を井伊家から買い取る際の購入費約12億円を寄付した。昭和53年に紺綬褒章、62年に藍綬褒章、平成6年に勲三等瑞宝章、13年に彦根市名誉市民を授与されている。

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