2012年7月14日土曜日

高宮花火大会の歴史 明治後半に行者堂の行事か高宮神社の夏祭りで開始

 今年で100回目を迎える高宮花火大会だが、いつ始まったのかはわかっていない。昭和の戦時中と戦後は中断しているため、明治後半だとみられる。
 高宮花火大会は、最初は地元の行者堂の行事として実施され、その後、7月10日の高宮神社の夏祭りを祝って開かれた説がある。いずれにしても湖国の梅雨明けを迎える時期に合わせて、毎年、県下で最初に開催されている。
 昭和3年(1928)からは高宮商工会が主催となり、高宮青年団の協力を得て、全国煙火大会という名称もサブタイトルで使っている。
 昭和7年には、無賃橋の竣工を祝って、全国煙火大競技会と銘打たれて、県内各地からの400人超の寄付によって盛大に催された。当時は不況のまっただ中で、暗い雰囲気を何とか吹っ飛ばそうという思いが県民にあったとみられる。同11年6月の滋賀銀行高宮出張所開設を祝っての煙火大会もあった。
 昭和20年前後を知る住民の文章によると、「戦時または終戦後しばらく、花火大会は休止され、昭和25年に復活したと記憶している。当時も橋の上には多くの見物客で賑わっていた」と振り返っている。
 なお、高宮商工会は昭和34年に高宮商工繁栄会に名称が変更されている。

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